白杖のトライリンガル

難聴だけじゃない?網膜色素変性症を併せ持つアッシャー症候群の息子達の日常を母の目からつづります。

遊園地での障害者差別 その1

2019-07-15 12:36:13 | 難聴・手話
せっかく日本に来ているのに雨だ。
お台場に屋内遊園地があるらしい。行ってみよう。

連休の日曜日、雨の日とあってさすがに込み合っている。
どれもこれもアトラクションに乗るためには1時間~2時間待ち。
列に並ぶ夫と子供たちを見送って、私はカフェでゆっくりすることにした。

帰る途中、三男の耳に補聴器がついていないのに気づく。

イヤーモルドはついているのに、チューブの先の補聴器の部分がない!
補聴器の部分だけ落ちるなんて初めてのことだ。
無理やり引っ張ったりしない限り普通落ちたりはない。

いったいいつ落としたのか?
すぐに遊園地に電話をした。

乗ったアトラクションを聞かれたので答えると、そのアトラクションに乗るときは補聴器をはずいてもらうのだという。

は?なんで?私は耳を疑った。

「あの、今なんとおっしゃいました?補聴器を取らせるんですか?なぜ?」

「落としてしまう可能性がありますので、補聴器は取っていただくようお願いしております。」

は?落としてしまう?冗談でしょ。

「補聴器はそう簡単に取れるものではありません。耳の型を取って作ったイヤーモルドは個人個人の耳に完璧にフィットしています。耳は中もらせん状になっているため、装着するときは少し回すように、ねじを入れるようにして装着します。逆さになろうと、どんなに首を振ろうと手を使わずに取ることは不可能です。」

そう。モルドはそう簡単には取れない。無理やり取ろうとすると、チューブの部分を痛めてしまう。

見えた! 

三男は自分の番が来て、補聴器を取るように言われたので、急いで力任せに引っ張ったんだ。
それでチューブのところでブキチれるようにして補聴器の部分だけ取れてしまったんだ。


「では眼鏡をかけている人はみんな眼鏡を取るようにお願いしているのですか」

「いえ、それは。。。」


簡単に取れてしまう眼鏡はいいのに、そう簡単に取れない補聴器は「落ちる可能性があるから」取れというのか?ますます許せない。


「なぜ眼鏡はOKなのに、補聴器は取らなきゃいけないのですか。」

「落ちてなくされたり破損されたりしたものに関しては責任は一切持たないとお断りしておりますので。眼鏡に関しては自己責任ということで。。。」

じゃぁ補聴器だって同じじゃないの。責任持たないのになんで取れと命令するの?


っていうか、何か重大なことをこの人たちはわかってない気がする。
落ちる、落ちないの問題以前に、補聴器はイヤフォンやピアスなどとは違う、体の一部なんだということを!!!

義足をしている人に「そこに義足を置いていきなさい」と言えますか?

補聴器を取れだなんてもってのほか、絶対に許せない。

私は補聴器は取れにくいものであること、眼鏡はOKで補聴器はダメと言うのはおかしいのではないかということ、そして体の一部である補聴器を取らせるという行為はいかがなものかということを伝え、必ずこのことを上に伝えるように言って電話を切った。
(でも後で聞いたら、やっぱり上には伝えてなかった。きっと「またうるさい客だった」と愚痴りながら切ったのだろう)


幸い補聴器はジョイポリスで見つかり、手元に戻ってきた。


しかし、また別のことが発覚した。(続く)

新しい補聴器

2019-07-05 12:33:49 | 難聴・手話
長男に新しい補聴器を買ってあげた。

$7000を超す買い物。

最近では、もっと安くてもいいものはたくさん出ているようだ。

でも、安いのとの違いを知ると、結局今市場に出ている中でもっともいいものを選んでしまう。
やっぱりね、体の一部だから、お金には代えられない。

新しい補聴器はスマートフォンのアプリで自分で自由自在に設定を変えることができる。

音の大きさを変えるのはもちろん
騒がしい所で目の前の人の声だけを拾うモード
外で風が強い時に風の音を抑えるモード
飛行機の中など騒音を抑えるモード
後ろの音を拾うモード

色々できる。

ブルートゥースでスマホとつながっているため、イヤフォンのように音楽や電話が耳に直接入ってくる

その時も、周りの音も拾うモード
周りの音はシャットアウトして、スマホからの音のみを拾うモード
と切り替えができる。

補聴器にはマイクもついているので、そのままハンドフリーで話すこともできる。

正直言って、普通の耳より便利だ。

新しい補聴器に満足してくれているようで良かった。

来年は三男の補聴器も買い替えてあげよう。金額的に一年に二個はちょっと無理なので。。。


聴覚障害者は遊園地の乗り物に乗れない?

2017-07-17 18:52:08 | 難聴・手話
二年ぶりの日本。

帰国の翌日、学校が始まる前に遊園地で遊ぼうかぁっと、後楽園の遊園地に三男と二人で行ってきました。
平日の遊園地は空いてるのよね。

フリーパスを買って乗り物に乗っていると、係の人に呼び止められて、カードを渡された。
毎回乗るたびにそのカードを提示しろとのこと。

「なんですか?これ?」

「聴覚障害者の方にも安全に楽しんでいただくために」・・・うんちゃらかんちゃら。

「補聴器を着けてるからですか?補聴器と乗り物と何の関係があるんですか?」

「乗り物によっては、聴覚障害者の方には緊急時に放送が聞こえないためご遠慮いただいています。」

その時に乗れない乗り物を2~3こあげられたんだけど、後でその人の説明はでたらめだったことが分かった。

本当のルールは、どの乗り物であっても注意事項が伝わらなければだめ。反対に注意事項が伝わるのであればOK。注意事項の放送が聞こえない人は、注意事項がかかれたものを読んで理解できるのであればいいし、注意事項がわかる人が付き添ってもいい。

と言うことは、私が付き添っているのだから、三男が聞こえていようといるまいと、問題なく乗れたはずなのだ。

しかしこのルールがちゃんとわかっている係員はだれもいなかった。
何人かに「このカードの理由」を聞いたけど、みんな違うことを言っていた。

アルバイトの係員と喧嘩をしたってはじまらない。


もやもやを引きずりながら帰ってきた。
でもやっぱり釈然としないために後楽園に電話をしてみた。

まず最初に「この会話は録音しています。」と断ってから本題に入る。
こうすると相手の態度がずいぶん違う。適当にあしらったりはしなくなる。

三段階上の人に回されて、責任者とやらにつなげてもらった。


「障害者の方に安全にお楽しみいただくために、うんちゃらうんちゃら・・・」


「失礼ですが、補聴器を着けていたら、聞こえの程度に関係なく聴覚障害者として扱われるんですか?じゃぁ眼鏡をかけている人は視覚障害者ですか?眼鏡をかけている人にもコンタクトをつけている人にも、みんなにこのカードを渡しているんですか?」

屁理屈に聞こえるかもしれないけど、実際難聴を持っていても、補聴器を着けて聞こえるのであれば、法的には障害者扱いではなく、障害者手帳なんてもらえない。扱いは眼鏡と同じなわけです。ただ違うのは数。眼鏡は多くて補聴器は少ない。だから眼鏡は特別ではなく補聴器は特別、それだけ。


「いえ、あのそうではなくてですね、安全にお楽しみいただくために、云々」


この人をいじめるのが目的で電話をしているのではない。

特別扱いをすれば障害者を守っているような気分になっていることに気付いてほしいだけ。

障害と直接関係のないところで制限をしたり、もしくは実際には能力があるのに、ないと勝手に判断して特別あつかいすることは差別なんだと認識してほしいだけ。


たぶんこれまで誰も疑問にも思わなかったんでしょう。
だれも文句を言う人もいなかったんでしょう。
だからおかしいと感じる人もいなかったんでしょう。

通り一辺倒のマニュアルで、「はい補聴器、はい障害者、はいカード。」って、あまり当てはまりもしない人にもカードを持たせていたのでしょう。
カードを持たされた人たちは疑問に感じることはなかったのだろうか?

電話の向こうでは、しきりに謝っていた。

「いいえ、謝っていただくために電話をしたのではありません。たぶん疑問を投げかける人はこれまでいなかったんだと思います。なので、一度会議にかけてこんな意見があったと話し合ってほしいんです。注意事項が伝わらなければだめというルールは当然のものだと思います。しかし勝手に聞こえないと決めつけられて、こういう扱いをされるのは心外です。目に見えない障害は多くあります。他人が見た目で判断することは不可能ですし、すべきではないと思います。結局は自己申告なわけですから、もっと自己責任にしていいのではないですか。」

私が言いたかったことが、伝わったかどうかはわからない。
でも、障害者カードを持たされて不快に感じたことは伝わったと思う。
それだけでも、意味はあったんじゃないだろうか。










便利な耳

2017-01-04 17:06:24 | 難聴・手話
子供の耳が聞こえていないと知った時のショックは、それはそれは言葉に表せないほどのものだった。

毎日泣いて過ごしたのを覚えている。

でも今は、この難聴なかなか気に入っている。
っというか羨ましい。

そりゃもちろん苦労はあると思います。

いくら聞き返してもどうしても聞き取れないことも、よくあるみたいだし。

でも、便利なことも多い。


我が家はうるさい。
そして狭い。

勉強部屋も机もありません。

みんなダイニングテーブルでお勉強。

長男が宿題をしているすぐ横で、下の2人はチャンバラごっこしてるし 、

笑い声も多いけど、鳴き声怒鳴り声も絶え間ない。

来る人来る人みんな、あまりの騒々しさに唖然とする。

夫も私もイライラして怒鳴っちゃう。

「あー、お願い。ちょっとでいいから静かにしておくれ。」

そんな中、次男と三男が喧嘩を始めたり、三男が駄々をこねて泣き出したりすると、カチッと補聴器のスイッチを切ってしらーん顔をしている長男。

いくら呼んでも返事をしなかったりして、本当に腹が立つ。

くっそー、なんて便利な耳なんだ。

補聴器なんてスイッチを切れば完璧な耳栓。

すぐ横でどんな修羅場が繰り広げられていようとも、自分だけの静かな空間で平和に本を読んでいる長男。

時には昼寝なんかして、どんなに怒鳴っても起きやしない。

これを特権と言わずになんと言いましょう。

私もスイッチを切れる耳が欲しい。




人工内耳

2016-12-16 08:40:04 | 難聴・手話
人工内耳の技術がずいぶん進んだなっと感じる。

人工内耳とはデバイスを頭に埋め込み、マイクが捉えた音を微弱な電気信号にかえて、脳におくるもの。

長男がCEIDに通っていたころ、人工内耳手術をしても、聞こえるようになる子とならない子がいた。
聞こえるようになっても、その子の発音からあまり明瞭には聞こえてないのがわかった。

あれから10年。医療技術とテクノロジーの両方が進歩したのでしょう。
人工内耳をした子供たちは、普通に聞き普通に話し、傍から見る限りでは何の不自由も感じさせない。
原因によってはまだ、人工内耳が不可能である子供たちもいるらしいけど、言葉を操ることのできない聾者は、将来ほとんどいなくなるだろう。

同じ技術を目に適応したものがある。
カメラで捉えた映像を、微弱な電気信号で神経がやっているのと同じように脳に伝えるのだ。

でもこっちは、まだまだ始まったばかりの段階。普通の見え方とは遠くかけ離れているらしい。
それでも全盲だった人が手術後、なんとなくものの影がわかるようになったというのは、大きな進歩だろう。

将来、盲者や聾者がいなくなる日が来て欲しい、いや、きっと来る。

人工内耳の技術が10年で随分と進歩したように、人工網膜だってきっと進歩するはず。

手話通訳

2016-11-16 07:03:33 | 難聴・手話
三男が小学校に入学した。アメリカはキンダーから義務教育なので、日本より一歳早く5歳で入学する。

次男とスクールバスに乗って元気に通っています。

学校ではなんと三男のために手話通訳をつけてくれた。

リクエストはしたけど、まさか本当につくとは思ってなかった。

中等度の難聴で補聴器をつけたら充分聞こえるので、いらないといえばいらない。

長男の時は、長男が早々と手話を捨てちゃったので、手話通訳なんて考えもしなかった。

でも三男は、手話でスラスラ会話ができる上、長男より聞き返しが多い。

「え?なーに?手話使って?」

と聞き取れない時に手話をお願いする。

お友達と話をする時など聞き返すことが出来る時は良いけど授業中は聞き取れなかったら、そのままになっちゃう。

それで手話通訳をリクエストしたんだけど、教室で先生の横に座って、三男に向かって手話ですべてを通訳している光景を見ると、ちょっとやりすぎかな?っと思わないでもない。

あはは、まー税金払ってますし、権利はあるんだからいっか。手話通訳さんの雇用にもなってるし。




言葉が追いつきました♪

2013-12-10 13:55:36 | 難聴・手話
一年前、三男が1歳8か月のころ、まだ最初の一語が出ていませんでした。
その時診断されたのは、言語レベルは生後6か月の赤ちゃん並。

それから補聴器を着けて、学校に行きだして1年、今回の査定で出た結果を見てびっくり。
なんと語彙レベルは3歳8か月と出ているじゃないですか。

目を疑いました。嘘じゃないかと。
それと同時に、涙があふれてきました。

スピーチセラピーの先生がいたので、恥ずかしくて一生懸命涙を止めながら言いました。
「これ、本当ですか?一年前はまだ1語目が出ていなかったんですよ。それが月齢を大きく上回る3歳8か月なんて、信じられません。」

そしたら、分厚い冊子を出してきて、テスト結果を見せてくれました。

中を見ると年齢別に問題と答えが並んでいます。

たとえば、花の絵を見ながら
「これは何ですか?」
という問題に対して、
「お花」と答えたら1歳から2歳「バラ」と答えたら3歳から4歳などの答えが載っています。
こんな問題を一回30分で何日にもわけてやるわけです。

そしてスコアを計算して何歳何か月の語彙レベルなのか出しているわけです。

問題を見ると、正解しているところは、確かに三男が知っている言葉ばかり。
すごい、本当に語彙レベルは3歳8か月なんだ。

文章構成の方も月齢並の2歳10か月と出ています。

追いついたんだ。たった1年で追いついたんだ。やったぁ。


1年前、なかなか言葉が出てこなかったころ、「もうこの子の口から言葉を聞くことはできないんじゃないか」と絶望的だったのが嘘のよう。









できた!

2012-11-08 11:29:56 | 難聴・手話
補聴器を着け初めて二週間、三男が始めて言葉を発しました!!!

その言葉は、
「できた!」

次男と一緒にブロックで遊んでいたときのこと、
次男と私で
「ママ、できた。」
「あら~、上手にできたね~。おっきいのができたねぇ。」
という会話をしていました。

三男もブロックを3つ4つつなげているので、私が
「あら、海悠君もできたねぇ。できた、できた~。」
っと言っていると、

三男が大きな声で
「できた!」


すごくはっきりしていたので、一瞬誰が言ったのかわかりませんでした。

「え?今誰が言った?『できた』って誰が言った?」
すると次男が
「僕言ってないよ、かいゆう君が言ったんだよ。」

「うっそ?かいゆう君、できた?」

すると三男、また大きな声で
「できた!」

あ!言葉だ、まぎれもなくこれは言葉だ。
三男の口からやっと言葉が出たんだ。

「できた、できたねぇかいゆう君。できた。」
嬉しくて何度も繰り返す私。
それに応えるように、三男も何度も繰り返す。

「できた、できた。」

長男も次男も一緒になって繰り返す。

「できた、できた。」


手話はどんどん覚えるのに、口から言葉は出て来なかった三男。
このまま、この子の口から言葉を聞くことはないんじゃないかと、少し弱気になっていたところに、この
「できた!」
よかった~、本当によかった~。
できたねぇ~。

聞いた言葉を真似して繰り返すことができるということは、聞こえている証拠。
補聴器の効果が出てきた証拠です。

もう大丈夫。
少し遅くなったけど、これからどんどん言葉が出てくるさ。



新しい補聴器

2012-11-04 22:15:41 | 難聴・手話
三男に新しい補聴器が来た。

今お兄ちゃんが使っているのが確か4年ほど前に買ったもの。
当時一番いいやつだったんだけど、この4年でさらに進化してずいぶんとよくなっている。

まず、小さい。
そして音の質がいい。
水にぬれても大丈夫。

それだけじゃなくて、補聴器についている小さいボタンを自分で押すことでフォーカスを変えることができる。

難聴の人にとって、最も聞き辛いのは騒がしい場所での会話。
そんな中で、人の声を優先的に拾うというのは前のも同じだけど、
パーティーやレストランなど、人の声でがやがやしているところでは、
自分の前にいる人の声を優先的に拾うようにできるらしい。
車の運転中では、人の声は横や後ろからするわけだから、
これまた設定を変えたら、今度は横や後ろの声を拾うようになるらしい。

それに、両耳がお互いシグナルを送りあっているから、
電話など、片方の耳で拾った音も、両耳で聞くことができる。

それだけじゃなくて、ブルートゥース機能によって、
テレビやパソコンの音を直接補聴器に送ることができる。

すばらしい。

っでも、どれもこれも1歳半の子供にはあまり必要がない。
っていうか、使いこなすこともできないし。

そこで、新しい補聴器をお兄ちゃんにあげて、
お兄ちゃんが使っていた補聴器をおちびさんにあげることにした。

事情を説明して、補聴器の設定を変えてもらい、いざ装着。

静けさに慣れているおちびさん、補聴器はきっと嫌がるだろうと私たちは心配していたのだけど・・・
その心配はまったく無用でした。
初日はびっくりして補聴器ばっかり触っていたけど、
二日目からはまったく気にならないご様子。
それどころか、補聴器をつけているときのほうが好きなようで、
装着するときは、良い子にじっとしている。

すっご~い。

やっぱり聞こえる方が嬉しいのかな?

そして、音に対する反応がまるでちがう。
ちょっと名前を読んだら、パッとこっちを向く。
すっご~い。
やっぱり聞こえてなかったんだね。

そしてお兄ちゃんの方は。

ブルートゥース機能を楽しんでいます。
テレビを見るにも、ゲームをするにも音が直接補聴器から入ってくるんですもの。

映画をテレビで見ながら、
「ぼくぜ~んぶ聞こえるよ。」
っと嬉しそう。

医者やカウンセラーは
「補聴器を着けたからと言って、私たちのように聞こえるわけではありません。」
と言うし、
「0デシベルに近付けばいいというわけでもありません。」
っと言われる。

っでも、補聴器をしていると、普通以上に聞こえているような気がするのは気のせい?
めちゃくちゃ地獄耳なんですけど。
隣の部屋で小声で話していたって、しっかり聞こえているし、
恐ろしい。

友達のお母さんだって、
「車を運転していて、前を向いたまま話をしているのに、
マー君は一番後ろに乗っているにもかかわらず、ちゃんと聞こえているからすごいなぁ~っと思って。」
っとのコメント。

そうなんっすよ。
何が難聴なんだか。

聞こえすぎてて「え?」っと驚くことは多々あっても、
聞こえなくて不便を感じることはございませんね。
補聴器をつけている限り・・・ですけど、
(着けてないと声を張り上げても、まともに会話なんてできません)

っということで、我が家では補聴器が2人。
我が家でもっとも価値ある高価な品でございます。
そう、私のダイヤの指輪より。

この贅沢な補聴器、私のちょっとした自慢になっております。



チビも難聴

2012-10-20 20:13:39 | 難聴・手話
いったい何なのでしょう。
私の家系にも、夫の家系にも耳が悪い人なんていないのに・・・。

実は三男も難聴だということがわかりました。

兄ちゃんよりずっと軽いくて、その程度は40デシベル程度。

ず~っと、なぁ~んかおかしいと思ってました。
新生児のスクリーニングテストではパスしたんだけど、
あれもきっと適当なんでしょうね。

さぁ、難聴を疑いだしたのは生後7ヶ月頃からでしょうか。
生後10ヶ月頃にはかなり確信していました。

軽い難聴の場合、親も先生も気付かない場合が多く、
小学生くらいまでわからない場合も少なくないらしいのですが、
私は兄ちゃんが難聴ということで、とくに聞こえにはきをつけていたことと、
兄ちゃんと次男を育てた経験から、聞こえる子と聞こえない子の典型的な違いを知っていたことが
早期発見に繋がったのだと思います。

腹が立つのは、それだけ早く確信していたにもかかわらず、最終診断が今頃になってしまったこと。

私はさっさとABRというテスト(麻酔で眠らせた状態で音を流して脳波を見る)をしたかったんだけど、
この予約を取る前に、普通の耳の検査を2~3回やらされること、
そしてABRは待ち患者が多くなかなか予約が取れないこと。
しかも6月に一度予約が取れていたのに、チビが風邪をひいてキャンセルになって、
・・・と、そういうことを繰り返すうちに今になってしまいました。


難聴を確信していたとはいえ、実際医者に告げられたときは、涙がぽろぽろと流れ落ちました。

五体満足に産んであげられなくてごめんなさい。

でも、お兄ちゃんのときに経験した、立ち直れないほどの絶望感はなかったな。
なぜかというと、兄ちゃんのことで慣れていたからではなくて、
難聴イコール不幸ではないとわかっていたからだと思います。

その子の生き方を決めるのは、その子の性格や考え方や得意分野などであって、
耳が良いか悪いかなど、その子の生き方にはほとんど何の影響も与えないと、
兄ちゃんを8年半育ててきて思うわけです。

たぶん我が家の三兄弟のなかで、もっとも苦労しそうなのは次男。
あの性格じゃぁ苦難の連続でしょう。

来週補聴器が来る。
最新のは水に濡れても大丈夫ならしい。
進化したもんだ。

補聴器が2人。

大丈夫、イケメンだから補聴器してたってもてるわよ。

難聴児に自信をもたせること

2012-01-21 15:50:23 | 難聴・手話
マー君が通っている小学校には難聴の特別プログラムが併設されているため、各学年に数人ずつ難聴の子がいる。

マー君のクラスも18人中4人が補聴器か人口内耳をつけている。

時々全校の難聴児を集めて勉強会のようなものが行われているらしい。
先日親子で参加できる勉強会があったので、夫と覗いてみた。

勉強会の目的は、一人ひとりが自分に自信を持つこと。
難聴だからって引っ込み思案にならないこと。

面白い説明のしかたをしていた。

「ある車椅子に乗っている女の子が転校して来ました。
クラスのみんなは車椅子を見たことなかったので、
『どうしてこれに乗っているの?』と聞きます。
女の子は心の中で『聞かないで、聞かないで』と叫びました。
クラスのみんなにその声は聞こえますか?」

子供たちがいっせいに答える。
「きこえませぇ~ん。」

「女の子はついに泣き出してしまいました。
クラスのみんなは女の子をいじめようと思って聞いたのですか?」

子供たちは口々に答える。
「違うと思う。ただ不思議だったから聞いただけ。」
「興味があったから聞いただけ。」
「珍しいから聞いただけ。」

「そうです、教えてあげればいいだけなんです。
自分を理解してもらうためには、説明して教えてあげればいいのです。
心の中で叫んでも意味がありません。
嫌な顔をしてみせてもだめです。
言葉に出して、ちゃんと教えてあげればいいのです。」

それから補聴器のことを聞かれたらなんと答えるかを、実際に声に出して練習。


数日前のこと、公園で遊んでいると6~7歳の女の子がマー君に話しかけてきた。

「ねぇ、どうして耳の中が青いの?」
女の子はイヤーモールドのことを聞いている。

今までは、補聴器のことを聞かれるとすごく嫌そうな顔をしていたマー君。
「僕のママに聞いて。」
などと言って、答えることはなかった。

それが今回はちゃんと答えている。

「この青いのはイヤーモールドと言って、補聴器に繋がってるんだよ。」
補聴器を触りながら
「ほらこれが補聴器。」

女の子はさらに聞いて来る。
「どうしてそれをつけてるの?」

「耳が悪いからさ。これをつけないと良く聞こえないんだよ。」
「デフなの?」
「デフじゃないけど、デフに近いんだ。だからこれをつけるんだよ。
ほらここがスイッチ。こっちの上の方がマイクで音を大きくするんだ。」

嫌な顔一つせず、はきはきと説明するマー君。
その後二人は何もなかったように遊んでいました。

す、すごい。

あの勉強会のおかげかどうかは知らないけど、
補聴器を少しも恥ずかしいとは思ってない様子。

『もう大丈夫』そう確信しました。




担任の先生との面談

2011-11-10 11:25:49 | 難聴・手話
先日マー君の先生との面談があった。
新しく2年生になって2ヶ月。
日本でもこのころに家庭訪問なんかやる時期。

最近マー君をこの学校に入れておいていいかどうか、疑問に思っていたので、この日はいいチャンス。
学校での対応などを聞こうと張り切って行った。


席について、最初に先生が発した言葉は、
「マー君ってなんて愛嬌のある男の子でしょう。
みんな背伸びをしたがるのに、
マー君は2年生の飾り気のない無邪気な子。
人生を満喫しているような明るさですね。
先生の間でも誰がマー君の担当になるか取りあいですよ。」

言っている意味すご~くわかります。
言葉を変えると、ちょっとアホで幼いところがかわいい・・・と言いたいんですよね。

気になる成績の方は、算数が良くて英語がいまいち。
思ったとおり。

驚いたのは、かなり細かいところまで先生がよく見ているところ。
小さな変化も見逃してない。
この先生、まだ先生になり立てで大丈夫か?っと思ったけど、経験の長さがすべてじゃないんだね。


先生が面白いことを言った。
「マー君のサイエンスの知識はすごいですね。
しかも専門用語も良く知っているし、
意味も正しく理解しているし、
2年生とは思えません。」


確かにマー君の自然科学の知識はすごい。
私が中学や高校で始めて習って知ったようなことを、もう知っているし、
宇宙のことなんて、私の知識をはるかに超えている。

私は「アメリカの子供ってすごいなぁ。」
っと思っていた。

だって、あっちこっちに自然科学博物館なんかがあって、
模型や仕掛けで詳しく楽しく説明してある。
いつ行っても子供たちがいっぱいいるから、
遊びや生活の中で自然科学を教えるんだなぁ~っと感心していた。

でもどうやらそれは我が家が特別のようだ。

だって、おじいちゃんが恐竜博士でしょ。
退職後もバークレーとサンフランシスコの科学博物館の館長・役員を務めて、
無料かすごく安く入ることができる。
それで、グランマやグランパと一緒のときは、
公園に行くより多く科学博物館に行っている。
よちよち歩きのときからそうなんだもんなぁ。

考えてみたら入場料結構高いし、
普通はそんなしょっちゅう行けるものではないはず。

へぇ~、学者の子供(孫)ってこういうところで差が出るんだ。
っと一般人の私は関心してしまいました。


先生との面談が終わる前に、気になっていたことを聞いてみた。

「統一試験の成績がこの学校はすごく悪いのはなぜですか?」


先生はわかっていますといった風に
「この4年間で校長先生が3回かわりました。
私は先生になったばかりなのに、
何の指針も与えられなかったんです。
リーダーなくして、学校がよくなるわけありません。
今回やっといい校長先生が来たのでよくなるはずです。
でも、それは全体像の話で、できる子は常にできてます。
バークレーでは、黒人と白人を分ける線は、
高所得と低所得を分ける線でもありあます。
この学校は白人と黒人の学力差が大きく、
全体像としては点数が低くなってしまうのです。」

なるほどねぇ、まぁ、だいたいわかっていたことなんだけど、
「お宅の場合は学校の平均なんかは見ずに自分の子供だけ見てろ」
ということですね。


最後に先生のコメント。
「聾者の映画を見たとき、マー君は元気良く手をあげて
『は~い、はいはい、ぼくも難聴だよ~。』っと嬉しそうにしてました。
難聴を誇りにおもってますねぇ~。」

うわ、馬鹿丸出し。

でも、マー君がそうあれるのは、この学校のおかげだと思う。
この学校では、難聴がちっとも恥ずかしいことでも、マイナスなことでもないんだ。
クラスに何人も補聴器をつけている子がいて、
難聴は、肌の色の違い同様、ただ『違う』だけで自然に受け止められていることなんだ。


統一試験のスコアが悪いから、学校を変えようかとまで思ったけど、
この子には試験のスコアよりもっと大切なものがある。

そして先生の最後の一言。
「マー君はクラスのロックスターですよ。」

難聴を気にせずに、明るく無邪気でいられるのはこの学校だからかもしれない。

この学校で良かった。
そう思えるようになっただけでも、いい面談だった。








難聴児の学力

2011-10-17 14:49:14 | 難聴・手話
先日ちょっと用事があって、マー君と一緒にCEIDに行った。

CEIDとはマー君が行った、聾や難聴児の特別プログラムが組まれてあるプレスクールのこと。
当時は本当にお世話になりました。

中に入ると先生方がマー君を見て大喜び。
「大きくなったわねぇ~。」と大げさにハグしてくる。

昔の思い出話をしたり、マー君が通ってた頃の写真を引っ張りだして見せてくれたり、すごい歓迎振り。

先生方は私にも矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。

「マー君今○○小学校に行ってるんでしょ。
普通の健聴の子達と一緒に勉強しているんでしょ。
すごいわねぇ、マー君はそんなチャレンジ精神のある子だと思ってたわ~。」

「聞くのもしゃべるのも全然問題ないみたいね、言葉の遅れはないんでしょ?
今後も普通クラスでやっていけそうなの?
みんなについていけるなんてすごいじゃな~い。」


先生方はマー君を褒めちぎっているんだと思う。
でも、なぁ~んかちょっと気になるのが・・・
「みんなよりできない。」というのが前提にあること。
普通クラスの中にいるだけですごいことのような・・・そんな言い方。

難聴や聾の子の学力が平均以下なのは、
統計的にもまぎれもない事実。
先生方がそういう言い方をするのも当然といえば当然。

でも私はそういう風にマー君を見たことはない。
クラスについていくどころか、どちらかといえばできるほうだと思っているんだけど・・・
でも、テストもないし特に証拠があるわけではない。
クラスのなかでどの辺を行っているのか、実は私知らないかも。
もしかしたら過信しすぎかしら。

おいおいカルテックどころの騒ぎじゃないぞ。(前回投稿参照)

家に帰ってクラス写真を見ながらマー君に聞いてみた。

「ねぇ、クラスでよくできる子ってどの子?」
「えっとこの子とこの子とぉ~。」

クラスに6人しかいない白人のうち5人を指差した。

やっぱり白人か・・・。

「だれが一番できるの?」っと聞くと。

大きな声で、
「ぼく~」っといいながら自分を指差している。

あ、っそっか。そうだね。
もちろんだよねぇ。

・・・無邪気というか、アホというか・・・
でも、まっいいか。
本人がそう思ってるんなら、それで。

心配しても何も始まらないしね。
今は楽しく学校に行くのが一番。

マー君、君の明るい性格にママは助けられるよ。

サインは日本語で何?

2011-05-27 09:56:17 | 難聴・手話
マー君が日本語教室の宿題をしていた。

今日の宿題は新しい漢字「話」の練習。

練習プリントの中に、「話」の字を使って言葉を考えましょう。というのがあり、そこでとまっているマー君。

仕方ない助け舟を出してあげよう。

「『話』のつく言葉ねぇ。じゃやぁ『手話』は?」
「なぁにそれ?」

あ、そっか。我が家では手話の事を英語のSign Languageからサインと言っていて、手話という言葉を使うことがなかった。

「最初に『手』と書いて、それから『話』と書いてごらん。」
「書いたよ。」
「これなんだと思う?手で話す・・・。」

ちょっと考えるマー君。

「サイン?」
「そうよ~、日本語ではね、サインのことを手で話す『手話』って言うの。」
「そっか~。」

目をきらきら輝かせるマー君。

「てわ?」
「ううん、しゅわと読むの。」
「ふ~ん。」

今まで考えたことなかったけど、『手話』って言葉なんか素敵。
英語のSign Languageって、まるで暗号を送っているみたいでなぁんかね。

次の練習は『話』の文字を使って文章を作りましょうというもの。

マー君が書いた文章は。

「ぼくは手話で話すことができます。」

へぇ~、そんなこと言うの初めて。
手話もできること、誇りに思ってくれていると嬉しいな。