白杖のトライリンガル

難聴だけじゃない?網膜色素変性症を併せ持つアッシャー症候群の息子達の日常を母の目からつづります。

グランドキャニオン国立公園

2014-07-31 11:05:02 | 家族
ロードトリップ5日目はブライスキャニオンを出てグランドキャニオンへ。
今回はノースリムへ。

ノースリムの方が標高が高いため、サウスリムに比べてもっと緑があります。
サウスリムは10年前に行ったので、今回はノースリムだけ。



高校の時地理で地球の輪廻を習ったとき、土地は浸食されて平らな平原になった後再び隆起して高原になり、それからまた雨風に削られて浸食していく、その幼年期にあたる代表格がグランドキャニオンだとかなんとかあったのを覚えている。
隆起した土地が最初に浸食されるのが川のあたり。
コロラド川が浸食してできたこの大峡谷の上の方を見ると、真っ直ぐな地平線が見えるでしょうか。
そう、ここは山ではないのです。
大昔平原だったところが隆起して高原となり、その高原をコロラド川が浸食して作った大峡谷がグランドキャニオン。
高校の時机の上で勉強したものは、これだったんだぁ~。
今やっとその意味が分かりました。

アメリカの観光地が日本と違うのは、危険に対する備えだと思う。
日本はとにかく安全のためにフェンスが張り巡らされているけど、ここはなぁ~~んにもない。
すぐ後ろは断崖絶壁。
ここから落ちたら地上にたっするまで何分かかかるんじゃないかと思うような絶壁のぎりぎりまで行くことができます。
これって落ちる人はいないのかしら?
見れば命がないのは明白、落ちるところまで行くあなたがバカ、っとでも言うようにフェンスもなんもない。
たぶんここまでの断崖絶壁になると、誰でも気を付けて落ちないのでしょう。。。

私が立っているところもぎりぎりの所です。

カメラマンは次男。



すぐ後ろは断崖絶壁なんだけど、


長男とダディーは説明をすべて読んで、ちょっとした地質博士になってます。


グランドキャニオンは巨大すぎて、一日では峡谷を降りることすらできない。
上から眺めるだけで、実はあんまりおもしろくない。
子供が大きくなったら、コロラド川をラフティングするのが夢。
大自然は下から見た方が大きさを感じるんだよね。
上からだと、見た瞬間は「すご~い」と思うけど、そのうち目が慣れてなんだか絵を見ているような気分になる。
なので、グランドキャニオンに行く方は一週間の時間を割いて峡谷の中をラフティングすることをお勧めします。







ブライスキャニオン国立公園

2014-07-30 10:42:47 | その他
ロードトリップ4日目はザイオンを後にし5日目ブライスキャニオン国立公園に来ました。

いやぁ~、ここはすごかった。
圧倒されました。

大自然が作り上げた自然の彫刻が気味が悪いほど無数に立ち並ぶところ。
この特殊な地層と風、水、そして氷が調和して作り上げた奇妙な地形なのです。






中をハイキングしました。
















ザイオン国立公園

2014-07-29 09:54:07 | 家族
ロードトリップ三日目国立公園ザイオンに来ました。

この乾燥した地にここだけは豊かな水と緑があります。
ヨセミテとはまた違う断崖絶壁の絶景の中キャンプしました。


キャンプ場に野生のシカが現れました。
興味しんしんの三男。


こんなに近くによっても逃げないのね。


野生動物はあちこちに。
エサがもらえるとおもって寄ってくるけど、野生動物にエサをあげてはいけません。


川で泳ぎました。

標高は高いものの、水は濁ってます。
なぜかというと、このあたりの地層は大昔砂砂漠だったところが時を経て岩になり隆起したところ。
雨風にさらされると、簡単に砂に戻るのです。
それで川に削られた部分が峡谷となりこの美しい絶景を作り上げたというわけ。
だから、水は削られた砂で濁っているの。川岸の砂はふわっふわの粒が細か~い砂なのです。

シャトルバスで園内を周り、ハイキングもしました。
ただ、ハイキングコースが途中から川の中をばしゃばしゃ歩かなきゃいけなくなって、私たちはここで断念。


本当はここからが見どころだったのですが、小さい子供がいると無理ですね。
子供たちが大きくなってまた来なくっちゃ。









気合のアメリカロードトリップ第二弾

2014-07-26 09:28:08 | 家族
今年も去年に続いて気合のロードトリップ。
今回はネバダ州、ユタ州、コロラド州、アリゾナ州、ニューメキシコ州の国立公園めぐりをします。

まず初日、サンフランシスコベイエリアから6時間ドライブで一気にモハビ砂漠の町Barstowまで、409マイル(654KM)を一気に移動します。

車窓からの風景です。

風力発電の風車がいっぱい。ベイエリアからセントラルバレーに行くときにもあるんだけど、ここをその上を行くすごい数の風車。

砂漠に入ると突然すごい数の飛行機を発見。
こんなになぁ~~んもないところに、飛行場?
いえいえこれは、使ってない飛行機の保存場所。砂漠は雨もほとんど降らないし乾燥しているから機体が傷まないのだとか。


砂漠に入るとおなじみの地平線が見える真っ直ぐな道。
これからこんな道を何日も走り続けます。


一日目はほとんど車の中で終わってしまいました。



日本人にとって難しい英語の発音と綴り

2014-07-17 12:12:34 | その他
英語の綴りは難しいと言われている。
確かに例外だらけで、ルールでは説明できない。

でも、アメリカで英語を母語とする子供たちを育てていると、日本人が思っているよりずっと簡単なんだと気が付く。
日本人の子供が漢字の練習をするように、毎日書いて覚えたりはしない。

日本人は発音が完璧ではない分、綴りで「覚えなければいけない」部分が増えてしまっているのだ。

先日の出来事。

私は居間で子供たちの日程表を作っていた。

「えっと~、サッカーのスペルってどうだったっけ。エス、エイ、シー、シーだっけ?」

すると子供たち大笑い。
「スェッカー、スェッカー」とAの部分をわざとらしく発音して私をバカにする。

書いてみて「あらへんね」とやっと気付く私。
「じゃぁ、エス、ユー、シー、シー、だっけ?」
っというと、さらにお腹を抱えてげらげらと大笑いの子供たち。
むかつく!

「スアッカー、スアッカー」とこれまたUの部分をわざとらしく発音して私をバカにする。

「じゃぁ、何なのよ!」私もイラついてきた。

「ママ、スェッカーでもスアッカーでもないよ、スォッカーだよ。」

カタカナで書くと、なかなか英語の本当の発音を表しにくいのですが、
日本人にとっては全部「サッカーに聞こえます。」
Sの後の母音をめちゃくちゃ引き延ばして大げさに言わない限りあまり違いが判らない。

「だからそのサッカーの綴りを聞いてんじゃない。」
「もぉ、何度もいってるじゃん、スォッカーだよ。」

私にとって綴りを言えというのは、アルファベットで言えと言う意味。
でも子供たちにとって正しい発音を大げさに言うというのは、十分綴りを言っているのと同じなんです。
そう、サッカーのSの後の母音は子供たちにとっては間違いようのないものなのです。

LとRなんて、アメリカ人にとっては似てもない、まったく違う音なのに、どうして日本人が間違えるか見当もつかない。

考えてみれば、夫が日本語の伸ばす音に苦しんでいるのが、どうしても私には理解できないのと似ているのかもしれない。

夫「白いふとう見なかった?」
私「コンクリートでできていればどこの埠頭でも白く見えるんじゃないの?」
夫「??? これくらいの大きさのふとうだよ。」←手で大きさを表している
私「あ~、ふとう。」やっとわかった。
夫「だからそう言っているじゃないか、ふとう!」
私「ふとうじゃないの、ふとう。全然ちがうじゃん、なんで間違えるんだよ。」

っといつも行われている私たちの会話。


昨日次男に文章を書く練習をさせていた時。
「はい、じゃぁ楽しかったって書こうか。It was ファン」
次男はくすくす笑いながら
「It was FAN」と書きやがった。

「あれ?泰君。ファンはFANじゃなくてFUNでしょ。」
と言うと、横にいた長男も一緒に笑いながら、
「ママ今扇風機って言ったよ。FANって言った。」
「うん、だからFANって書いたんだよ。」
二人で転げまわって大笑い。

くっそ~、悔しい母。
力を入れてFunのUの部分をのどの奥の方で発音しなければいけなかったのです。
だらしなぁ~く、ちょっと怠けて発音すると扇風機のFanになってしまうんですね。

あ~悔しい。

日米子育ての違い 1

2014-07-08 12:00:50 | 思うこと
日本とアメリカでは当然子育ての仕方が異なる。

好き嫌いの多い次男に夕飯を食べさせているときのこと。
次男が「これ嫌い!」と言うと、夫は「そうか。」っと食べさせるのをやめる。

そこで私は
「あんたが好きとか嫌いとか関係ないんだよ。出されたものは全部食べなさい。」
っと食べさせる。

アメリカって個人を尊重するとか言って、お客にお茶を出すにしても、コーヒーがいいかティーがいいか、コーヒーには砂糖は入れるかミルクは入れるかと事細かに聞く。
それを子供にもやるんだから私としてはあきれる。

夫の家族が集まった時の夕食は必ず好みを聞いてからお皿に盛る。

「アンドルー、チキン食べる?」
「ノーサンキュー」
「サラダは?」
「ノーサンキュー」
「ホットドッグなら食べる?」
「イエスプリーズ」

っといった風な会話がなされる。
子供は好きなものしか食べない。

子供にそんなこと聞くなよな!
自分の好きなものしか食べないに決まってんじゃん。

こうしてアメリカ人は大人になっても「あれが嫌い、これは食べない」と言って、それを恥ずかしいとは思わない。
偏食が悪いとも思ってない。


ここはアメリカでも我が家の夕飯で、それは認めません。


「日本の子供は何でも食べるんだよ。給食で食べさせられるから少々の好き嫌いはなくなっちゃう。全部食べるまで残って食べさせられるんだから。低学年の子なんてよく泣きべそかきながら食べていたものよ。」


昨晩のこと、いつもの私のこのセリフに夫が一言
「お前たちよかったなぁ~、アメリカに生まれて」

なに?聞き捨てならぬその言葉。
「ちょっと待った?好きなものばっかり食べているから、アメリカ人はぶくぶく太って不健康なんじゃないか。子供の成人病が広がっているのは何のせいだと思ってんの?最初の10年泣きながらでもなんでも食べて好き嫌いをなくして、残りの80年健康にグルメを楽しみながら生きるのと、好きなものだけを食べて、あれが嫌いこれが嫌いと言いながら残りの人生を送り、早くから糖尿病などの成人病で苦しみ早死にするのとどっちがいいんだ?こら、言ってみろ!!!」

しまった、口が滑った・・・といった顔をしている夫。
口答えできない子供たち。

こうして我が家は日本風になっていくのです。


し・か・し、三男の好き嫌いは次男よりさらに激しくなんにも食べない。
は~、ため息。
母は負けません!