蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 7 

2018年09月22日 | 小説
(9月23日)

アンドレ・ジッドはカルテジアン(=cartesian)とされる。デカルトdescartesから貴流尊称のdeを省いて形容詞としているこの語の意味は3通りが数えられる。1デカルトが唱えた哲学に関して 2デカルトを信奉する者 3(数学において)解析幾何学。 第4の義は番外「やたらとへ理屈を弄ぶ(その輩)」これは辞書(le robert)に載らない。
さてある日の自由エピソード(2017年の6月頃)。A学院(フランス語教育での歴史を刻む校舎は東京駿河台の丘の上)での哲学講座。
生徒の質問「ジッドはカルテジアンですか」
口調と身振りがエレガンスの極めのI女史が講師、すぐさま答えた「その通り」
これは上記カルテジアンの1義。かくもすんなりI女史の口からこの答えが発せられた背景とは、彼の地フランスの人口にあまねく膾炙しているからに他ならない。横でポカン口開けて聞くだけながら、投稿子はそう理解した。
続けてI女史は、
「まあ、フランス人は誰だってカルテジアンだけど」
この答えは第4の義にあたるようだ。理屈に拘泥するとの換喩である。フランス人=へ理屈に思い当たる例に事欠かないので、こちらは投稿子もすぐに理解に至った。では、ジッドがデカルトに影響を受けたとの証拠、あるいはそれを例証する文献はどこを探せば出てくるか?
「狭き門」でググって出てくる解釈はアリサの自己犠牲、献身、神の国へのあこがれ、そのうちにカルト信仰まで出てきた。どうも(日本語世界では)デカルトとの関連は認知されていない。信仰と行動にのみ焦点を絞っている。アリサ行動の理解に至らない。
フランス語で検索してもなかなか出てこない。ようやくたどり着いた一冊;

<<then there was Schopenhauer’s romantic pessimism, the view that the world of history , of conflict, was an illusion that brought nothing pain, that man’s salvation was to escape from it into higher ,essential reality to which music and poetry were the purest means of access. Gide went to appreciate Descartes…>>
出典はAlain Sheridan「 Andre Gide a life in the present 」Harvard uni. Pressから。
(当該冊子は絶版で販売されておらず電子書籍にも登録がないのでネット引用した)

写真:引用した冊子の表紙。20代のジッド。

抄訳:(ジッドの思考遍歴の説明の数行の後)ショーペンハウアーに影響を受ける。その見方とは歴史、闘争とは一種の幻想で、苦しみ以外何ももたらさない。故に救済は歴史から離れ、より高い「本質的現実」に上るべきで、音曲詩歌のみを通してそこに到達できる。これを受けてジッドはデカルトに傾倒してゆく…


上記引用は粗筋としてかくまとまる;
人の世とは苦しみばかり。救いはより高みにある本質現実に立ち上ることだ。それは現実ではなく文芸、思考の世界に存在する。デカルトがその道を教えている。

デカルトが語る無関心の自由は一切の先入観を捨て去り、自己の利益にこだわらず、そもそも利益不利など一切考慮せずに選択する。その結果には反省や悔やみ、まして達成感に喜ぶなど論外で、ひたすら無関心に徹する。このliberte d’indifferenceを理想とする。日本語表現に言い換えて「虚心坦懐で選択し、喜びも後悔もしない」が近いか。
ショーペンハウアーの「本質的現実」にデカルトの「無関心の自由」を重ねた心情がジッドの伝える狭き門であると言える。

狭き門は「圧縮機」であり(ジェローム)、利己主義(=egoiste)をつぶす機械である。門を抜ければegoが消える。Egoとは自己の利益であり時には他者への思いやりでもある。これが抱える間の選択は、自己への関心(difference)であり、選択の度にこの判断での好悪を露呈する。この課程がフツーの人間のたどる選択で、人はそれが自由だと勘違いを起こす。カツ丼を食いたいK氏は勘違い自由の典型とも言えよう。
関心へのこだわりが勘違い、これは「自由」の選択ではないとデカルトが教えてくれた。デカルトの子供であるフランス人は、この自由を理解するから、アリサをカルトかぶれなどと判定しない。アリサ、ジェロームも自由精神を貴び、自由意志を貫徹したと理解する。


カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ7の了 
(次回予定は9月25日)
コメント
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