東ローマ帝国の時代、キリスト教徒の国が、オスマントルコの支配に替わった時、住んでいたキリスト教徒は、ここに地下都市を作りました。
地下7層まで堀り続け、そこに一つの社会カイマクルを作り上げました。
洞窟の中に入っていくと、異教徒から身を隠す工夫が見られます。
下へ下へと潜っていきます。各階を繋ぐハシゴも取り外しが出来るようです。
ワインを醸造したと思われる凹みのある岩とか、通路を隔てる扉に使う大きな円盤状の岩がありました。敵の侵入を防ぐ時は石の円盤を、ごろんと回転することで洞窟を区切る装置でした。インデイージョーンズの世界ですね。
この穴は台所のカマドのあったことを示すように、周囲の壁に物を燃やした煤が黒く付いています。煙突に当たる穴が上空に繋がっています。煮炊きは煙が外部に見られないように夜にしたと言われます。
教会もあります。ネコもいます。
ここは住居ですが、隠れ家で、厳しい暮らしだったと思います。入口には装飾も見えます。
洞窟の教会を訪ねます。ハシゴを上って、中に入ると、各部屋の壁のフレスコ画のような見事な絵画が一面に描かれていました。
左:ここの洞窟には気のせいか生活の匂いがします。
右:観光客用のトイレです。5万トルコリラが要ります。机の上には小さなテイッシュペーパーが置いてあります。手前が男性用、奥の入口が女性用です。和式トイレです。
かなり硬い岩みたいですね
掘るの大変だっただろうなぁ