海拓榴市から北に、山の辺の道を辿ると、この三輪山の裾を巻いて進みます。
途中、海拓榴市観音・金屋の石仏などを過ぎた頃、木々の茂みの中に「志貴御県社」の神社に出会います。「しきのみあがたのやしろ」と読みます。
ここは第十代崇神(すじん)天皇が御所を構えたと言われているところです。社域の直ぐ隣りに、宗教団体の大きな建物や地元の小学校が建っています。これらが建設された時に、いろいろな遺跡、遺物が発見されたそうです。
現在と違って、発掘調査などは、殆どされなかったようです。惜しい事をしました。
途中、海拓榴市観音・金屋の石仏などを過ぎた頃、木々の茂みの中に「志貴御県社」の神社に出会います。「しきのみあがたのやしろ」と読みます。
ここは第十代崇神(すじん)天皇が御所を構えたと言われているところです。社域の直ぐ隣りに、宗教団体の大きな建物や地元の小学校が建っています。これらが建設された時に、いろいろな遺跡、遺物が発見されたそうです。
現在と違って、発掘調査などは、殆どされなかったようです。惜しい事をしました。