ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

高等教育のグランドデザイン私案(その2.論文数と特許件数は経済成長率と相関するか?)

2014年09月03日 | 高等教育

 8月22日に東京で開かれた大学政策フォーラムでの講演報告の2回目です。今回のブログでは、今までのOECDによる一人当たりGDP購買力平価名目値と異なるGDP、つまりIMFによるGDP購買力平価名目値をUS$デフレータで割って求めた実質値でもって論文数との相関を検討しました。なお、OECDに掲載されている一人当たりGDP購買力平価実質値を用いても、相関係数に強弱の違いが生じるものの、概ね同様の傾向が得られます。

 

 

 まずは、GDPの推移です。各国とも波を打ちつつ次第に上がっていっていますね。2009年頃の落ち込みはリーマンショック、1998年の韓国の特徴的な落ち込みはアジ化通貨危機によるものと考えられます。

 下のGDP成長率(年率)の推移をみると、オイルショック、日本のバブル崩壊、アジア通貨危機、ITバブル崩壊、リーマンショックなど、不況と好況を繰り返して激しく変動していることがわかります。論文数とGDPとの相関を検討する場合には、このような景気の変動にも配慮する必要があります。大きな不況等で各国のGDPが激しく上下する時期には、各国のGDPの成長にばらつきが生じ、比較的安定的に推移する論文数とGDPの相関関係は低くなるものと想像されます。論文数がGDPと相関するとしても、このような短期のGDPの変化と相関するとは考え難く、より長期のGDP成長率を検討する必要があると思われます

 

 下の表は、人口当り論文数と一人当たりGDPとの相関を検討したものです。論文数とGDPとの相関関係は、GDPの急激な変動によっても左右されますが、論文数のカウント方法によっても左右される可能性があります。論文数は概ね各国の研究機能を反映していると考えられますが、あくまで論文データベースに掲載されている論文数であということを念頭に置く必要があります。例えばこの分析ではトムソン・ロイターの学術論文のデータベースの数値を用いていますが、データベースに収載する学術雑誌の取捨選択が毎年なされており、その変動等で論文数が左右される可能性があります。また、整数カウント法か分数カウント法という違い、あるいは、通常の論文数か高注目度論文数という違いも影響する可能性があります。

 僕の利用できるトムソン・ロイターのInCites™というデータベースでは、整数カウント法の通常論文数しかデータが得られないので、論文数カウント法の違いの影響を調べるために、文科省科学技術学術政策研究所の阪彩香さんたちのデータを使わせていただきました。

 阪彩香さんたちによる「科学研究のベンチマーキング2012ー論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況ー」文科省科学技術学術政策研究所調査資料ー218、(2013年3月)に掲載されている、10年毎3期に分けた通常論文数、Top10%補正論文数、Top1%補正論文数(整数カウント法および分数カウント法)と、各年のGDPとの相関を、上記GDPのグラフに記載した20か国から、データの欠損の関係でオーストリア、韓国、台湾の3か国を除いた17か国で調べた結果が下の表です。1行目の80~11というのがGDPの西暦を表しています。

 

 

 

  この表から読み取れる傾向を下の小括にまとめました。

 次に、同じく阪彩香さんたちの報告書の論文数から、その10年平均成長率を求め、一人当たりGDPの10年平均成長率との相関を、前記20か国のうちオーストリアを除く19か国で調べました。先ほどの論文数とGDPの相関と異なり、長期成長率においては、通常論文数の方が、高注目度論文数よりも相関係数が高くなる傾向にありました。また、分数カウント法の方が整数カウント法よりも相関が高い傾向になることは、先ほどの論文数とGDPとの相関分析の結果と同様です。

 

 次に、トムソン・ロイターInCites™による整数カウント通常論文数の3年平均成長率と、一人当たりGDP3年平均成長率の相関を、1984年から2012年まで検討しました。表の第1行が、GDPの年を表しています。第1列は論文数の年です。

 1998-2000年の間は相関が認められませんでしたが、他の年代においては、統計学的に有意の相関が認められる場合が多く、また、当該年よりも先行した年の論文数成長率とGDP成長率とが良く相関する傾向が認められます。

 なお、1998~2000年において相関が認められない理由としては、アジア通貨危機によって韓国などのアジア諸国のGDPが急激なマイナス成長となった影響が考えらます。不況であっても、すべての国のGDPが一斉に同じように低下するのであれば、相関関係は保たれる可能性がありますが、局地的な不況で、一部の国のGDPだけが低下すると、相関関係は弱くなることが考えられます。

 なお、韓国および台湾を除くと有意の相関が認められなくなります。この理由としては、GDPという多くの因子に左右される指標において、新興国を除けば、成長率という全体のGDPから見れば1%レベルのわずかの変動について相関をとっているので、そもそも、有意差が得られにくい、ということがあると考えています。

 

 

 先行研究においても、論文数およびGDPの成長率の相関を分析した論文があり、上記論文ではGranger因果の関係が、双方向に観察されるとしています。つまり、GDP⇒論文数の因果関係と、論文数⇒GDPの因果関係の両方が推定されるということです。ただし、この論文でもアジアの新興国を除くと、因果関係ははっきりしなくなるとしています。

 

 次に論文数と特許登録件数(Triadic patent families)の相関関係を、台湾を除く19か国で検討してみました。

 上の表は欧州、日本、米国の特許登録件数を反映するTriadic Patent Familiesの登録件数の推移を示したものですが、日本2000年頃まで順調に増加し、現在でもトップを維持しています。しかし、他の多くの諸国では2000年前後に、軒並み急激な減少を示しており、日本とは異なる挙動をとっています。これがどのような理由によるものなのかについては、今後調べる必要があると思います。

 下の表は、人口当り特許登録件数と人口当り論文数の相関分析の結果です。第1行が特許の権利が発生した年を示しています。第1列は論文数の年を示しています。2000年以前では、論文数と特許登録件数は相関していますが、それ以後は有意の相関が認められなくなります。


 

 日本は、有数の特許登録件数の多い国であり、しかし、また一方では人口当り論文数が最も少ない国の一つであるので、論文数と特許件数の関係性においては、日本は外れ値的な位置づけになります。日本を除いた18か国で相関を検討したところ、特許件数と論文数は各年代において有意に相関しました。

 

 

 下の表は、人口当り特許登録件数の3年平均成長率と一人当たりGDP3年平均成長率の相関を台湾を除く19か国で検討したものです。論数成長率とGDP成長率との相関よりもやや弱くなる傾向も感じられますが、1998-2000年を除いては、先行する年の特許登録件数成長率とGDP成長率が有意の相関が認められました。なお、韓国を除くと、論文数成長率とGDP成長率の相関の場合と同様に、相関関係は不明瞭となります。

 

 

  

 

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