ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

上位大学と中小規模大学とでどちらが論文生産性が高いか?(国大協報告書草案30)

2015年02月03日 | 高等教育

 1月28日の国立大学協会・調査企画会議での報告が終わり一息ついています。スライド100枚を超える資料で説明しましたが、おおむね良好なご評価をいただき、今後、各大学に配布するダイジェスト版の報告書の作成を急ぐことになりました。また、委員の皆様からは、いくつか貴重なご意見を頂戴しましたので、そのご意見を踏まえた報告書にするつもりです。

 ブログの読者の皆さんには、まず前回の続きをご報告しないといけませんね。前回は、研究者数と論文生産性の関係性を分析した結果でしたね。日本では教員の研究時間の測定が経常的に行われておらず、教員数にしても、また、研究費にしても評価することが困難であり、そして国際比較が困難であるという問題がありました。それを、可及的に妥当と思われる仮定のもとに理系のFTE研究者数(フルタイムの研究者に換算した場合の研究者数)を推定すると、大規模大学も中小規模大学も、FTE研究者数あたりでは、ほぼ同程度の論文生産性を示すという結論でした。今回は、大学への公的研究費あたりの論文生産性についての分析です。

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2)研究費あたりの論文生産性の検討

 次に、国立大学への(公的)研究資金あたりの論文生産性について、各国立大学が公表している財務諸表等のデータにもとづいて検討した。

 まず、研究者数の推定と同様に、研究に関わる人件費をどのように推定するかという問題がある。ここでは、前節の研究者数と同様の考え方で推定することとした。つまり、“理系FTE係数”を教員人件費(非常勤教員も含む)に掛けて、データベースに反映されうる研究活動を可及的に反映しうる概略の教員人件費とした。

 まず、図表III-128に教員人件費と論文数の散布図を示した。常勤教員数と論文数の散布図と同様に、正の相関が認められるものの、必ずしも良好な相関は言えない。

 教員人件費に前節の“理系FTE係数”を掛けた値、つまり“推定理系FTE教員人件費”と論文数の相関を検討すると、図表III-129に示すように、直線に近い散布図となる。

 さらに“推定理系FTE教員人件費”に、研究経費、受託研究等収益(国公)、および科研費配分額(直接経費)という概略公的な研究資金を反映していると想定される金額に0.8を掛けた値を加えて論文数との相関をとると、図表III-130のように、やや上に凸の曲線が得られる。0.8の係数を掛けた理由は、各研究費のうち学術論文データベースに反映されうる理系の研究費の割合を約8割と仮定したものである。

 これに、主として民間からの研究資金を反映する受託研究等収益(国公以外)に0.8を掛けて加えた推定理系研究費の総和と論文数の相関を見た図が図表III-131であるが、同様に上に凸の曲線となる。

 

 次に、国立大学間の科研費についての論文生産性について検討した。

 図表III-132は70国立大学において、科研費配分額(直接経費)と科研費あたりの論文数の関係性を示した散布図である。文系中心大学を除いては、科研費配分額の少ない大学ほど、科研費あたりの論文生産性が高いことがわかる。

 ただし、この論文数には科研費に関連しない論文数も含まれている。そこで、文部科学省科学技術・学術政策研究所による「科学研究費助成事業データベース(KAKEN)と論文データベース(Web of Science)の連結によるデータ分析」のデータにもとづいて、40国立大学について、科研費配分額と科研費に関連する論文数(WoS-KAKEN論文数)の生産性について検討した。

 

 図表III-133に示すように、科研費に関連する論文数に限った場合でも、科研費配分額の少ない大学ほど、論文生産性が高いことが示唆される。


<含意>

 前節において、70国立大学における教員数と論文数との関係性を検討したところ、“推定理系FTE研究者数”と論文数との間には、直線的な強い正相関の関係が得られ、少なくとも理系の研究者については、大規模大学においても中小規模大学においても、論文生産性はほぼ同等であることが示唆された。

 この節では、各大学における研究資金と論文数の関係性を検討し、研究資金あたりの論文生産性の分析を試みた。

 各大学の研究資金と論文数の関係性を分析するに際しても“教員数”の場合と同様に、わが国においてはいくつかの困難がある。

 その一つは、大学教員の研究時間の測定が経常的に行われておらず、FTE研究者数(フルタイムに換算した場合の研究者数)のデータが十分に得られないことによる。

 そのために、国立大学へ交付されている運営費交付金のどれだけが研究費部分であり、どれだけが教育費部分であるのか、よくわからないし、運営費交付金の全体が、ある時は研究費として算定され、ある時は高等教育費として算定されることがあり、国際比較も困難となっている。現在、一つの予算の括りとして突出している運営費交付金は継続的な削減の対象となっているが、そのどれだけが研究費の削減になり、どれだけが教育費の削減になっているのか判然としない。

 本節の検討においては、このような制約条件のもとで可及的に学術論文データベースに反映されうる教員人件費を推定するために、前節の教員数と論文数の関係性の分析で用いた“理系FTE係数”を教員人件費に適用することとした。

  研究に関わる教員人件費の財源(資金)については、国立大学においては常勤教員の多くが運営費交付金と対応している“承継教員”であることから、一部は外部資金で賄われているものの、概ね運営費交付金の研究費部分、つまり“公的研究資金”と位置付けてよいと考える。

 教員人件費と論文数の関係性は、図表III-128に示すように、教員数と論文数の関係性と同様に複雑であるが、“理系FTE係数”を教員人件費に掛けて求めた“推定理系FTE教員人件費”は、図表III-129に示すように論文数との間で、直線に近い正相関が認められた。ただし、直線性は完全ではない。この理由としては“教員人件費”にはポスドク等の研究員の人件費は含まれないこと、また、博士課程学生は論文産生の役割の一部を果たすと考えられるが、人件費上は反映されないことなどが考えられる。

 この“推定理系FTE教員人件費”に、受託研究等収益(国及び地方公共団体)、科研費配分額(直接経費)、研究経費という、研究に関連する収益・費用科目の金額を加えていくと、図表III-130に示すように論文数との関係性は上に凸のカーブとなる。ただし、日本においてはデータベースの論文数に反映されるのは理系の論文が大半であるので、研究費の約8割が理系であると仮定し、各研究費の項目に0.8の係数を掛けることにした。なお、0.8の係数を掛けなくても上に凸のカーブが得られる。

  なお、受託研究費にはポスドク等研究員の人件費が一部含まれている。また、研究経費を加えずに、受託研究費(国及び地方公共団体)と科研費配分額(直接経費)を加えるだけで、つまり、純然たる公的研究資金に限った場合でも上に凸のカーブが得られる。

 “研究経費”については費用科目であるが、運営費交付金のどれだけが教員人件費以外の研究資金であるのか判然としないので、それをある程度反映しうる金額として加えた。ただし、“研究経費”の財源については、概ね運営費交付金と推定するが、運営費交付金以外にも寄付金から賄われている部分もあると考えられるし、また、“研究経費”には減価償却費も含まれていることから、財源として施設・設備費補助金等も含まれている可能性がある。なお、受託研究等収益という収益科目は、受託研究費という費用科目と対応しており、また、科研費配分額も財務諸表とは別に処理されるので、これらの研究資金が“研究経費”に反映されることはない。“

 概略の公的と考えられる研究資金に民間等からの研究資金である受託研究等収益(国及び地方公共団体以外)を加えて、論文数との関係性を示した図が図表III-131である。これらの研究関連科目以外に“受託事業等収益”や“補助金”という科目があり、ある程度論文数に反映される可能性があるが、詳細が不明なので、今回の分析では研究資金に加えなかった。

 以上の大学研究資金と論文数の関係性の分析から得られる結論としては、カーブが上に凸になることから、研究資金の多い大学ほど論文生産性が低いということである。これは、公的研究資金に限った場合でも成立する。

 図表III-132は70国立大学と科研費配分額(直接経費)と論文生産性について示した散布図であるが、文系中心大学を除いては、配分額が少ない大学ほど論文生産性が高いことがわかる。ただし、この論文数は科研費と関連のない論文数も含まれているが、科研費に関連する論文数に限った場合でも、科研費配分額の少ない大学ほど、論文生産性が高いことがわかった。

 前節で得られたことと合わせると、少なくとも理系のフルタイム換算をした研究者については、

1.研究者あたりの論文生産性は大規模大学においても中小規模大学においてもほぼ同等である。

2.(公的)研究資金あたりの論文生産性については大規模大学よりも中小規模大学の方が高い。

ということになる。

  大規模大学において研究費当りの論文生産性が低いことは、より単価の高い研究をしているということを示しており、当然と言えば当然であるとも言える。ノーベル賞を受賞したスーパーカミオカンデによるニュートリノの研究にしても、その巨額の研究費に比例した論文数の産生を求めることは不可能である。

  しかし、もし仮に、中小規模大学の大学あたり論文数や(FTEを考慮しない)教員あたりの論文数が少ないことを評価指標として研究機能を低く評価し、中小規模大学の研究資金を削減して大規模大学に再配分するような重点化(選択と集中)政策がなされたならば、日本全体としての論文産生能力(研究力)が低下する恐れがあることを示している。

 

 

 

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