ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

FTEという概念の重要性(国大協報告書草案20)

2014年09月12日 | 高等教育

 国立大学協会へ提出する報告書の完成を急がねばならないのですが、OECDのデータを中心とした学術論文数の国際比較にずいぶんと時間を費やしてしまったので、ちょっと予定が狂ってしまいました。これから、いよいよ、本論である国立大学の論文数のデータの分析に入ります。

 OECDの分析で、大学のFTE研究従事者数と大学への研究開発資金(FET考慮)によって、国家間の学術論文数の差異がほとんど決定されるということがわかりましたが、果たして日本の国立大学の場合にも適用できるかどうか、というところが焦点です。しかし、ここで、大きな問題があります。日本は、今まで政策的にFTEという概念がなく、大学のFTE研究従事者数やFTEを考慮に入れた大学への研究開発資金というものが計上されていないんです。したがって、正確な相関分析が不可能なんですね。

 これでは、日本の研究力の要因についての正確な分析は不可能であり、その結果適切な政策も打てないということになりかねません。国際比較も困難です。日本政府にはFTE研究従事者数のデータを恒常的に収集するシステムを早急に整備していただき、それにもとづいて、日本の研究力を分析・評価し、国際比較をして、政策決定や予算(交付金)の配分に生かしていただきたいと思います。

 僕の国大協へ提出する国立大学関係の論文分析では、FTEのデータが得られないので、やむをえず、間接的なデータの分析から、OECDのデータ分析でわかった2つの要因が、国立大学においても適用できるという推定の妥当性を検証することになります。果たして、うまくいくでしょうか?

 なお、今回の国大協報告書草案からローマ数字で「章」を示しています。これまでの草案で、章分けが複雑になってきたので、ここらで整理し直すことにしました。基本的には、第I章が方法論、第II章が国際比較、そして、今回の国立大学を中心とした論文数の検討を第III章ということいたします。

******************************************************************

第III章 国立大学の学術論文数に影響を与える要因の分析

1.日本の大学(群)論文数の分析方法

1)分析対象大学

 第III章における日本の大学の論文数の分析はトムソン・ロイター社の学術文献データベースであるInCites™に基づいて実施した。

 論文数は整数カウント法であり、国際間あるいは研究機関間共著論文を「1」としてカウントしている。また、学術文献データベースでは、論文数をカウントする学術誌の取捨選択が常に行われており、そのプロセスによっても論文数が変動する可能性がある。論文数には微細な年変動がみられるので、本分析においては、基本的に3年平均値を用いた。

 InCites™では、一定数以上の論文を産生している研究機関の論文数が検索でき、国立大学については、86国立大学のうち71大学の個別論文数のデータが検索できる(図表III―1)。

 

 また、公立大学については13大学、私立大学については80大学の論文数が検索できる。これらの大学の論文数を合計すれば、国立大学、公立大学、私立大学それぞれが産生する論文数の概略の動向が推定できると考えられるが、あくまで、国立大学、公立大学、私立大学の一部の大学の論文数データによる分析であることを念頭に置く必要がある。

2)トムソン・ロイターInCites™の論文数データを用いて研究機関の群(グループ)の論文数をカウントする場合の重複論文数の検討

 トムソン・ロイターInCites™の論文数データに基づいて大学などの研究機関を群(グループ)として分析する場合、群を構成する各大学の論文数を単純に合計して論文数を計算すると、群内研究機関間の共著論文が存在する場合、それを重複してカウントすることになる。

 InCites™には、個別の研究機関の論文数に加えて、いくつかの研究機関群の論文数を検索できる機能がセットされており、この場合、群内共著論文数は重複されずにカウントされる。あらかじめInCites™によってセットされた研究機関群の論文数と、各研究機関の論文数を合計して求めた論文数とを比較することにより、重複カウント数を推定できる。

 InCites™にセットされた研究機関群の中から以下の4つの研究機関群について、各研究機関論文数を合計する場合の重複論文数を検討した。

①JAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALS

②JAPAN: NATL SEVEN UNIVERSITIES TOTALS

③JAPAN: NATL UNIVERSITIES A TOTALS

④JAPAN: NATL UNIVERSITIES B TOTALS

 

①JAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALSは、71国立大学全体の論文数である。

② JAPAN: NATL SEVEN UNIVERSITIES TOTALSは、旧7帝国大学の論文数であり、北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学である。

③JAPAN: NATL UNIVERSITIES A TOTALSは、8以上の学部等を有する18国立大学であり、上記の7大学と、筑波大学、千葉大学、新潟大学、富山大学、金沢大学、信州大学、神戸大学、岡山大学、広島大学、長崎大学、鹿児島大学の各国立大学からなる。

④JAPAN: NATL UNIVERSITIES B TOTALSは、5-7学部等を有する17国立大学であり、弘前大学、山形大学、茨城大学、埼玉大学、静岡大学、岐阜大学、三重大学、島根大学、山口大学、徳島大学、香川大学、愛媛大学、高知大学、佐賀大学、熊本大学、琉球大学、総合研究大学院大学からなる。

 図表III―2に、JAPAN TOTALS、JAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALS、および71国立大学の各論文数の合計の推移を示した。

 まず、JAPAN TOTALSのカーブは、日本全体の学術論文数の推移を示しているが、2000年頃から増加の程度が逓減し、2004-2005年頃から「停滞」していることがわかる。JAPAN TOTALSでは、日本の研究機関間の共著論文は重複カウントされていない。ただし、国際共著論文は「1」としてカウントされており、近年国際共著論文が増え続けている現状からは、分数カウント法(つまり、国際共著論文における寄与度を分数でカウントする方法)でカウントすれば、「停滞」ではなく「減少」している可能性がある。

 JAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALSは、71国立大学全体の論文数であり、71国立大学間の共著論文は重複カウントされていない。JAPAN TOTALSのカーブと同様に、2000年頃から増加率が逓減し始め、2004年頃から「停滞」している。ただし、これも、分数カウント法でカウントした場合には「減少」している可能性がある。

 また、JAPAN TOTALSの論文数に占めるJAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALSの論文数の割合は65%に近い値であるが、これは、必ずしも71国立大学が日本全体の論文の65%を産生し、それ以外の研究機関群が35%産生していることを意味するわけではない。その理由は、71国立大学群とそれ以外の研究機関群との間の共著論文数を、71国立大学にすべて割りあて、それ以外の研究機関群から差し引いていることになるからである(図III―3)。

 

 共著論文を、2つの研究機関群に振り分ける分数カウント法を行えば、より正確な2つの研究機関群の論文産生寄与度が推定できるが、InCites™では不可能である。

 各研究機関群の日本の論文産生における寄与度については、科学技術指標に掲載されているデータを図表III―4に再掲した。このデータによれば、国立大学の日本全体の論文数に占める寄与率は55%であり、上記65%よりも小さい値となっている。

 

 図表III―2の「各国立大学論文数合計(n=71)」においては、71国立大学間の共著論文数が重複してカウントされることになり、実際の論文数よりも多くなる。また、論文数の増加度においても、共著論文割合が増えつつある状況では、実際よりも増加度が大きくなる。図表III―2において、「各国立大学論文数合計(n=71)」のカーブは、2004年以降も「漸増」と判断されかねないが、実際は「停滞」と判断する方が妥当であるし、また、実際の研究力をより適切に反映すると考えられる分数カウント法では「減少」している可能性も否定できないのである。

 図表III―5に、InCites™においてセットされている上記4つの研究機関群の論文数と、それを構成する各研究機関の論文数の合計との差をとることによって求めた重複論文数を示した。2012年の時点において、71国立大学(n=71)、8学部以上を有する国立大学(n=18)(旧7帝大を含む)、旧7帝大間論文重複率(n=7)、5-7学部を有する国立大学間論文重複率(n=17)という研究機関群の重複論文割合は、5.2~21.6%となっており、また、2000年から2012までの12年間における重複論文増加度(差分)は、2.2~6.6%となり、増加率では43.9~70.8%となっている。

 

 本研究においては、各大学の論文数を合計して計算をした研究機関群別の論文数の比較検討を行なっているが、その場合には、重複論文数の影響がありうるということを念頭において、データを解釈していただきたい。例えば、「停滞」を示しているグラフであれば、実際は「減少」している可能性があること、増加を示していても10年間で2~5%程度の増加であれば、実際は増加していない可能性があること等である。ただし、「減少」している場合は、確実に研究力が低下していると判断される。

  また、このようなデータを提示する場合には、その都度、解釈に注意が必要である旨の注釈を付記することにする。

 

2.全分野論文数に関する検討

1)国公私立大学における全分野論文数の推移

 図表III―6に、国立大学(n=71)、公立大学(n=13)、私立大学(n=80)の全分野論文数の推移を示した。上に説明したように、これらの大学群の論文数には各大学群内の大学間共著論文が重複カウントされている。参考までに、重複論文が含まれないJAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALS (n=71)のデータも示した。

 重複論文の存在を念頭におきつつも、国立大学と公立大学では、2004年以降論文数が「停滞」しているが、私立大学では「増加」していることが伺える。

 2000年を基点とする国公私立大学の論文数の推移を図表III―7に示した。2004年以降、公立大学の論文数が明らかに「減少」し、国立大学は「停滞」、私立大学は「増加」を示したが、ここ数年、国立大学、公立大学とも回復~増加基調が見られる。ただし、重複論文を含まないJAPAN: NATL UNIVERSITIES TOTALS (n=71)のカーブからもわかるように、各大学論文数の合計で示したデータは低めに判断する必要があり、国立大学においても、2004年以降やや論文数が減少し、最近わずかに回復基調にあると判断するべきであろう。また、国際共著論文の増加を考慮すれば、実際の研究力が果たして回復しつつあるのかどうかは、さらに割り引いて判断する必要があると思われる。

 いずれにせよ、2004年以降、それまで増加していた論文数が、国立大学と公立大学においては「停滞」~「減少」し、私立大学では「増加」を続けていたという特徴的な推移の違いがあり、このことが、わが国における学術論文数の変化を説明するための一つの鍵となると考えられる。

<含意>

 わが国の学術論文の約55%を産生している国立大学、あるいは公立大学と合わせると60%を産生している国公立大学の研究機能の変化は、わが国全体の研究機能に大きな影響を及ぼすと考えられる。第II章で検討したように、わが国の人口当り(あるいはGDP)当りの学術論文数は停滞し、右肩上がりを続けている世界各国に追い抜かれて26位となり、学術の相対的競争力が大きく低下しつつある。

 その大きな要因が、国公立大学における学術論文数の「停滞」~「減少」であると考えられる。

 2000~2004年頃までは国公私立大学とも学術論文数は増加傾向にあったが、この年を境にして、国公立大学の学術論文数が「停滞」~「減少」に転じ、私立大学は「増加」を続けたことは、この頃に、国立大学と公立大学に生じ、私立大学には生じなかった何らかの要因が関係したと想定される。

 この頃に国立大学に生じた変化としては2004年の国立大学法人化がある。ただし、法人化制度が論文数の「停滞」~「減少」の元凶であると考え、法人化制度を元の国立の制度に戻せば、論文数が回復すると考えるのは早計であると思われる。

 第II章における国際的な学術論文数の分析では、論文数の国家間の相違に影響する大きな要因は、大学への公的研究開発資金とFTE研究従事者数の多寡であった。なおFTE研究従事者数とは、研究時間を考慮に入れてフルタイム換算した研究従事者数であり、活動時間の50%を研究時間に投じている研究従事者を1/2人とカウントする方法である。

 「法人化」には、通常「効率化」と称する予算(交付金)の削減を伴うが、必ずしも法人化制度と同一ではないと説明されている。現に、国立大学においても教職員の定員削減は法人化以前から始まっているし、現在でも国立の機関であっても予算や定員の削減は続けられているのである。

  また公立大学も、国立大学の法人化に続いて法人化された大学が多いわけであるが、特に財政状況の苦しい自治体において、公立大学への予算の大幅な削減がなされている。

 わが国における2000年~2004年を境とした国公立大学に特徴的に観察される学術論文数の「停滞」~「減少」の要因は、OECDのデータ分析で示された結果と同様に、国公立大学に対する研究開発資金の削減、および、それに伴うFTE研究従事者数の減少が主因であると推定する。ただし、わが国においては、FTE研究従事者数という概念が無いために、そのデータが乏しく、また、その結果、FTEを考慮した研究開発費も計上されていないので、正確な相関分析を行なうことが不可能である。

 したがって、本研究においては、各種の間接的なデータから、この推定が妥当かどうかの検証を試みる。

 なお、今後のわが国の高等教育機関における研究および教育機能の評価や国際比較、そして予算(交付金)の適切な配分をする上で、FTEはきわめて重要な概念であり、政府には、早急にFTEに関するデータを日常的に収集し、政策決定や予算配分に活用することをお願いしたい。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする