センターの理事長に就任してあっという間に1年と4か月が過ぎました。この間、立場上全国の国立大学の学長さんや、附属病院長さんをはじめ、先生方や職員の方々とお会いする機会も多いのですが、せっかくのすばらしい方々との出会いを、もっと多くに皆さんとも共有したいと思い、「豊田理事長の国立大学展望台」というサイトをセンターのHP上に立ち上げました。
http://www.zam.go.jp/pdf/toyoda2.pdf
この”展望台”では、私や財務・経営センターの関係者だけではなく、全国の国立大学や附属病院の皆さんに書いていただこうと思っています。だいたい月1号くらいのペースで始めるつもりです。
第一号はセンター関係者だけで書きましたが、第二号では、山梨大学病院の島田眞路病院長にすばらしい一文を書いていただきましたよ。
島田病院長は、病院長自ら東日本大震災の被災地に医療支援チームの一員として、現場に出向いて、支援活動をされたんです。ほんとうに行動力のあるすばらしい病院長先生だと思います。ぜひ、「豊田理事長の国立大学展望台」を覗いてみてください。
7月4日の日経新聞に載せていただいた記事について、ブログを書きかけて、途中でほったらかしにしていましたね。続きを書かないといけないのですが、私の記事を読まれた島田病院長からメールをいただきましたので、先生のご許可を得て、ご紹介しておきますね。
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豊田長康先生
暑中お見舞い申し上げます。
日経新聞記事拝見いたしました。
国際的研究で中国にも抜かれたとか、ショッキングな記事ですね。
確かに地方大学は疲弊しています。
大学院大学構想で研究者をとられてまず痛めつけられ、次は卒後臨床で医師をとられ、同時に法人化で時間をとられ、3重苦で青息吐息です。もうすでに不可逆性変化はおこっているのではないでしょうか?
そのうち韓国にもやられそうですね。
皮膚科研究に関してお話しますと、私が日本研究皮膚科学会理事長のとき(2005-2008)に京都で国際研究皮膚科学会会長を開催しました。1350題、2000名を集めました。アメリカ、ヨーロッパ、日本ほぼ同数の演題数、参加者でした。アメリカにはもちろん勝てませんでしたが、全ヨーロッパにはプレナリー演題数など勝利しました。
しかしこのごろ2-3年は中国、韓国の足音が間近に聞こえてきました。皮膚科研究の分野では、われわれ地方大学がある意味研究を支えてきたのですが、そろそろ厳しくなってきたようです。われわれの雑誌JDSはimpact factor 3.7まできました。また臨床系のJournal of Dermatologyは私がChief Editorを11年やりIFを獲得し今は1.3です。
まあ皮膚科という狭い分野ではありますが、日本も一応がんばってきました。ただこのままでは将来がきびしいものと思われます。7帝国大学は人だけはいますが、そのわりに研究はいまいちです。彼らがリードしないと本当に日本の研究の将来はくらいものと思います。ただ病院長会議などでは彼らも同じレベルで議論していますよね。
先生の記事を拝見し、少しぐちを述べてしまいました。すみません。
今後ともよろしくご指導のほどお願い申し上げます。
猛暑の中、くれぐれもご自愛ください。
島田眞路