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ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

果たして大学病院は無用の長物か?(その2)

2012年02月09日 | 医療

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない)

 前回のブログでは、大学病院の地域医療への貢献について、国民と大学関係者の間で、大きな認識の隔たりがあることを説明しました。私はこのずれを小さくすることは、たいへん重要と思っています。大学関係者は、データに基づいて、どれだけ大学病院が地域に貢献しているのか、もっともっと積極的に説明(広報)する必要がありますね。

 さて、大前氏の週刊ポスト誌の記事の主旨は、まず、比較的最初の方の一節

「医師の不足や地域偏在の問題の元凶は、医師や病院が厚生労働省の管轄なのに、医学部を文科省が管轄していることにある。このシステムのままでは、いくら医学部の定員を増やしても、あるいは医学部を新設しても、医師が人員不足の診療科や地域に行くとは限らない。医師の養成は「医療行政」の問題だから、医学部は他の学部と切り離し、厚労省が必要な人材、場所、制度をつくっていくべきなのだ。」

と、最後の一節

「とにかく医師不足の問題は文科省や大学に任せていたら、是正できない。根本的な解決策は、厚労省が実務面から市場原理で医師を最適配分する仕組みを作り上げることに尽きるのだ。」

 の二つに書かれています。医師の偏在には、地域間の偏在、診療科間の偏在、病院ー開業医間の偏在の3つがあると言われていますが、今回とりあげられているのは、そのうちの2つ、地域間の偏在と診療科間の偏在の解決方法です。

 二つの節の間には、その解決方法として、いくつかのアイデアが書かれており、その中でも、「厚生労働省が市場原理で医師を最適配分する仕組をつくること」が決定的な解決策であると考えるに至った理由が書かれています。

 地域における医師の不足と偏在の問題は、残念ながらまだ解決されていません。そのような状況に対し、大前氏は、持ち前のクリアカットな思考方法で、一刀両断的に解決策を提案しておられます。

 果たして、医学部を厚生労働省が管轄することによって、医師の偏在問題は解決するのでしょうか?

 これに対する私のコメントは、後日のブログに回しことにして、きょうのところはIDE現代の高等教育2011年12月号に書いた「大学と地域医療」という小文の中から、医師不足と偏在問題に関係する個所を下にお示ししておくことにしましょう。ちょっと長くなりますけどね。

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IDE現代の高等教育2011年12月号地域と結ぶ大学より

「大学と地域医療」

2.大学病院による地域への医師供給機能の変化

 この問題は社会に大きな影響を与えたので、紙幅を割いて説明する。

(1)地域病院における医師不足の表面化

大学病院の地域病院への医師供給機能は徐々に低下しつつあったと考えるが、一気に表面化したのは、新医師臨床研修制度が導入された2004年以降である。最初は小児科や私の専門の産婦人科など、特定の診療科に限られていたが、多くの診療科の医師も地域病院で不足し、“地域医療崩壊”が社会問題化した。まず、大学病院が槍玉にあがり、マスコミは大学病院が地域病院から派遣医師を引きあげた結果であると報道した。ただし、これは一面的な見方であると考える。

一方、地域病院からの医師の立ち去りもクローズアップされた。勤務医は開業医に比べ激務であり、疲弊した医師が病院を立ち去ると、残された医師がさらに激務となり、連鎖的に医師が辞めて病院崩壊につながるとされた。

また、新医師臨床研修制度は、医学部卒業生に国が指定する研修病院での2年間のローテート研修を義務付けるもので、大学病院の医師供給機能に大きく影響した。ただし、私はあくまできっかけであり、徐々に起こりつつあった現象が一気に加速されたと考える。それを理解するには、大学病院の地域への医師供給の仕組みと研修制度のマッチング方式について知る必要がある。  

(2)大学病院の地域病院への医師供給機能

大学病院の地域病院への医師の紹介は、診療科単位(いわゆる“医局”)で行われてきた。 “医局”とは、公的用語ではなく、もとは医師の休憩室等を意味したが、転じて大学病院と関連病院グループ内での医師の人事に係る診療科の医師集団を指すようになった。“医局”はグループ病院内で医師に病院を紹介し、病院に医師を紹介する“閉じられた”人材市場を形成していた。一部に公募で医師を募集する病院もあったが、多くの地域病院は“医局”に依存していた。

この人事慣習は、一方では批判され続けてきたが、一方ではへき地の病院等、自由市場では医師を獲得し難い病院にも医師を供給してきた。

(3)新医師臨床研修制度におけるマッチング方式の影響

従来、医学生は卒後直接“医局”に入り、専門診療科で研修を受けることが多かったが、マッチング方式では、医学生が全国の研修病院の中から希望する病院の順位を提出し、病院は希望した学生の中から採用したい学生に順位をつけ、マッチした場合に採用する。医学生は“医局”の枠に入らずに、全国の研修病院を自由に選べるようになり、“開かれた”市場となって若手医師の流動化が進んだ。流動化は医師を獲得できる勝ち組とできない負け組を生む。多くの地方大学病院は負け組となり、“医局”を構成する医師数が減少して医師供給機能が低下し、“医局”に依存していた地域病院の医師不足を招いた。 

これは、高速道路を地方と都会の間に建設した時に起こる“ストロー現象”と類似する。高速道路により住民の流動化が進むと、負け組から勝ち組へ人の移動が加速する。通常は都会が勝ち組で、地方の過疎化が一気に進む。ただし、“加速”するだけであって、高速道路がなくても、負け組から勝ち組への人の移動は徐々に進む。 

(4)医師の不足か偏在か?

地域医療崩壊の原因が医師不足なのか、偏在なのかが議論された。2006年の厚生労働省医師需給検討会の報告書では、近い将来医師過剰になるので、医師の偏在(地域間の偏在、勤務医・開業医間の偏在、診療科間での偏在)対策を主にすべきとされた。

ただし、不足と偏在は密接に関連するので、二者択一は困難であると感じる。これは配給制度を例にとると理解しやすい。食料が不足すると、自由市場では食料を得られる人と得られない人(偏在)が生じるので、国は配給制度をとる。実は、自由市場下では医師を獲得できない地域病院へ“配給”の役割を果たしてきたのは“医局”であった。私は、自由市場においては、わが国の医師数が少なすぎたと考える。

(5)医師不足と偏在への対策

地方からの強い要請や、わが国の人口あたり医師数がOECD諸国で最低の部類であること等から、国は長年にわたる医師数抑制政策を転換し、医学部学生定員は07年度7625人から11年度8923人へと1298人増えた。また、地域医療に従事する医師を確保する目的で地域枠が設けられ、地方公共団体による奨学金制度も整備された。

研修制度についても2年目のローテーションの自由度を増して実質上の1年化を期待し、研修医が多く集まる地域の定員に若干の制限が設けられた。

また、診療科間の偏在対策として、産婦人科勤務医の待遇改善を条件に産婦人科の診療報酬が引き上げられた。また、2010年に病院の診療を中心に診療報酬が引き上げられた。

地方公共団体からの寄付により地域医療をテーマにした寄付講座を設置した大学も多い。大学教員が地域医療の現場で学生や研修医を指導し、地域医療に関心のある医師を養成する取り組みである。

このように医師不足と偏在の対策が並行して実施されているが、一旦生じてしまった若手医師流動化を元にもどすことは困難と考えられ、また、医学部学生定員増の効果が出るのはまだ数年先である。短期の解決は困難と思われるが、大学には国や地方公共団体と連携しつつ、地域医療の維持に組織として対応することが求められている。

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次回につづく


果たして大学病院は無用の長物か?(その1)

2012年02月08日 | 医療

(このブログは豊田の個人的な感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない)

 論文数についてのブログを書いている最中ですが、大学病院問題についてのブログも適宜織り交ぜて書いていこうと思います。ですので、Eさん、Fさんのご質問に対するコメントは、すみませんがもう少し遅れます。

 大前研一氏の2月10日号の週刊ポスト誌での記事”「ビジネス新大陸」の歩き方”の一部がネット上でも紹介され、関係者間でつぶやかれています。医療関係者が投稿したと推測されるつぶやきでは、とんでもないというような批判的な意見が多いようです。

「日本の大学病院は無用の長物 学生教育に徹せよと大前研一氏」

http://www.news-postseven.com/archives/20120201_83863.html

「外科医の給料を内科の十倍にすれば医師不足解消と大前研一氏」

http://www.news-postseven.com/archives/20120203_83918.html

 大前氏のご著書は私も何冊か読ませていただいており、大いに参考にさせていただいています。でも、今回の氏の記事の一部には、国民に対して誤解を招く個所があるように感じます。大前氏の発言は、国民の多くの人に影響を与えると思いますので、大学病院のあり方を一生懸命考えてきた者として、国民に誤解をあたえそうな部分については、ブログでコメントをさせていただこうと思います。

 これは、大前氏に反論しようといいうことではなく、大前氏の日本の医療を良くしようというお気持ちをくんだ上で、私なりの大学病院に対するコメントをしつつ、国民の大学病院に対する誤解を招かないようにしたい、ということが主旨です。

 また、「IDE現代の高等教育」誌の2011年12月号「地域と結ぶ大学」に、「大学と地域医療」という私の一文が掲載されましたので、その内容の紹介もしていこうと思います。

 まず、大前氏の今回の記事を読んで感じたことは、国民の大学病院に対する非常に厳しい見方(誤解も含めて)は、近年の大学病院の現場の相当な改善努力にも関わらず、昔とあまり変わっていないということです。これは、一生懸命大学病院の改善・改革しようと取り組んできた者にとっては、非常に残念に感じるところです。

 実は、2年前の事業仕分けの現場で、仕分け人のお一人(医師)から、”私には大学病院はコンクリートの塊にしか見えない”と言われたことを思い出します。その時私は、「個別の事例で大学病院をご不満に感じられたこともあるかもしれませんが、大学病院が地域医療に大きく貢献していることはデータできちんと証明できます。」というような説明をさせていただいたように思います。

 IDE(特集「地域と結ぶ大学」)の一文の最初の部分に書いた内容を以下にお示しします。

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 大学と地域医療

 はじめに

 近年、大学の第三の目的として「社会貢献・地域貢献」が重視されるようになった。ただし、「社会貢献・地域貢献」は「教育」や「研究」と同列ではなく、あくまで「教育」「研究」を通した「社会貢献・地域貢献」であるという意見が強い。

従来から大学は「教育」を通して人材を供給し、「研究」を通して科学の発展に寄与し、社会と地域に貢献してきた。しかし、最近は、社会や地域に対する、より直接的な貢献が求められている。特に国立大学は法人化によりそれに拍車がかかった。社会や地域からの理解と支持なくしては、存続が必ずしも保障されなくなったことが一因と考える。大学(医学部)付属病院(以下大学病院)もその例外ではない。

本稿では「大学と地域医療」について、大学病院、特に国立大学病院に生じた変化についてお話しする。ただし、この小文は、三重大学臨床医学教授職・学長職経験者の目から見た個人的な“感想”にすぎず、バイアスや勘違いも多々あると思うが、お許しいただきたい。また、筆者が所属する機関の見解でないことをお断りする。

1.地域医療貢献についての国民と大学関係者の認識の隔たり

2007年に私は大学病院の危機的状況を新聞紙上に投稿し、それがきっかけとなって、複数の新聞社の記者に話をする機会を得た。大学病院の使命として「教育」「研究」「高度医療」「地域医療貢献」の4つをあげ、国からの予算削減等により、使命機能が低下しつつある現状を説明した。しかし、後で一人の記者から「大学病院はそもそも地域に貢献していないではないか」と批判された。私は、大学病院の地域貢献が全く理解されていない事実に愕然とした。

その指摘に、そう言われてもやむを得ない面があったと思うと同時に、社会や地域から「貢献している」と評価されない限り、貢献したことにならないことを改めて認識した。大学は社会や地域が真に求める貢献を「実践」すると共に、それをデータにもとづいて国民に見える形で「広報」することが極めて重要である。

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次回につづく