税金の無駄使い、公務員や政治家の不祥事が後を絶ちません。それはいじめがなくならないとか、談合がなくならない、選挙違反がなくならないのと同じように、日本人社会の性のようなものかもしれない。そんな問題意識で本書を読みました。
岸田氏の著作は、以前に 『一神教VS多神教』 という、宗教を扱ったものを取り上げましたが、岸田氏は精神分析が本職だそうです。本書では、専門の精神分析の手法で、国家の行動とか、特性や、その歴史を説明しようというのです。
日本では、特に権力者や官僚は、清潔で有能だという共同幻想を昔から持っていると言います。なるほど、水戸黄門や遠山の金さんなども、結構好きでした(笑)。あんな人物は昔からいないのに、それをいるのではないかという幻想にかかっているために、それに甘えた官僚の不祥事が続くのだという指摘です。
太平洋戦争で陸軍(官僚)は国のためだと言いながら、陸軍という自閉的組織のために動いたし、エイズ被害を引き起こした厚生省や、外務省の裏金問題、旧大蔵省の接待漬け事件など、どれをとっても問題の根っこは、自分の組織だけを守るという、同じ原因だということです。
いじめを苦に自殺した生徒に対する、校長、教育委員会の態度も全くそのとおりですよね。“先生は立派だ”という共同幻想を日本人は持っていて、教員はそれに甘えているのでしょうか。
さて、小さな自閉的組織(共同体)が、その利益のために、より大きな組織を犠牲にしたり、欺いたりするという事例はどこにでもありそうです。派閥があって党がないとか、省あって国なしの縦割り行政で国の財政を脅かすなど、枚挙に暇がありません。
なるほど、ここまでは分かります。
“縦割り”、“たこつぼ型組織”、“縄張り争い” の弊害は、多くの評論家などが指摘してきたことでもあります。ではなぜ日本人は組織の下部に自閉的組織を作るのか、これが本書の主題です。
国全体が自閉的になれば、それは鎖国をしているということになる訳ですが、その下部組織に至るまで、自閉的組織を好む理由をさぐるために、日本の建国にまでさかのぼって、そこで培われた日本人のメンタリティーを分析するのです。
筆者によれば、日本という国は、強大な唐に対抗するために、そもそも割拠していた自閉的小集団(豪族)をまとめる必要に迫られてできた。その中で一番、無難な存在が、天皇のはじまりであり、昔から、天皇は武力で地方を統一するような存在ではなく、その成り立ちから象徴的なものであったと考えます。
各集団は、自閉的なまま、つまり思想、文化を統一しないまま、より大きな組織を作るという特性があるというわけです。 平たく言えば、仲間だけで仲良くやっていたいのに、事情があって外界と付き合う必要のために、大きな器を作ったということですか。
他国の場合は、常にある集団が別の集団を虐殺したり、吸収したりしながら、一つのまとまりへ進む経緯で、国家が統一されて行きますが、それとは対照的だと指摘します。
特にアメリカなどは、先住民を大虐殺し、それを文明の名の下に正当化するという欺瞞で建国した歴史があるために、その後も、ベトナムや日本、今はイラクでしょうか、他民族を虐殺するということを繰り返さざるを得ない(反復強迫)。
だから原爆投下を絶対に謝ることができない。謝るということは建国以来の米国の歴史のあやまちを認めることになるというわけです。(すごいですね。どうですか?この分析)
フランスは、自由、平等、博愛などと言ってはいても、歴史を見れば、フランス人ほど、自らのリーダーにナポレオン、ドゴールなど強い独裁者を好み、育ててきた国はないと指摘します。共和制はいつも短い期間しか続かない。だからこそ、シラクは世界中が敵になろうとも、それに屈して 核実験をやめる訳にはいかないと。
アメリカのモンロー主義(孤立主義)は大陸への他国の介入を許さないという現実的な権力主義の現われで、中国は常に、中華思想、すなわち他民族はすべて朝貢する、東夷西戎北狄南蛮といって、すべて蛮人であるという、自民族優越主義だと、“精神分析”するわけです。
実に、新鮮な指摘で大変おもしろく読みました。まだまだ続きが読みたいと思います。ただ、まだ個人と国家の行動が、完全に同じ精神分析で説明してしまっていいのだろうか。う~ん、どう思われますか?日本は近代以降特に、精神分裂状態なんだそうですよ。
じゃあどうしよう??? ここまで言っちゃうと絶望的、身もふたもないじゃないか。だって悪いことした役人に、『まぁ日本人だからな』とも言えないし(笑)。そういう一冊でした。精神分析に興味のある方にお薦めします。怒り出す人もいるかもしれません。
http://tokkun.net/jump.htm
官僚病の起源 新書館 詳 細 |
『官僚病の起源』岸田秀
新書館:239P:1325円
P.S. どれほど本書が “みもふたもない” のか表す好例が、日本人の英語に対する記述です。外的自己と内的自己が分裂しているとしています。引用します。
『日本人がどれほど勉強しても英会話が下手なのは、能力が不足しているためでも、教授法がまずいためでもなく、本心は英語なんかしゃべりたくないからである』
く~、ここまで言い切るか。誰か、なんか言ってやって下さい(笑)。
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