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日本人の大半が餓死するって? 食糧危機への警告

2022年11月19日 | インポート


 数年前から、このブログで「食糧危機が近づいている、過疎地に共有の農地(ダーチャ)を確保せよ!」と、繰り返し警鐘を鳴らしてきた。ここにきて、「日本が絶望的な飢餓に見舞われる」という内容の警告が急に増えだした。

 それを読んでみれば、決してコケオドシでないことが分かる。



 世界で最初に飢えるのは日本…東大教授が衝撃の事実を明かす「食の安全保障」の闇 11/16(水)

 https://news.yahoo.co.jp/articles/896cb73a0aefd1a80f28b3a9f005d9581863b793



 核戦争勃発 そのとき日本人7200万人が餓死する!?

 東京大学大学院(農学生命科学研究科)の鈴木宣弘教授は、農業経済学を専門とする経済学者だ。1982年に農林水産省に入省した鈴木氏は、農業総合研究所研究交流科長や食料・農業・農村政策審議会企画部会長を歴任する。農水省を退官すると、1998年からアカデミズムの世界に身を転じた。



 世界の農業政策と食料安全保障に造詣が深い鈴木教授が、このほど『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)を発刊した。2022年11月16日に出版されたばかりの本書から、エッセンスをご紹介しよう。本書は冒頭から衝撃的な内容だ。



 〈「国際物流停止による世界の餓死者が日本に集中する」という衝撃的な研究成果を朝日新聞が報じた。米国ラトガース大学の研究者らが、局地的な核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は二七〇〇万人だが、「核の冬」による食料生産の減少と物流停止による二年後の餓死者は、食料自給率の低い日本に集中し、世界全体で二・五五億人の餓死者のうち、約三割の七二〇〇万人が日本の餓死者(日本の人口の六割)と推定した。



 実際、三七パーセントという自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも一〇パーセントに届かないくらいなのである。だから、核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の三割にも及ぶという推定は大袈裟ではない。〉



 2022年2月にウクライナ戦争が勃発して以来、ロシア・ウクライナ両国は未だに停戦合意に至っていない。プーチン大統領はたびたび核兵器使用の可能性に言及し、ウクライナと西側諸国を脅し上げている。



 戦略核使用による全面的な核戦争などさすがにありえないにしても、戦術核使用による限定的な核攻撃がウクライナで勃発しないとは限らない。「食料自給率が低い日本列島で餓死者が続出する」という最悪シナリオを現実にしないため、為政者と外交官の手腕が問われる。



 新型コロナのパンデミックが収束へと向かいつつある中、インバウンド(外国人観光客)の往来が復活して街は活気を取り戻しつつある。コロナによって到来した異常な世界を、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言わんばかりに忘却するようではいけない。



 コロナ禍の日本では、食料生産を脅かす深刻な事態が訪れていた。

 〈二〇二〇年に発生した「コロナショック」は、世界中の物流に大きな影響を与えた。

 食料の輸出入自体への影響も大きかったが、食料を生産するための生産資材が、日本に入って来なくなったことのほうが、より重要な問題である。

 生産資材というのは、農機具のほか、人手や肥料、種、ヒナなど、農産物の生産要素全般のことだ。



 日本では野菜の種の九割を輸入に頼っている。野菜自体の自給率は八〇パーセントあるが、種を計算に入れると、真の自給率は八パーセントしかない。

 種は日本の種会社が売っているものの、約九割は海外の企業に生産委託しているのが現状だ。

 しかし、コロナショックにより、海外の採種圃場(ほじょう)との行き来ができず、輸入がストップするというリスクに直面してしまった。〉

 畜産業の命綱は「エサ」と「ヒナ」であるという指摘は、多くの一般読者にとって目からウロコが落ちるはずだ。



 〈日本の畜産は、エサを海外に依存している。たとえば、鶏の卵は、養鶏業の皆さんの頑張りもあって、九七パーセントを自給できているが、鶏の主たるエサであるトウモロコシの自給率は、ほぼゼロである。

 また、トウモロコシに関しては、中国の爆買いによって、世界中で価格が上昇しており、日本が買い負けるリスクも高まっている。そもそも、鶏のヒナは、ほぼ一〇〇パーセント輸入に頼っている。



 今なお続くコロナショックや戦争によって、エサやヒナの輸入が止まってしまえば、鶏卵の生産量はおそらく一割程度まで落ち込んでしまうだろう。〉



 ウクライナ戦争と世界の穀物危機

 ロシアの攻撃によって、ウクライナのインフラは深刻な打撃を受けている。「シードバンク」と呼ばれる施設が破壊されたという本書の記述には、背筋が凍る。ウクライナの食料安全保障のみならず、世界中の食料安全保障を脅かす大惨事だ。



 〈二〇二二年に入り、ロシアがウクライナに侵攻したことで、食料をめぐる問題はさらに悪化している。

 ウクライナ北東部のハルキウにある「シードバンク」が、ロシア軍の攻撃によって損害を受けた、という報道もあった。シードバンクとは、植物などの種子の遺伝情報を保存する施設である。なかでもウクライナのシードバンクは、世界最大級のもので、一六万種以上もの種を保存していたという。



 世界には多様な植物が存在する。そのうち、農作物として利用されているものだけでも、たくさんの種類がある。その種を保存しておくことで、環境が激変した場合でも、それに適した作物を作り出せる。シードバンクは、そのための施設なのである。

ウクライナ戦争の後も、さまざまな戦争・紛争が起こるだろう。それによって、多様な種子が失われてしまえば、いざという時に困るのは我々である。〉



 世界に冠たる巨大穀倉地帯であるウクライナでは、小麦を収穫するどころか、種付けすら満足にできていないことが予想される。2023年の種付けがまともにできるかどうかも定かではない。



 〈ウクライナ戦争の勃発により、世界の食料供給は混乱に陥っている。ロシアとウクライナは小麦の一大生産地であり、両者で世界の小麦輸出の約三割を占めている。欧米諸国がロシアに対する制裁を強める中、ロシアは「輸出規制」で揺さぶりをかけている。

 ウクライナでは、戦争の影響で、四月の播種(はしゅ)(種まき)が十分にできなかった。また、港も封鎖されて、輸送も困難になっている。



 二〇二二年三月八日、シカゴの小麦先物相場が、とうとう二〇〇八年の「世界食料危機」時の最高値を一時超えた、という事件があった。

 日本は小麦をおもに米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、これらの国には、いまや世界中から買い注文が殺到し、まさに「食料争奪戦」の様相を呈している。

 そうした争奪戦の中、日本が「買い負ける」可能性はかなり高い。〉

 『世界で最初に飢えるのは日本』の「まえがき」と序章に目を通すだけで、日本が置かれた危機的状況に戦慄する。



 鈴木 宣弘(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)

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 引用以上



 上の指摘は、戦争という有事を前提に書いていることだが、仮にロシアの侵略戦争が起きなくとも、異常気象(中国による無謀な気象コントロールを含む)、マウンダー極小期の再来による寒冷化、日照量不足の激化などの要因で、食料生産が困難になるのは確実といわれてきた。それは、すでに2018年頃から指摘されていた。



 今の地球は、地殻変動・火山活動・異常降雨による水害・太陽活動減衰による寒冷化・戦争による供給不安定・中国の食料買い占めなど、ほぼすべての食糧危機要因が揃っている。

 だから、食料自給率が37%(種子自給率7%)の日本で、海外からの食料輸入が困難になったとき、たちまち大都会は阿鼻叫喚の飢餓に見舞われるのである。



 実際に、現在の凄まじい食品の値上がり洪水は、①戦争によるエネルギー不足、肥料不足、②円安で、輸入が不利になったことと、③中国による世界の食糧買い占めが原因になっている。

 これからは、地球寒冷化による農作不振が毎年加速してゆくにちがいない。

 これらの食料供給条件を考えれば、とてもじゃないが、大都会に住むことは深刻な飢餓リスクしかないのだ。



 だから、私は当ブログで、嫌になるくらい、「信頼のおける仲間で共有する自家畑を過疎地帯に確保せよ」と繰り返している。

 盗難や強奪に遭いにくい過疎の山村に、仲間と手を取り合って畑を共有し、自給自足の穀物栽培をすることだけが、食料不足と飢餓に対抗できる唯一の手段といっていい。



 最近では、あまり同じような内容ばかりなので、私のブログを荒唐無稽と考えた読者が興味を失って、日1万アクセスあったものが、現在はトータルで4000アクセス前後にまで減ってしまっている。リピーター読者に至っては、たぶん、その半分程度にまで落ち込んでいるようだ。

 だから、ブログを読んでいただいている読者でさえ、実は、食糧危機が切羽詰まった深刻さを持っていることを理解している方は少ないように思える。



 だが、戦後70年以上安泰だった食料秩序が崩壊する可能性は日増しに高まっている。食料を生産し、自給しようと思うなら、馬鈴薯で4ヶ月、甘藷で7ヶ月、普通野菜で3ヶ月ほどかかり、畑を開墾し、安定耕作できるまでは三年くらいはかかる。

 思い立って、すぐに自給自足農作ができるわけではない。



 芋類を栽培するには、草木灰やカリウム肥料が必要だが、ウクライナ戦争の影響で、現在はプロ農家ですら入手が困難になっている。だから、今すぐにでも、芋専用肥料を備蓄すべきと書いた。来年には肥料の入手が困難になることが確実だからだ。

 過疎の農地では、草木灰取り用の竈も設置した方がいい。芋類は草木灰=カリ肥料の投入量によって収穫量が左右されるからだ。



 もう時間の問題で、習近平独裁の中国共産党は、台湾に軍事侵攻するだろう。尖閣諸島を強奪して前線基地にするため、尖閣周辺には武装した海警局(第二海軍)が頻繁に領海侵犯するようになっている。

 こちらも、時間の問題で軍事衝突に至るだろう。

 台湾軍事侵攻で、食糧危機が劇的に加速するといわれている。



 6000万人以上の日本人は餓死する…台湾有事からの「輸入途絶」で起きる現代の大飢饉を警告する 米の生産量を減らし続けた農水省とJA農協の罪 2022/09/02

 https://president.jp/articles/-/60700?page=1



 いま、ウクライナで起きている食料危機

 食料安全保障には、2つの要素がある。①食料を買う資力があるかどうか、②食料を現実に入手できるかどうか、である。つまり、経済的なアクセスと物理的なアクセスである。



 貧しい途上国では2つとも欠けている。世界的な不作などが原因で食料品価格が上がると、収入のほとんどを食費に支出している人は、買えなくなる。このとき、先進国が港まで食料を運んでも、内陸部までの輸送インフラが整備されていないと、食料は困っている人に届かない。



 別の観点から見ると、食料危機には2つのケースがある。ロシアのウクライナ侵攻では、2種類の危機が同時に起きた。

 1つは、価格が上がって買えなくなるケースである。途上国では所得のほとんどを食料品の購入に充てている。例えば、所得の半分を米やパンに充てているとき、この価格が3倍になると、食料を買えなくなる。



 2008年にはフィリピンなどでこのような事態になったし、インドが2008年に米、2022年に小麦の輸出を制限したのも、自由貿易に任せると国内から穀物が輸出され、国内価格が高い国際価格まで上昇することを避けようとしたためだ。



 2022年のロシアのウクライナ侵攻による小麦価格の高騰で、スーダンでは暴動が起きている。マスメディアで報道されているのは、この危機である。たしかに、途上国の貧しい人にとってこれは重大である。しかし、所得水準の高い日本では、このような事態は起きない。



 もう1つは、物流が途絶えて、入手できないケースである。

 東日本大震災のとき、東北の被災者たちは、お金はあっても食べるものに事欠いた。ウクライナの首都キーウのスーパーの棚から、食料品が消えた。ロシアに包囲され孤立したウクライナの都市では、政府や赤十字による、食料、薬、生活物資の輸送がロシア軍に阻まれ、飢餓が発生している。お金があっても物流が途絶して食料が手に入らないという、物理的なアクセスに支障が生じる事態である。

 日本にとって重大なのは、この種の危機である。



 日本は食料供給の多くを海外に依存している。日本周辺で軍事的な紛争が生じてシーレーン(海上交通路)が破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけないという事態になれば、国民への食料供給に重大な支障が生じる。具体的には、台湾有事だ。



 1000万人が餓死するといわれた終戦直後の日本

 これと全く同じ状況ではないが、似たような事態を日本人は経験している。終戦直後の食料難である。このとき、供給面では、米は大凶作だといわれた。東京・深川の農林省の倉庫には、東京都民の3日分の米しかなかった。

 多くの人が海外から引き揚げてくるので、需要は増加する。輸入はゼロである。戦前は、朝鮮や台湾という植民地からの米輸入があったが、それもなくなった。巷間こうかんでは1000万人が餓死するといわれた。



 米、麦、イモなど多くの食料は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに配給公団から食料を買った。配給制度である。ただし、このときは、アメリカからの穀物援助で糊口ここうをしのいだ。また、1945年は、農林省の統計が予測したほどの不作ではなかった。



 このときの経験を活かせばよいのだが、この危機を生き抜いた人たちのほとんどは、鬼籍に入いっている。終戦当時20歳の人は2022年では97歳である。1942年制定の食糧管理法による配給制度を実行したのは農林省だったが、現在の農林水産省にそのときのノウハウは全くといってよいほど引き継がれていない。日本人は75年間食料危機を経験していないのだ。



 「起こりそうもない」食料危機への対策は未検討

 日本人は極めて幸福な時代を生きてきた。シリア、アフガニスタン、エチオピア、ソマリア、コロンビア、ベネズエラなど、大きな内戦、紛争が生じた国の出来事が、自分たちにも起こりうるとは思ってこなかった。



 ウクライナの人たちも同じだった。ロシアが侵攻してくる直前まで、そのような事態が起きるとは、大統領以下思ってもいなかった。起こりそうもないことが起きる。それが、ロシアのウクライナ侵攻の教訓の1つだろう。

 しかも、日本周辺には、中国や北朝鮮という、ロシアと似た独裁的な政治体制を持つ国がある。



 80年ほど前の貴重な経験は失われた。農林水産省は、オオカミ少年のように低い食料自給率や食料危機を煽るが、食料危機になったときに具体的に何をすべきか、全く検討さえしてこなかった。農林水産省は、オオカミが来るとは思っていないからだ。オオカミが来ると言えば、農業保護を増やしてくれると思っているのだ。



 配給通帳の配布や農産物の生産はすぐにはできない

 危機への対応は、起きてからでは間に合わない。新型コロナが流行してから、政府は思いつきのように布マスクを生産・配布しようとしたが、タイミングを失し、利用されずに在庫として積み上がった。



 配給通帳を印刷して全国民に配布するには、相当な時間がかかる。また、輸入が途絶してから、農産物の生産を始めても収穫できるのは遠い先である。タイミングが悪ければ、1年半くらい待たなければならない。

 他の用途に向けられている土地をすぐには農地に転換できない。法律上、政府が勝手に土地を取り上げることはできないし、機能上も、コンクリートで覆われたりガレキが埋まっていたりする土地は、物理的にも生物学的にも、農地として利用できない。



 石油も輸入できないと、これまでのような農業は行えない。面積当たりの収量は大幅に減少する。国内で自給しようとすると、九州と四国を合わせた面積の農地を見つけてこなければならない。



 危機を想定した周到な準備が必要なのである。防衛省は、軍事的な紛争が起きることを想定して、平時から武器弾薬の整備や兵の訓練を行っている。軍事的な紛争が起きるかもしれないし、起きないかもしれない。しかし、起きると大変な事態となるので、防衛省が必要である。



 食料危機も同じである。そもそも、軍事的な紛争が起きると食料の輸入が途絶すると思われるのに、前者には対応する組織や手段があるのに後者への対応はなおざりにされている。日本を巻き込んだ軍事的な紛争が起きるときに、兵站は大丈夫なのだろうか?



「腹が減っては軍いくさはできぬ」。それなのに、自民党国防族の幹部は防衛費を増額するよう要求する傍らで、米生産を減少させる減反をより強化すべきだと主張している。



 豊かで健康な食生活は諦めるしかない

 まず、輸入途絶という危機が起きたときに、国民が餓死しないために、どれだけの食料(特に、米、小麦などカロリーを供給する穀物)が必要なのだろうか?

 小麦も牛肉もチーズも輸入できない。トウモロコシや大麦も輸入できないので、日本の畜産は壊滅する。輸入物だけでなく、国産の畜産物、牛肉、豚肉、鶏肉、卵、牛乳・乳製品も食べられない。豊かで健康な食生活は、あきらめるしかない。



 生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる程度の食生活を送るしかない。具体的には、米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかないのだ。

 当時の米の1人1日当たりの配給は標準的な人で2合3勺(330g/一時2合1勺に減量)だった(子供は減量され、炭鉱労働などカロリーを多く使う者には加配された)。年間では120kgである。今、これだけの米を食べる人はいない。2020年の1人1年当たりの米消費量は50.7kgである。



 しかし、1億2550万人に2合3勺(15歳未満を半分と仮定)の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農林水産省とJA農協は、自分たちの組織の利益のために、減反で毎年米生産を減少させ、2022年産の主食用米はピーク時の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしている。



 今輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分に相当する800万トン程度の米しか食べられない。現在、政府は配給通帳を用意していない。食料危機が起きてから、1億2550万人用に印刷して配布したのでは、危機対応に間に合わない。配給制度がなかったら、どうなるだろうか?



 価格は高騰する。その価格で購入できる資力のある人たちは、2合3勺以上の米を買うだろう。この場合、半分以上の国民が米を買えなくなり、餓死する。その前に、米倉庫に群衆が押し寄せ、米は強奪されるだろう。

 米騒動の再来である。しかし、運よく入手した人も、いずれ食べる米に事欠くようになるだろう。



 幸運な人だけが生き残るか、国民全員が飢えるか

 国民の半分に2合3勺を配給して、残りの半分に全く配給しないとして、やっと国民の半分は生き残れる。それでも約6000万人が餓死する。しかし、ある人に配給して、ある人に配給しないことは、政府が生存者を選別することになるので行えない。



 危機が1年間続くという最悪の事態を想定すると、全ての人に2合3勺(年間120kg)の半分の1合1勺(年間60kg)を配給するしかない。これで生存できる人は、他に食料を入手するすべを持っているなど、極めて幸運な人だけである。



 あるいは、とりあえず2合3勺を配給して、米の在庫が尽きたときは、その時点で何らかの供給手段を考えるという楽観的なシナリオを政府が考えるかもしれない。しかし、半年くらいあとに米の在庫がなくなったとき、他の供給手段がなければ、国民全員が飢えるしかない。終戦直後の場合には、アメリカから援助物資が届いたが、シーレーンが破壊され続ければ、輸入はできない。



 終戦後の国民を助けた“すいとん”も満足に食べられない

 別の観点から言うと、今の米生産で生きていくしかないとなると、米の消費量は現在の年間50.7kgと同じとなる。今の食事から米だけが残り、他には何もない献立、食生活を想像してもらえばよい。



 終戦後は、小麦から作った“すいとん”という非常食があった。しかし、麦生産も減少しているので、国民に戦後ほどの麦は供給できない。

 米の代用食としての“すいとん”も満足に食べられない。かろうじて魚は供給できるかもしれないが、石油がないので漁船は操業できない。漁獲量は大幅に低下する。

 カロリーから見ると、1946年の国民1人当たりの摂取カロリーは1903キロカロリーである。現在の米の消費量では、475キロカロリー(2020年)が供給されているにすぎない。

 終戦時のカロリーのわずか4分の1である。



 これで、どれだけの人が生存できるかわからない。数字的には、国民全てが餓死する。その前に、乏しい食料を奪い合うという凄惨な事態が発生し、これで半数近くの国民が命を落とすかもしれない。



 日本の食料安全保障を脅かす者はだれなのか

 終戦後の飢餓を経験した日本は、米を中心に食糧増産に努めた。米生産は、1945年前後の平均的な生産量の900万トンから1967年には1445万トンにまで拡大した。しかし、農家の所得向上という名目で米価を上げたことで、消費が減少して過剰になったため、1970年から農家に補助金を与えて供給を減少させて米価を維持する減反政策を続けている。水田の3割がなくなった。



 農家の所得を維持する方法は、価格だけではない。アメリカは1960年代から、EUは1990年代から、価格は市場に任せ、財政からの直接支払いで農家所得を維持する方法に切り替えている。これによって、小麦では、EUは世界第2位の、アメリカは第3位の輸出国になっている。農業保護に占める価格支持の割合は、アメリカ6%、EU16%と極めて低いのに、日本は76%となっている(2020年OECD)。



 日本の農業政策は国民に高い食料・農産物を食べさせ、消費者に大きな負担をかけている。増産して輸出をすれば海外市場を開拓できるばかりか、危機の時には輸出したものを消費できる。

 世界は、米、小麦などの穀物生産を大幅に増加させている。1960年から、米も小麦もほぼ3.5倍に増えている。JA農協は、米農業を維持するためには、農家が再生産できる高い米価が必要だとしている。しかし、米農業を維持するため、補助金を出して米生産を縮小させることは、矛盾していないか。米の生産を半分に減らして、なにが米農業の維持なのか?



 これが、食料自給率向上や食料安全保障を叫ぶ、農林水産省とJA農協という組織が行っている米減らし政策がもたらす結果である。

 戦前農林省が提案した減反を潰したのは、陸軍省だった。減反はだれが考えても間違った政策なのに、どうして止められないのだろうか?

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 引用以上



 上に述べられていることは、我々の主食が芋になるということ。

 そして、農水省官僚も天下り先の農協も、この期に及んでも「減反政策」を止められないということ。

 これは官僚組織というものは、現実を見て対策するのではなく、自分たちのメンツを最優先させる体質があるからだ。

 それが一番ひどいのが、警察組織や厚労省、農水省などだ。



 官僚たちは、現実を直視できる視力を持っていない。どうやって、自分たちのメンツを守り、ぬくぬくとした親方日の丸の座布団を守るかという視点しかない。

 だから政府や自治体に頼るなら、座して死を待つばかりになる。

 もしも、生き延びるつもりがあるなら、一年先を予測して、自給自足のための準備を進めるしかないのだ。