自動運転問題
パラリンピック東京会場内を運行するトヨタ自動車の自動運転車が、障害者選手と接触事故を起こし、選手が負傷した。
この問題は、これから数十年間、AI技術の将来性を盲信するコンピュータ万能信者にとって、恐ろしいパラドックスを生み続けるにちがいない。
トヨタ社長、緊急会見で謝罪 自動運転バス、パラ選手と接触事故 8/27
https://news.yahoo.co.jp/articles/3174603b1c67e03a9f7126741fba26808419ab48
東京パラリンピックの選手村(東京都中央区)で26日午後、柔道(視覚障害)男子81キロ級の北薗新光選手(30)が自動運転中の巡回バスに接触して軽傷を負った事故を受け、バスを提供したトヨタ自動車の豊田章男社長は27日夕、オンラインで緊急に記者会見し「こういう接触事故により多くの方々にご心配をおかけし、大変申し訳ない」と謝罪した。
豊田氏は、今回のバスが採用している自動運転技術について「パラリンピックの会場で目が見えない方への想像力が欠けていた。接触部は死角で、事故は避けられなかった」との認識を示した。事故を受け、車両の接近を知らせる電子音の音量を2倍にするなどの対策も明らかにしたが、捜査などとの関係で大会期間中の自動運転の再開は見通しが立っていない。
事故は26日午後2時ごろ発生。選手村内の横断歩道を渡っていた北薗選手が右折してきたバスと接触、頭と両足に全治2週間のけがをした。バスは村内を自動運転で24時間運行し、ドアの開閉などをするオペレーター2人が乗っていた。
***************************************************************
引用以上
竹中平蔵ら(ビルゲイツ・アルゴアも含めたダボス会議=グレートリセット推進者たち)は、「スーパーシティ構想」の中核に都市機能のAI化を大前提に置いている。
私は、競争社会のなかで劣化した日本の官僚たちが妄想する、コンピュータ信仰ともいえる「お花畑社会」のビジョンは、ちょうど今から70年前に描かれた「原子力は世界を救う」妄想と、あまりにも似すぎていることに驚くのだ。

1950~70年代、正力松太郎・岸信介・中曽根康弘らは「原子力が日本の未来を作り出す」という類いの原子力信仰を日本中のメディアに広めたが、実際に正力が東海村に作った日本最初の原発は、核兵器開発のためのプルトニウム生産原発であり、発電を主力として設計された軽水炉ではなかった。
つまり「日本の未来」などと花よ蝶よの美しいビジョンを示しながら、本当は原爆を作って日本を核武装させたかったのだ。
それは現在まで変わっていない。自民党、日本政府は、プルトニウム抽出、核兵器開発に特化した、六カ所再処理工場、もんじゅ高速増殖炉を絶対に死守しようとしているからだ。
双葉町に掲げられた「原子力明るい未来」の大看板は、フクイチ巨大事故を受けて撤去されたが、自民党、維新など核武装主義者たちの未来ビジョンか原発が消えたわけではない。
だが、半世紀前の「原子力が未来を救う」かのようなお花畑ビジョンは、チェルノブイリ事故・フクイチ事故によって、見るも無惨に打ち砕かれ、腐乱しているといえるだろう。
たぶん、今、原子力に未来があるなんて信じている人は、ほぼいないのではないだろうか? それでも、ビルゲイツ・アルゴア・竹中平蔵らは、閉塞し、酸欠を起こしている原子力電気に依存したグレートリセットの未来社会ビジョンの泥沼に埋没している。
彼らダボス組(イルミナティ陰謀組と言ってよいだろう)のアタマの中は、コンピュータ依存AI化、原子力電気、監視社会が一体化したままなのだ。
コンピュータ信仰・AI化信仰のもたらした、さまざまの深刻な事故が報告されている。
「最後まで人間だと認識できず」UberのAI車、初の死亡事故が起きた理由 2019/11/8
https://news.yahoo.co.jp/byline/kazuhirotaira/20191108-00149956
自動運転車の事故まとめ UberやTeslaの死亡事故、日本の事例も解説 事故当時の状況や原因を紐解く 自動運転ラボ編集部 -2021年1月22日
https://jidounten-lab.com/y_1615
GAFAMと呼ばれる世界経済を牛耳るユダヤ金融資本企業は、すべてグレートリセット社会を前提にしたAI化社会を目指しているが、GAFAMの一角、グーグルはとりわけAI自動運転車の開発に熱心で、上のリンクにあるように、たくさんのAIによる深刻な死亡事故を生み出している。
それでも、AI自動運転化の流れは止まらない。原発電気社会に突き進んだ、1970~1990年あたりの盲目的で無制限の原発稼働信仰のようだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%8B%95%E9%81%8B%E8%BB%A2%E8%BB%8A
グーグルやテスラは、上のウィキリンクに規定されたレベル4・5段階の自動運転を、すでに市場に送り出しているが、事故多発による莫大な損害賠償請求に怯えて、普及に二の足を踏んでいるのは、チェルノブイリ事故後の、世界の原発推進状況に似ている。
2021年現在は、冒頭に紹介したトヨタ自動運転車両の事故のようなAIにおける本質的な欠陥が問われるようになった過渡期といえるかもしれない。
私は、もう数年も前から、自動運転車両の未来は存在しないと予告してきた。グレートリセット社会では、原発電気によるAIオール自動化社会が設定されているが、そもそも、AIプログラムは、現実の人間による判断力、選択肢、適切認知能力の数百分の一以下の実力しかない。
どんな優秀なプログラマがAIを設計したって、生きた人間が持っている本当の能力である、「対象的世界の抽象、本質認識能力」には逆立ちしたってかなわない。
人間は、優秀なプログラマの設定した認知能力の、数千倍も利口なのだ。
知能の本質は、「対象的世界から共通点を見いだす」ことだ。これを「抽象力」と言っている。この能力は「IQ」によって指標化されているが、仮に人類の平均IQを100とすれば、AIは最高でも50程度しかないと私は考えている。
理由は、IQは、生まれてからの経験則の集積上に組み立てられるからで、AIプログラムには、この経験知がほとんど存在しない。プログラマが想像力を働かせたプログラムを作っても、IQの低い、つまり経験値のほとんどないプログラムでは、一つの判断の背後に、それまでの人生の数千の経験値が働いている人間に比べて、人生経験の少ない三歳の幼児にも劣る判断しかできないのだ。
だから、「教えなければ何もできない」、つまり経験値を前提にした想像力の働かないAI知能では、無限の変化が起きる現実社会に適応することは不可能である。
グーグルでもテスラでもトヨタでも、実現している自動運転車は、限定された空間のなかの、想像力を必要としない定まった路線のみであり、そこから外れて、自由の世界に羽ばたこうとすれば、たちまち重大事故を引き起こして「走る凶器」と化すのだ。
それでは、この人間の経験値を、AIプログラムに移植したら大丈夫なのかといえば、それは、あまりに巨大すぎて不可能だろう。
コンピュータの記憶容量を、現在の数千倍にし、CPUを1000個くらい連結すれば、近づくかもしれないが、それでも人間の膨大な経験値をカバーすることは絶望的だ。
まず、プログラム作業が天文学的規模になってしまう。それが「脳」というものだ。
したがって、どんな優秀なプログラマが、AIを人間に近づけようとしても、おそらく未来永劫、IQを100以上にすることはできないと私は考えている。
自動運転以前に、電気動力自動車でさえ、バッテリーの技術的問題を克服できないし、水素自動車もまた、水素が宇宙一小さな物質であるがゆえの、腐食性、浸透性を克服できる見通しがない。
だから、私は竹中平蔵や菅義偉が、2030年に、日本国内の原動機自動車を追放して電気化(EV)するというビジョンを発表してみても、絶対に不可能だと考えている。
2030年、日本社会では、EV車ではなく、HV車と、スズキアルトのような超低燃費車が走り回っていることだろう。AI自動運転車は、事故多発により追放されてしまっていると予想する。
そうなる理由として、「法治国家日本」では、自動運転で事故が起きた場合の法的責任の所在を確定することが甚だ困難だからで、運転者は原因をメーカーにつけ回し、メーカーは運転者の個人的過失にすり替えようとする。
冒頭のオリンピック会場事故では、極端な話、豊田章男君が逮捕される可能性だってあるのだ。この厄介な問題が決着を見る日が本当に来るのだろうか?
2020.09.17 AI 完全自動運転時の交通事故と法的責任
https://rad-it21.com/ai/kobayashi_masahiro_20200917/
長いので、引用することは避けるが、要するに、責任の所在の大半がメーカーに向かい、自動運転における失敗は、すべてメーカーの責任になる可能性があり、メーカーが開発、実用化に向かう意欲を本質的に失ってゆく必然性がある。
「製造物賠償責任法」によって、運転者個人の責任に問題をすり替えることが不可能である以上、AI自動運転が実用化する見込みは存在しないと断言してもいい。
AI社会もまた、1960年代における原子力社会への幻想と同じ結果を招くことは避けられない。そもそも、科学技術に頼った人間社会を生み出そうとする発想そのものが、本質的に間違っていて、一番大切な人間の本質を見失っていることに気づくべきなのだ。
パラリンピック東京会場内を運行するトヨタ自動車の自動運転車が、障害者選手と接触事故を起こし、選手が負傷した。
この問題は、これから数十年間、AI技術の将来性を盲信するコンピュータ万能信者にとって、恐ろしいパラドックスを生み続けるにちがいない。
トヨタ社長、緊急会見で謝罪 自動運転バス、パラ選手と接触事故 8/27
https://news.yahoo.co.jp/articles/3174603b1c67e03a9f7126741fba26808419ab48
東京パラリンピックの選手村(東京都中央区)で26日午後、柔道(視覚障害)男子81キロ級の北薗新光選手(30)が自動運転中の巡回バスに接触して軽傷を負った事故を受け、バスを提供したトヨタ自動車の豊田章男社長は27日夕、オンラインで緊急に記者会見し「こういう接触事故により多くの方々にご心配をおかけし、大変申し訳ない」と謝罪した。
豊田氏は、今回のバスが採用している自動運転技術について「パラリンピックの会場で目が見えない方への想像力が欠けていた。接触部は死角で、事故は避けられなかった」との認識を示した。事故を受け、車両の接近を知らせる電子音の音量を2倍にするなどの対策も明らかにしたが、捜査などとの関係で大会期間中の自動運転の再開は見通しが立っていない。
事故は26日午後2時ごろ発生。選手村内の横断歩道を渡っていた北薗選手が右折してきたバスと接触、頭と両足に全治2週間のけがをした。バスは村内を自動運転で24時間運行し、ドアの開閉などをするオペレーター2人が乗っていた。
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引用以上
竹中平蔵ら(ビルゲイツ・アルゴアも含めたダボス会議=グレートリセット推進者たち)は、「スーパーシティ構想」の中核に都市機能のAI化を大前提に置いている。
私は、競争社会のなかで劣化した日本の官僚たちが妄想する、コンピュータ信仰ともいえる「お花畑社会」のビジョンは、ちょうど今から70年前に描かれた「原子力は世界を救う」妄想と、あまりにも似すぎていることに驚くのだ。

1950~70年代、正力松太郎・岸信介・中曽根康弘らは「原子力が日本の未来を作り出す」という類いの原子力信仰を日本中のメディアに広めたが、実際に正力が東海村に作った日本最初の原発は、核兵器開発のためのプルトニウム生産原発であり、発電を主力として設計された軽水炉ではなかった。
つまり「日本の未来」などと花よ蝶よの美しいビジョンを示しながら、本当は原爆を作って日本を核武装させたかったのだ。
それは現在まで変わっていない。自民党、日本政府は、プルトニウム抽出、核兵器開発に特化した、六カ所再処理工場、もんじゅ高速増殖炉を絶対に死守しようとしているからだ。
双葉町に掲げられた「原子力明るい未来」の大看板は、フクイチ巨大事故を受けて撤去されたが、自民党、維新など核武装主義者たちの未来ビジョンか原発が消えたわけではない。
だが、半世紀前の「原子力が未来を救う」かのようなお花畑ビジョンは、チェルノブイリ事故・フクイチ事故によって、見るも無惨に打ち砕かれ、腐乱しているといえるだろう。
たぶん、今、原子力に未来があるなんて信じている人は、ほぼいないのではないだろうか? それでも、ビルゲイツ・アルゴア・竹中平蔵らは、閉塞し、酸欠を起こしている原子力電気に依存したグレートリセットの未来社会ビジョンの泥沼に埋没している。
彼らダボス組(イルミナティ陰謀組と言ってよいだろう)のアタマの中は、コンピュータ依存AI化、原子力電気、監視社会が一体化したままなのだ。
コンピュータ信仰・AI化信仰のもたらした、さまざまの深刻な事故が報告されている。
「最後まで人間だと認識できず」UberのAI車、初の死亡事故が起きた理由 2019/11/8
https://news.yahoo.co.jp/byline/kazuhirotaira/20191108-00149956
自動運転車の事故まとめ UberやTeslaの死亡事故、日本の事例も解説 事故当時の状況や原因を紐解く 自動運転ラボ編集部 -2021年1月22日
https://jidounten-lab.com/y_1615
GAFAMと呼ばれる世界経済を牛耳るユダヤ金融資本企業は、すべてグレートリセット社会を前提にしたAI化社会を目指しているが、GAFAMの一角、グーグルはとりわけAI自動運転車の開発に熱心で、上のリンクにあるように、たくさんのAIによる深刻な死亡事故を生み出している。
それでも、AI自動運転化の流れは止まらない。原発電気社会に突き進んだ、1970~1990年あたりの盲目的で無制限の原発稼働信仰のようだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%8B%95%E9%81%8B%E8%BB%A2%E8%BB%8A
グーグルやテスラは、上のウィキリンクに規定されたレベル4・5段階の自動運転を、すでに市場に送り出しているが、事故多発による莫大な損害賠償請求に怯えて、普及に二の足を踏んでいるのは、チェルノブイリ事故後の、世界の原発推進状況に似ている。
2021年現在は、冒頭に紹介したトヨタ自動運転車両の事故のようなAIにおける本質的な欠陥が問われるようになった過渡期といえるかもしれない。
私は、もう数年も前から、自動運転車両の未来は存在しないと予告してきた。グレートリセット社会では、原発電気によるAIオール自動化社会が設定されているが、そもそも、AIプログラムは、現実の人間による判断力、選択肢、適切認知能力の数百分の一以下の実力しかない。
どんな優秀なプログラマがAIを設計したって、生きた人間が持っている本当の能力である、「対象的世界の抽象、本質認識能力」には逆立ちしたってかなわない。
人間は、優秀なプログラマの設定した認知能力の、数千倍も利口なのだ。
知能の本質は、「対象的世界から共通点を見いだす」ことだ。これを「抽象力」と言っている。この能力は「IQ」によって指標化されているが、仮に人類の平均IQを100とすれば、AIは最高でも50程度しかないと私は考えている。
理由は、IQは、生まれてからの経験則の集積上に組み立てられるからで、AIプログラムには、この経験知がほとんど存在しない。プログラマが想像力を働かせたプログラムを作っても、IQの低い、つまり経験値のほとんどないプログラムでは、一つの判断の背後に、それまでの人生の数千の経験値が働いている人間に比べて、人生経験の少ない三歳の幼児にも劣る判断しかできないのだ。
だから、「教えなければ何もできない」、つまり経験値を前提にした想像力の働かないAI知能では、無限の変化が起きる現実社会に適応することは不可能である。
グーグルでもテスラでもトヨタでも、実現している自動運転車は、限定された空間のなかの、想像力を必要としない定まった路線のみであり、そこから外れて、自由の世界に羽ばたこうとすれば、たちまち重大事故を引き起こして「走る凶器」と化すのだ。
それでは、この人間の経験値を、AIプログラムに移植したら大丈夫なのかといえば、それは、あまりに巨大すぎて不可能だろう。
コンピュータの記憶容量を、現在の数千倍にし、CPUを1000個くらい連結すれば、近づくかもしれないが、それでも人間の膨大な経験値をカバーすることは絶望的だ。
まず、プログラム作業が天文学的規模になってしまう。それが「脳」というものだ。
したがって、どんな優秀なプログラマが、AIを人間に近づけようとしても、おそらく未来永劫、IQを100以上にすることはできないと私は考えている。
自動運転以前に、電気動力自動車でさえ、バッテリーの技術的問題を克服できないし、水素自動車もまた、水素が宇宙一小さな物質であるがゆえの、腐食性、浸透性を克服できる見通しがない。
だから、私は竹中平蔵や菅義偉が、2030年に、日本国内の原動機自動車を追放して電気化(EV)するというビジョンを発表してみても、絶対に不可能だと考えている。
2030年、日本社会では、EV車ではなく、HV車と、スズキアルトのような超低燃費車が走り回っていることだろう。AI自動運転車は、事故多発により追放されてしまっていると予想する。
そうなる理由として、「法治国家日本」では、自動運転で事故が起きた場合の法的責任の所在を確定することが甚だ困難だからで、運転者は原因をメーカーにつけ回し、メーカーは運転者の個人的過失にすり替えようとする。
冒頭のオリンピック会場事故では、極端な話、豊田章男君が逮捕される可能性だってあるのだ。この厄介な問題が決着を見る日が本当に来るのだろうか?
2020.09.17 AI 完全自動運転時の交通事故と法的責任
https://rad-it21.com/ai/kobayashi_masahiro_20200917/
長いので、引用することは避けるが、要するに、責任の所在の大半がメーカーに向かい、自動運転における失敗は、すべてメーカーの責任になる可能性があり、メーカーが開発、実用化に向かう意欲を本質的に失ってゆく必然性がある。
「製造物賠償責任法」によって、運転者個人の責任に問題をすり替えることが不可能である以上、AI自動運転が実用化する見込みは存在しないと断言してもいい。
AI社会もまた、1960年代における原子力社会への幻想と同じ結果を招くことは避けられない。そもそも、科学技術に頼った人間社会を生み出そうとする発想そのものが、本質的に間違っていて、一番大切な人間の本質を見失っていることに気づくべきなのだ。