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かすみがうら市・松山廃寺 常陸国分寺の瓦供給の生産工房跡

2012年08月22日 | Weblog
 かすみがうら市教委は10日、同市中志筑(なかしづく)の松山廃寺が寺院の跡ではなく、奈良時代に常陸国分寺(石岡市)に供給する瓦を成形、乾燥していた生産工房跡だった可能性が高いと発表した。
 松山廃寺は、志筑小学校南側の民有地かつ、かすみがうら市福祉施設しらうめ荘の北側にあり、常陸国分寺のものと同様の瓦が出土していたことから、これまでは奈良時代の大規模な寺院跡と考えられていた。 ところが、7月に行った発掘調査で、台地上に約1m四方の掘っ立て柱の跡が等間隔で8個見つかった。 周囲からは、約4km東にある常陸国分寺跡で見つかったものと同じ型の瓦が約30点出土した。 瓦を成形する際に出たとみられる粘土の削り屑約100点も見つかった。 松山廃寺から約200m北側(志筑小学校の南斜面)では、常陸国分寺の瓦を焼いたとみられる松山瓦窯跡(登り窯11基)が確認されていることなどから、寺ではなく瓦工房の跡の可能性が高まった。 柱穴の大きさや間隔から、工房は常陸国庁に匹敵する規模の建物だったと考えられるという。
 国分寺の瓦生産工房跡は赤塚山古窯跡(豊川市)の船迫窯跡(福岡・築上町)などで確認されているが、東日本初という。
[参考:2012.8.11茨城新聞、朝日新聞、2012.8.19読売新聞、志筑小学校HP]

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 2009.2.28石岡市・瓦塚窯跡遺跡 5基の窯跡と創建期の瓦片が出土

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