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愛知県あま市・甚目寺 愛染明王坐像の内部から球形容器に入った同じ愛染明王の胎内仏を発見

2011年06月04日 | Weblog
 名古屋市博物館は1日、あま市甚目寺(じもくじ)の甚目寺三重塔にある木像「愛染明王坐像」(1958年県指定文化財)の内部から、国内で初めて、球体の容器に納められた胎内仏(愛染明王の小さな木像)が見つかったと発表した。
 胎内仏(高さ6・6cm)は、坐像(高さ105cm)の胸の内側部分に腕木に支えられたヒノキ製の球形の容器(口径9・8cm)の中から発見され、容器の中で竹釘とニカワで固定されていた。 ビャクダン(白檀)の一木造りで、坐像と同じ姿をしている。 約730年以上の間、球体の容器に入れられていたため、現在も鮮やかな色彩が残っており、ほぼ全身が朱色で、冠は白に、衣は青や緑に、飾り物は金、青などに塗られている。
 坐像の内部に球体の納入物があることは1996年の調査で分かっていたが、胎内仏の存在は昨年12月21日、坐像の解体修理をするに際して、奈良大学で球体容器のエックス線撮影をして分かった。
 坐像(高さ105cm)はヒノキの寄せ木造りで、稲沢市の性海寺(しょうかいじ)に伝わる古文書の奥書に、この像が「弘安四年(1281)閏月晦日」に寄進する旨が記されており、鎌倉時代後期の1281年以前の作と分かる。
 仏像本体と胎内仏が一対となって作製されることは珍しいという。
 今回の発見は、奈良県で開かれる文化財保存修復学会で5日、発表される。
 胎内仏は、7月16日から8月28日まで仁王像修復記念「甚目寺観音展」で坐像とともに名古屋市博物館で展示され、その後、坐像に納められて甚目寺に戻る。 胎内仏を見る貴重な機会という。
[参考:共同通信、時事通信、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、愛知県HP]

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