歴歩

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奈良市・平城宮跡 出土木簡に「倭歌」の文字

2022年11月01日 | Weblog
 奈良文化財研究所は31日、奈良市の平城宮跡で発掘された奈良時代(710~784年)前半の木簡から「倭歌」(やまとうた)と書かれた文字が見つかったと発表した。
「倭歌」の使用例は、849年が確実に確認できる最古とされており、今回の発見はそれより1世紀遡る。
 木簡が発見されたのは、平城宮跡の東側にある東方官衙付近の排水路で、2020~21年の発掘調査で約6500点の木簡が出土し、その一つ(長さ30.1㎝、幅3.1㎝、厚さ0.6cm)に「倭歌壱首」と歌の一部と見られる言葉が万葉仮名で「多奈久毛利阿米布良奴」(棚曇り雨降らぬ?)と書かれていた。
 倭歌は漢詩に対して日本の歌を示す言葉。これまで最古とされた使用例は、平安時代前期の歴史書「続日本後紀」の849年の記述に登場するものだった。
 木簡は、奈良市の平城宮跡資料館で開催中の「地下の正倉院展」で13日まで展示される。
[参考:共同通信、時事通信、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、NHK]

関連情報
◆『続日本後紀』巻十九嘉祥二年(849)三月庚辰(26日) 興福寺大法師等爲奉賀天皇寳算滿于其卌。奉造聖像卌躯。(略)夫倭歌之體。(略)
◆905年に成立したといわれる古今和歌集、紀貫之が書いたと言われる仮名序に
  やまと歌は、人の心を種として、よろづ(万)の言の葉とぞなれりける


2022.11.2 修整
 関連情報 『続日本後紀』・・・奉造聖像卌躯・・・
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益田市・スクモ塚古墳 全長96mの前方後円墳と結論

2022年11月01日 | Weblog
 市教委は、文化庁などとの7年にわたる調査の結果、全長60mの円墳とみられていたスクモ塚古墳(益田市久城町字須久茂塚)が方形の丘の土台部分が地下で一体となっていたことがわかったとして、全長約96mの前方後円墳と結論づけた。
 これにより、松江市の山代二子塚古墳(全長約94mの前方後方墳)を上回り、県内最大の古墳と判明した。
 さらに、出土した埴輪の分析から、これまで5世紀とされていた築造年代が4世紀後半と分かった。
[参考:NHK島根ニュース]

過去の関連ニュース・情報
 スクモ塚古墳





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