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file.051 Tom SEAVER 【トム・シーバー】

2006-01-08 | 1969/Miracle Mets
【主神オーデーン】
Tom SEAVER

1966年、ドラフト1位でブレーブスに指名されるも、
紆余曲折の末、新興球団のニューヨック・メッツに入団したシーバー。
決して大きくない体格をカバーするべく研究を重ね、
下半身に重きを置いたストライドの長いフォームを確立。
低い体勢から放たれた速球は打者の手元で浮き上がる.......。
いつからか『ライジング・ファースト・ボール』と呼ばれた
この速球を武器に大投手への道を駆け上り、
92年、98.8%という史上最高の得票率で
堂々、殿堂入りを果たす事になる。

シーバーが入団した1966年当時、
メッツは毎年100敗は確実の最弱球団であった。
「メッツの試合より酷い試合がある。メッツのダブル・ヘッダーだ。」
監督のケーシー・ステンゲルまでもが自虐のジョークを吐く程だった。

1969年、メッツの監督はギル・ホッジスに変わっていた。
シーバーも67、68年と連続して16勝をあげ防御率も2点台と、
弱小チームのエース的存在として孤軍奮闘していた。

そして69年メッツが奇蹟を起こした。

8月初旬の段階では、1位に9.5ゲームもの差をつけられていたが
中旬から怒濤の快進撃を見せ、
ついにはワールドチャンピオンにまで輝いた。
シーバーはシーズン後半戦10連勝を含む25勝、防御率2.21、
リーグ優勝決定戦、ワールドシリーズでも1勝づつをあげる大活躍。
左腕のジェリー・クースマンや
若きノーラン・ライアンらと共にチームを牽引した。
ミラクル・メッツの最優秀主演男優賞たるシーバーは
この年、最多勝とサイ・ヤング賞を受賞する。

70年、防御率2.81、18勝、
71年、防御率1.76、20勝、
72年、防御率2.92、21勝......と、活躍を続け、
73年は、防御率2.08、19勝で、チームのリーグ優勝に貢献した。

75年も防御率2.38、25勝と好成績をマーク、
結局メッツでは8年間で5回の最多奪三振、2度のサイ・ヤング賞
3度の最優秀防御率....と、その勢いは止まる事を知らなかった。

有名なスポーツライターのロジャー・エンジェルは
シーバーを評してこう書いている。
『メッツにとって、かけがえのない北欧神話の主神オーデーンのような存在だ』

また、ポップ・アートの巨匠、アンディ・ウォーホールも
自身のシルクスクリーン・アートで、シーバーを題材にした作品を製作している。

77年シーズン途中、フロントとの確執から
レッズにトレードされたシーバーだが
2チーム合計で21勝をマーク。
78年にはノーヒット・ノーランを達成するなど防御率2.88、16勝。
81年には防御率2.024、14勝で最多勝を獲得し
そのピッチングぶりは衰えを知らなかった。
83年以降は古巣メッツやホワイト・ソックス、
レッド・ソックスを渡り歩き
85年には齡40にして16勝を稼ぐ活躍を見せた。

86年、通算311勝、防御率2.86で引退したシーバー、
実は打撃も悪くなかった。
キャリアで12本のホームラン86打点をあげている。


http://mlb.mlb.com/NASApp/mlb/stats/historical/individual_stats_player.jsp?c_id=mlb&playerID=121961