南京大虐殺、重慶大爆撃とどちらも強調の「大」を付けて誇張します。
南京は東京大空襲、原爆投下の被害とバランスされたプロパガンダであり、次なる新しい歴史戦キャンペーンのように重慶大爆撃が2006年の日本政府への賠償訴訟を皮切りに強調されるようになります。
東京裁判で重慶爆撃が取り上げられなかった原因は米国がフライングタイガースとして軍事介入したことを伏せるためだと言われます。
南京と違って重慶爆撃は実際の史実として日本軍が行なった攻撃ですが空襲警報は鳴り防空壕に逃げた為に人的被害は少なく爆撃の効果は薄いと当時重慶に住んでいた米国人は証言しています。
国民党が南京、漢口、重慶へと陥落されながら撤退して行き、その中でも重慶が内陸で、自然の要塞であった為に日本軍は陸路でなく、空爆のスタイルを取ったのです。蒋介石が高射砲を市街地へ配備させたこともあり、本当の被害は建物が殆どでした。
中国側の重慶爆撃の証拠写真は一枚しかありません。
空爆の被害ではなく、空襲警報で非難が殺到し圧死された写真のようです。
このように中国は一つの中国を強調させる為にも国民党の被害も歴史戦にして戦っても勝ってもいない日本に自国の正統性を担保する為に左翼日本人と結託するのです。
南京は東京大空襲、原爆投下の被害とバランスされたプロパガンダであり、次なる新しい歴史戦キャンペーンのように重慶大爆撃が2006年の日本政府への賠償訴訟を皮切りに強調されるようになります。
東京裁判で重慶爆撃が取り上げられなかった原因は米国がフライングタイガースとして軍事介入したことを伏せるためだと言われます。
南京と違って重慶爆撃は実際の史実として日本軍が行なった攻撃ですが空襲警報は鳴り防空壕に逃げた為に人的被害は少なく爆撃の効果は薄いと当時重慶に住んでいた米国人は証言しています。
国民党が南京、漢口、重慶へと陥落されながら撤退して行き、その中でも重慶が内陸で、自然の要塞であった為に日本軍は陸路でなく、空爆のスタイルを取ったのです。蒋介石が高射砲を市街地へ配備させたこともあり、本当の被害は建物が殆どでした。
中国側の重慶爆撃の証拠写真は一枚しかありません。
空爆の被害ではなく、空襲警報で非難が殺到し圧死された写真のようです。
このように中国は一つの中国を強調させる為にも国民党の被害も歴史戦にして戦っても勝ってもいない日本に自国の正統性を担保する為に左翼日本人と結託するのです。
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