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社会断想

諸々の社会現象にもの申す
中高年者・定年退職者向け

易しそうでも読めない漢字

2008年05月15日 13時07分57秒 | 社会断層
易しそうでも読めない漢字

つい最近の新聞紙上で常用漢字表に追加される可能性のある候補漢字のリストが出ていた。ざっと眼を通した感じでは日頃お目にかかる漢字ばかりとの印象であった。
小生近頃はワープロに頼ることが多く感じがどんどん書けなくなったが読むのはいささか自信があった。しかしながら当の漢字が一字単独では読みづらい字も可成りあった(小生個人の場合)。
例えば「稽、貌、蘇、顎、阜、傲、套、填、彙 etc」である。
考えてみると上記の例に限らず漢字は2字乃至4字の熟語で読んでいることが多いので相棒の漢字と合わせて読むのに抵抗がない。これが1字漢字となるとウーンと詰まる感じである。それはそれとして地名や名前には読み方に難儀することがある。
最近ぶっつかった例として地名で千葉県にある市名「匝瑳市」(そうさし)、人名では中国四川大地震に関して東大地震研究所の「纐纈」(こうけつ)教授である。
匝瑳市も纐纈先生も紙上ではでは振り仮名がついていなかった。纐纈先生の場合はテレビでは最初は振り仮名が付いていなかったが次に見たときはちゃんと振り仮名を付けていた。やはり読めなかったのは小生だけではなかったと心中ニヤリとした。多分視聴者から文句が出たのではなかろうか?
ともあれ新聞、雑誌、単行本や学術論文などももう少し振り仮名をサービスしたらどうだろう。このままだと漢字が読めないが故の読書離れが進むのではないだろうか。

日本の学力は大丈夫?

2008年03月13日 14時41分28秒 | 社会断層
どうなる日本の学力は?

つい過日NHKで「日本人の学力はどうなるか?」との趣旨の討論会番組が3時間近く行われた。学者、教員、一般人及び現役の中高生をまじえての侃々諤々の大論議となった。
きっかけは「OECD生徒の学習到達度調査(通称PISA)」における日本の順位が毎回下がってきており学力の低下を危惧する声が高まってきているのを受けてのことのようである。この調査の結果を待つまでもなく学力の低下は各方面から指摘されており、小中高の授業時間の見直し、ゆとり教育の反省がいわれている。
NHK番組での諸氏の発言はそれぞれ「なるほど尤も、もっとも」と思わせるばかりで小生なりの結論を生むには至らなかったが、諸氏の発言の中で特に気になったのは
1)GDPに対する教育費支出比率が日本は諸外国の中でも低い
2)先生が雑務におわれて授業に割く時間が充分取れない
3)親の経済力が子弟の学力の格差に反映してきている
等である。そこで各国のGDPの教育費支出(2004年度)とPISA(2006年度)を並べてみた。
又参考までにIMDによる「国際競争力」と「大学教育」のランキングも載せてみた。
統計学ないし統計分析にズブの素人の小生にはこれらのデータから明確な有意性を見いだすことが出来なかったが、ただひとつ、もっと教育費支出対GDP比率を上げて欲しいという願望が強くなった。前項の3)に指摘されているように、このままでは学力格差の固定化、拡大再生産になる恐れが充分にある?
膨大な予算を喰い実用効率の悪い1~2本の道路建設を止め、その金を教育費に回せば問題はかなり片付くと思うのだが如何でしょうか?

付表1:全教育段階公的支出対GDP比率順位(国は筆者による勝手なピック・アップ)
1位 アイスランド 7.2%
5位 フィンランド 6.9%
13位 USA   5.1%
16位 韓国    4.4%
24位 日本    3.5%
OECD 平均   5.0%

付表2:私費負担を含む合計対GDP比率順位 (筆者による勝手なピック・アップ)
1位 アイスランド 8.0%
2位 USA    7.4%
3位 韓国     7.2%
9位 イギリス   5.9%
15~16位?  4.8%
OECD平均 5.7%
注)付表1,2は「図表で見る教育2007年版」

付表3:大学教育のランキング(2005年度版)
1位     フィンランド
2位 イスラエル
3位 アイスランド
4位 USA
5位 アイルランド
6位 スイス
7位 シンガポール
8位 カナダ
9位 オーストラリア
10位 ベルギー
・・・・・
28位 フランス
・・・・・
38位 イギリス
39位 ドイツ
・・・・・
56位 日本
注)IMDの資料より

付表4:PISA 2006年ランキング
   数学     読解力       科学
1位 台湾     韓国        フィンランド
2 フィンランド フィンランド    香港
3 香港     香港        カナダ
3     韓国
4  カナダ 台湾
5 オランダ NZ エストニア
5 日本
6 スイス アイルランド
7  カナダ オーストラリア NZ
8 マカオ リヒテンシュタイン オーストラリア
8  リヒテンシュタイン
9 ポーランド オランダ
10 日本 スエーデン リヒテンシュタイン
10            オランダ 韓国
・・・・
15位            日本

注)文科省のホームページより

海外への日本人留学生をもっと増やせ

2008年03月04日 11時31分14秒 | 社会断層
留学生受け入れに熱心も良いが出て行く日本人留学生にもっと支援を

先日の紙上に次のような記事が出ていた。

「博士養成、ベトナムから1千人 政府、ODAで受け入れ」

「政府は08年度から20年度にかけて、途上国援助(ODA)を使ってベトナムの若者1000人以上を日本の大学院に入学させ、博士を養成するプロジェクトを始める。ベトナム戦争などの影響で高等教育を受けた人材が少ないベトナム側と、少子化が進み海外から優秀な学生の受け入れを模索する日本側が「戦略的パートナー」(外務省幹部)になろうという試みだ。

 日本はこれまでタイ、マレーシア、インドネシアの学生計約3000人を対象に、留学生受け入れのための円借款を実施しているが、博士課程のみを対象にした枠組みは初めて。グエン・ティエン・ニャン副首相兼教育訓練相が3月下旬に来日する際に正式に合意する予定だ。

 外務省などによると、ベトナムが求めているのは主に理系の分野で、情報技術(IT)、機械工学、素材、ナノテクなどの先端技術をはじめ、全般にわたる。ベトナムから国費で受け入れている博士課程の留学生は現在年25人程度だが、この枠を08年度から徐々に拡大し、3年後をめどに大規模な受け入れを目指す。

 受け入れに前向きな主な大学院は東京、京都、早稲田、慶応、立命館、長岡技術科学など。日本側は200億円以上の費用が必要とみられる。

 ベトナムは米国との戦争を経て86年からドイモイ(刷新)と呼ばれる改革開放路線に転じた。経済成長率は8.5%(07年)と高いが、戦争などで多くの知識人が国外に流出したため、博士学位取得者は国内に約6000人しかおらず、今後の発展のネックになっている。

 ニャン副首相は昨年、20年までに計2万人の博士を養成するプロジェクトを立ち上げた。うち日本と欧米など国外で計1万人を養成する考えだ。

 日本側としては、優秀な若者を日本で育て、両国の関係を深めたい思惑がある。資金や人材の流れを拡大し成長につなげる「グローバル戦略」を掲げる福田首相は、07年度は約12万人の日本への留学生を30万人にする方針を示している。」

ここ数年の日本企業のベトナム進出を反映したものでもあろう。ともあれ外国からの日本留学生の増加支援は結構なことと思う。
しかし一方で日本から海外の大学への留学生数は減少気味だという。
日本の若者が内向きな、大袈裟に言えば引きこもり現象を起こしているのではないかと危惧するのである。
福田首相は海外からの留学生30万人を近年中に達成したいと声を上げているが、それならば同時に海外への日本人留学生を増やす施策をとって貰いたいと思う。

大学入学後の選択肢をもっと豊富に

2008年03月01日 11時38分56秒 | 社会断層
大学入学後の選択肢をもっと柔軟・豊富に

過日のA紙上に「複数大学で協同学部」という記事が出ていた。
「文部科学省は複数の大学が教員や施設を出し合って授業を行い、各大学連名の学位を授与する「協同学部」、「協同大学院」をつくれるように大学設置基準を改正する検討を始めた」
「大学全入時代を迎え、私立大学の4割が定員割れするなど大半の大学が学生集めに苦しんでいる。(途中略)学生にとって魅力のある学部や大学院を複数の大学が協同で設置出来るよう、制度改正を求める声が強まってきた」というものである。
この記事を理解する限り、大学側の生存のための発想のようである。しかし、学生にとっても悪い話ではないと小生は思った。
現在入学する学生の内、自分の進路やテーマを決めているのはどのぐらいいるのだろうか?
ハッキリした目的意識もなく、入れる大学に、或いは親の勧めによって入ったという学生も可成りいるのではなかろうか?そして入学後に自分の専攻科に対する摘、不適が認識されるにつけ悩み始めるのだ。入学後の1,2年で進路に自覚が出来た時に受け皿としてのコースが学内に用意されており、且つ転科、転コースも自由ならば申し分はないが、学内対応ならば自ずから選択肢は限られるだろう。複数大学による「協同学部」や「協同大学院」が機能すれば選択枝もより豊かになり、悩める学生が救済できるのではなかろうか?
そしてこれらの悩める学生こそ目的意識のハッキリした人材に育つと小生は思うのだが。

大学入学後のミスマッチを救済せよ

2008年02月05日 15時00分41秒 | 社会断層
2月3日のNHKのニュースで大学生と授業・読書量らについての東大の研究グループによる調査結果を流していた。それによって日本の将来はどうなるんだと恐怖に近い感情を持ったのは小生だけではないだろうと思う。
その調査の概要は次の通りである。
調査主体:東京大学研究グループ
調査対象:全国の国・公・私立127大学 大学生5万人

調査質問と答え:
1)「授業に興味・関心がわかないか?」
答え:「よくある」 17%
   「時々ある」 45%
2)一日の勉強量は?
答え:「1時間以下」 64%
   「全くない」  13%
3)1ヶ月の読書量 (漫画は除く)
答え:4冊以上 16%
   1冊のみ 28%
   読まない 29%

この結果を見て小生は考えた。
大学全入時代を迎えて
・もともと勉強が好きでない子、他に熱中し勉強する時間がなかった子(例えば体育会系)・読書が嫌いか種々の理由で読書になじめなかった子
・自分のやりたいことが分からない、分かっていない模索中の子
等も偏差値を頼りに難関大学から入学容易な大学まで選択肢はいくらでもある。
ともかくどこかの大学には入れるのだ。
小生にとって一番ショックだったのは月に一冊も本を読まない学生がいることである。
上記の質問1)、2)と読書量との相関はデータとして表示されていないので軽々にものは云えないが、3)の読書量は1)2)の結果ではなかろうかと思えてならない。
世間には自分のハッキリとした将来像を描いている18歳もいれば目下模索中の子もいるだろう。一番困るのは将来像どころか何も考えていない、考えようとしない子である。何が何でも大学だけはと親や学校にいわれて偏差値相当の、或いは推薦で入学する。
そこには専攻コースと自分とのミスマッチの場、或いはミスマッチ以前の問題がある。
しかし、18歳を責められるだろうか?今の日本には迷える18歳はまだしも、迷いも意識しない18歳がゴロゴロいるのではないのか?
がともかく大学には入ってくる。そして早晩ミスマッチに気がつく。
このミスマッチを救済する大学システムこそ大事ではないのか?
結論を急ごう。
入学後の1~2年に転入学・転科が容易に出来る大学間の制度を設け、且つ出口を狭める即ち卒業時のレベルを高めるべく大学は学生の質を担保する。

「大学卒業学力保証センター試験」?

2008年02月01日 12時00分34秒 | 社会断層
入り口と出口の品質保証  「大学入試の国際比較」コラムを読んで

2月に入って大学入試も本格化してきた今日この頃である。
たまたまWEB上のコラム「大学入試の国際比較」(大和総研公共政策研究所 宇野健司氏:http://www.dir.co.jp/publicity/column/)が眼についた。
以下抜粋を紹介すると、
「アメリカの大学入学には、かなり多面的な要素が考慮される。大きく分けて(1)高校での成績(日本でいう内申書の平均点と、学内順位)、(2)全国統一学力適性テスト(入学の1年前~3ヶ月前まで、年7回程度実施している。複数回受験しても良いが、その場合はそれまで受けた回の成績も大学に送付される)、 (3)推薦状、小論文、面接など、の3分野から総合的に判断される。(2)は主に国語(つまり英語)と算数(日本の中学校レベル)で、大学で学ぶのに必要な程度の学力が身についているかを判断するための適性テストなので、日本の大学入試問題ほど難しくはない。そのため有名大学に進学するためには、(1)や (3)も重要な要素となり、高校での学習態度や課外活動などにも力を入れる生徒が多くなる。

そのような背景もあって、アメリカでは予備校や塾などの受験産業はあまり発達せず、大学入学前のいわゆる受験戦争は相対的にあまり激化していない。(浪人をしても意味がないので、浪人生もほぼ存在しない。)むしろ、大学入学後のプレッシャーの方が大きく、1コマの授業ごとに数十ページの事前予習を週10コマ前後要求されるので、一週間に数百ページの読書が必要となる。また、大学院ではそのプレッシャーが一層きつくなる。

一方、アジアの国々はどうであろうか。中国の大学入試は、毎年6月に行われる「高考」(大学入試の全国統一試験)の一発勝負である。韓国も同様に「大学修学能力試験」のウエイトが非常に高く、試験当日は国をあげて受験生の輸送サポートをしたり、騒音対策のために飛行機の運航の規制をしたりするほどの気の使いようである。日本でも、推薦入試やAO入試は別として、難関大学の一般入試は、センター試験や2次試験のみの選抜となる。
結果として、これらの国ではアメリカとは反対に、予備校や塾などの受験産業が大きく発展し、受験戦争は加熱化し、大学入学前にプレッシャーのピークがやってくる。入学後はケース・バイ・ケースだが、日本の場合、大学での成績が就職には直結しないこともあって、特に文科系学部などでは勉強面では一息いれることが可能となる。」

大学全入時代とはいえ東京大学をはじめ国・公・私立の難関大学の入試競争の厳しさは変わらない。実質競争率数倍以上の大学における入学生の学力品質は或る程度保証されているであろうが、問題は卒業時の学力・人間力の保証は如何だろうか?
就職受け入れの企業を含めて社会全体が求めるのは「卒業時の学力・人間力」ではないだろうか?
つい先頃も「文科相の諮問機関である中央教育審議会が「各大学に責任を持って卒業者=学士の質・レベルを維持するよう求める」という記事が出ていたが、これなども「卒業時の学力・人間力」に対する危機感の表れではないだろうか?
こうなると「大学入試センター試験」ならぬ「大学卒業学力保証センター試験」なるものが必要になる?






リスニングテストにもの申す

2008年01月28日 11時26分44秒 | 社会断層
英語リスニングテストよりも国語リスニング

大学入試のセンター試験が終わったばかりであるが英語リスニングであちらこちらでトラブルがあったと報道されている。
そして今度は高校入試に国語リスニングテストを課す公立校が増えていると報じられている。国語リスニングテストを取り入れる理由は小中学校の国語授業では「話す」「聞く」も重視されているのに対話する能力がなかなか身につかないことに現場の先生が悩んでおり、解決のきっかけとしてリスニングテストを課するということのようである。
国語の先生の指摘として「人の話を聞かない、聞けない」「長い話の要点が掴めない」生徒が多くなったという。
大学入試におけるセンター試験で英語のリスニングテストの必要性に関しては、いささかの疑問を持っている小生であるが高校入試の国語のリスニングテストについては大賛成である。人の話を良く聞き要点を理解する能力またはその訓練、習慣は社会生活のためのコミニケーションの基礎であり、このテストはその重要性を生徒本人、保護者に認識させるきっかけになると思う。
大学入試センターにおけるリスニングテストは果たして受験者の語学力の物差しの一つになるのだろうか?
「読む」「書く」「話す」「聴く」はコミュニケーションの基本であるとの認識に異論はないが「話す」「聴く」は受験者のそれまでの被教育環境、或いは機会に大きく依存するのではないかと危惧するものである。つまり不公平ではないか?
「話す」「聴く」は入学後の本人の必要意識や好みに任せれば良いと思うし、受け入れ大学もコース、場を用意すべきであると思う。

いつの世も読み書きが一番大事

2008年01月24日 12時30分59秒 | 社会断層
1月24日朝日新聞朝刊に次のような記事が出ていた。
「全国学力調査で成績の良い学校は読み書き授業に力を入れていた」
小学校6年生と中学校3年生を対象に昨年4月に行われた全国学力調査で、国語と算数・数学の平均正答率がいずれも高かった学校は国語の授業で「書く習慣」や「様々な文章を読む習慣」を身につけさせる授業をよく行っていたことが文部科学省の調査分析で分かった。同省は「書く力や読解力は国語だけでなく、他の教科の学力でも重要であることの表れ」とみている。
この記事を読んで真っ先に思い浮かんだのは数学者藤原正彦氏の著作のどれかに書かれていた「一に国語、二に国語、三、四がなくて五に算数」という趣意の文章である。
ご本人が数学者であるだけに、説得力があると感心したものである。
文科省の調査結果は図らずも同氏の発言を裏付けるものとなった。
いま小学校から英語教育を取り入れる事になったようであるが、くれぐれも「国語の読み書き」が基本であることを心したい。

緊急入院その2: ご同輩に告ぐ

2007年11月13日 12時08分00秒 | 社会断層
管に始まり管に終わる:
緊急処置が終わりどのくらい時間が経ったか分からないが覚醒した時に真っ先に気付いたのは口に差し込まれた2本の管、これは肺にたまった水と痰を時々吸い上げる管ともう一本(この管は何用なのか分からない)、静脈の注射針から伸び点滴棒にぶら下げてある点滴液に繋がる輸液管、胸部につけられたセンサーから心電計に繋がるワイヤー、そして小便自動排泄用の管、これは男性器の小便排泄口に突っ込まれいるもので、その存在は私自身の一番最後に発見しかつ一番驚き且つ苦笑せざるを得なかったものである。
ということで体中を管、電線でがんじがらめになっており不自由この上もない。
一番不自由を感じたのは口に差し込まれた2本の管である。このため口がきけないのである。コミュニケーションは看護師の手の平にカタカナで水が欲しいときに「ミズ」と書く最低限の意思疎通である。
これらの管類も快復にともない一本ずつ抜いて貰えるのだが、なんと言っても口に突っ込まれた管が医師の「もういいでしょう」という指示で抜かれたときは嬉しかった。口が聞け、かつ鬱淘しさからの開放感は云いようのないものであった。
口から管が抜かれ「オヤッ」と感じたことがある。舌で口の中を探るとどうもおかしい。上唇とその下にある前歯と順にたぐると判った。前歯の3本が脱落していたのだ。
管を差し込む際にこの前歯3本が邪魔で医師の「歯よりも命、一刻も早い処置が大切でしょう」と家内の承諾のもとにあっさりと抜かれたと家内から聞いた。
尤もこの3本の前歯は30有余年前に処置した差し歯であり、最近ぐらぐらしてきており何とかせねばならぬと考えていた矢先であったので別に惜しいとは思わなかったのである。医師もぐらぐら歯なので躊躇なく抜いたのであろう。
前歯3本が抜けると何とも間の抜けた顔になり、家内に言わせると10歳老けて見えるそうである。入れ替わりにやってくる友人や後輩の見舞客に間抜面とふあふあと不明瞭な発言が何とも無様で慚愧に堪えなかった。
退院後早速歯科医院に駆け込み入れ歯を頼んだ。今日現在は仮り歯が入っており、歯をむき出さなければ他人には判らない程度にはなっている。
口からの管が抜けると次は点滴用の管である。これが外れると点滴棒と一緒でなくて動きの自由度がうんと増す。そして最後は小便管である。これが抜かれると尿意を催すといちいちトイレに通うことになるが、自然の開放感の方がやはり有り難い。
心電計センサーは最後まで付けていたが体の動きを邪魔するわけではないが無線送信機がぶら下がっており、センサーが外れると看護師が飛んでくる。無線送信機かナース室のモニターにセンサーの剥離を知らせるのである。看護師がやってくるのは昼夜を問わずであり、真夜中就寝中に胸のあたりがゴソゴソと弄られて眼をさますと看護師がセンサーを付け替えている。寝相の悪い小生はこの真夜中の白衣の天使のお世話に何回もなったのである。(続く)

緊急入院 ご同輩に告ぐ

2007年11月12日 12時16分04秒 | 社会断層
10月10日某医大付属病院に緊急入院した。
救急車で運ばれ 、集中治療室に放り込まれ危機を脱した後、20日有余の入院生活を余儀なくされた。
我が人生75年で救急車のお世話になることも20日有余に及ぶ入院生活も初めての体験である。いままで風邪引き等の小さな病気はあったものの健康優良児を自負していた小生としては、この体験はいろんな事を考えさせてくれた。
特に同年配の人達とその配偶者に告げたいことは、どこか今までにない体の異常を感じたらためらう事なく救急車を呼び救急病院に放り込んで貰うことである。
なまじ我慢をし様子を見ようなどと考えぬ事である。
小生の場合危機を脱した直後医師に言われたことは、もう少し手当が遅れていたら「危なかった」である。
日頃は健康に自信のある人ほど小生と似たような状況に陥ることが多いのでは無かろうか?
以下何回かに亘る駄文は僭越ながらのご同輩に対する警告のつもりである。

ここは何処だ?
ふと眼がさめた。周りに白衣を着た男性・女性が動いている。キビキビとも云えるし、ふわふわとも感じられる動きである。一様に背丈が低く頭髪はもじゃもじゃである。
俺はいったい全体何処にいるのだ。口には管を2~3本咥えており口もきけなければ身動きも出来ない。
何処かに誘拐されて人体実験をされているのか?ここは昔見たことのある映画「猿の惑星」なのか?周りに動いている男性・女性からそんな連想が浮かぶ。
次に考えたことは、「今俺は夢を見ているのだ 」である。
夢を見ているのなら納得だが、一つだけ納得できない事がある。それは周りを取り囲んでいる器材の現実感である。金属材質のピカピカ感、筒状器材の直線・折り曲げ角度の圧倒的な現実感がこれは夢ではない、現実なんだと教えてくれる。
さらに意識がハッキリしてくるとベッド脇に家内と娘婿がいる。
「ここは何処だ?何故俺はここにいるのだ?」と聞きたくとも口に管状のものが2本突っ込まれており口がきけない。聞きたいことがあると察した家内が手のひらを差し出す。
「ドコ」と「ナゼ」と手のひらに書く。 「昨夜真夜中に急に咳き込み始め、ぜーぜーと息が苦しそうだったので、貴方は最初渋っていたが救急車を呼んでここに運んで貰った。ここは東京医大付属の八王子センター」との答えで 一遍に状況を把握できた。そうだ昨夜の真夜中に喘息の激しい症状に似た呼吸困難に陥りシブシブ救急車に乗った事を思い出した。
運ばれる途中から目が覚めるまで意識がなく、口の周辺は紫色をしていて生色がなく、もう少し処置が遅れていたら危なかったと後でいわれ、ぞっとした。
ともあれ意識も取り戻し、顔色もやや正常に戻った。そしてあらためて周りの看護師さんや時々見回ってくる医師を見ると「猿の惑星」など甚だ失礼な連想だったことを看護師さん達にお詫びをしたい。
現実の看護師さん達は一様に美人で且つ65キロの小生を二人がかりとはいえ持ち上げ移動させる事の出来る力持ちである。

続く