田中雄二の「映画の王様」

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『逃亡者』

2016-07-05 08:14:22 | 映画いろいろ

『逃亡者』(90)(1991.2.2.松竹セントラル

頑張れ! お抱え監督チミノ

 女性弁護士(ケリー・リンチ)と恋に落ちた凶悪犯(ミッキー・ローク)が脱獄し、彼女を待つため、ティム(アンソニー・ホプキンス)の家に乱入し、一家四人を人質にして取り立てこもる。

 デビッド・マンスフィールドによる、バーナード・ハーマン風の音楽が印象的なファーストシーンから、これまでのマイケル・チミノの監督作とは全く異質の映画が展開していく。そこには、彼がひたすらこだわってきたエスニック(少数民族)の姿も、ベトナムの影もない。

 もちろん、この映画は昔々のウィリアム・ワイラー監督作『必死の逃亡者』(55)のリメイクなのだから、もともと、そうしたチミノのこだわりが出せる素材ではないのだが…。

 と、最初のうちは、『天国の門』(80)の興行的な大失敗からハリウッドを追われ、イタリアの大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスに拾われ、自称“お抱え監督”にならざるを得なかったという状況が、ついには彼からこだわりすら失わせてしまったのか、と少々哀れに思いながら見ていた。

 ところが、話が進んでいくうちに全く違う印象が浮かんできた。リメイク作故か、チミノの欠点であるストーリーの散漫さが解消され、失われた父権や女性の社会進出といった今日的なテーマを盛り込んだユニークなサスペンス劇として仕上がっていたのである。

 きっとチミノはどこかで開き直ったのだろう。そうでなければ、これまでの彼の作風とは180度違う映画は撮れないはずだ。だが、だからと言ってそれを誰が責められよう。『ディア・ハンター』(78)の天国から『天国の門』の地獄へと、これほど短期間に評価が変転した監督も珍しいし、それに続く冷遇の日々を思えば、まだこらえて映画を撮り続けていることが不思議なぐらいなのだから。

 となれば、例えば「金田一耕助シリーズ」を撮りながら、さまざまな実験を試み、再び花開いた市川崑のように、ここは一つ“お抱え監督”という立場を最大限に利用して、彼を捨てたハリウッドを見返してやってはどうだろう。

 この映画で最も美しかった「赤い河の谷間」のシーンを見ながら、そんな思いが浮かんできた。それにしても、チミノという監督は、なぜでこうまで好意的な感情を抱かせるのだろうか。不思議な監督である。


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