亀村重太郎が病院に担ぎ込まれ、そのまま緊急入院した翌日――
須藤マドカは東山翔子に引っ張られ、剣道部の川上秀吾がいるクラスを訪ねた。
昨日、放課後の教室で旋風寺が連れ去られてからすぐに二人は剣道部道場へと走った――マドカに言わせてみれば翔子に無理やり付き合わされる形になるのだが。マドカ自身はできることなら旋風寺武流には関わり合いを持ちたくなかったのだが、翔子の好奇心に満ちた眼差しと友情という言葉の重みにあっさりと負けてしまったのだ。
新校舎は馴染みが薄かったので道に迷い、なかなか道場にはたどり着けなかったが、救急車のサイレンの音が聞こえてきて、もしやと思い音が強くなる方へ走ったら、そこに剣道場はあった。
サイレンの音を聞きつけてきたのだろう。他の部の部員たちが遠巻きに人だかりを作っていた。
マドカと翔子が野次馬の間から覗きこんだ時、ちょうど頭からおびただしい血を流している亀村が救急車の中に搬送されていくところで、旋風寺の姿はもうどこにも見えなかった。
サイレンが遠のいて物見高い見物人たちがそれぞれの部活に戻った後も、残された剣道部員だちは、顧問を呼びに行ったり道場の清掃をしたりと忙しそうで、とても旋風寺の行方について聞けるような雰囲気ではなかった。おまけに血が苦手なマドカは、巨漢が地に残したの鮮血に目まいを起こし、その日は帰宅することにした。
そして今日、旋風寺武流は学校を休んだ。問題児がいないことで晴れやかな顔をした担任の話だと、梅雨が近づいたので風邪をひいたのだと連絡があったという。
マドカは一日嫌な視線に襲われることがなく快適な学園ライフを過ごしていたが、翔子がどうしても道場で何があったのか知りたいと言い出たので、マドカと同じ中学出身で、あの時上級生にどやしつけられて顧問を呼びに走っていた川上に、あの時剣道場で起こった事を詳しく訊いてみることにしたのだ。
最初、川上は話す事を渋っていたのだが翔子が「自分は旋風寺の友達だ」とはったりを利かせると、顔から血の気を引かせすぐに了承してくれた。よほど旋風寺が怖いのか、翔子に対してはへりくだる様な態度まで見せる。
しかし話すのはほかの人のいない場所でということ。そして話した事は他言無用という条件を川上は出してきた。
放課後――
闘京駅近くの繁華街にあるカラオケ店の一室に三人は居た。曲が入っていない際にテレビから流れ出る女性MCの声を絞り、注文したドリンクが届いてから、川上はゆっくりと口を開いた。
「どっから話せばええんですか?」
川上秀吾は王阪の出身だった。中学の時に家族で闘京に引っ越してきてマドカが通っていた学校へ転入してきたのだ。
「全部! どうして旋風寺をさらったのから、その日剣道場で起こったこと全て」
翔子が簡潔にまとめた。こういう時、本当に翔子は頼りになる。自分ではこうは率直に物事が言えないだろう。もっとも、翔子の好奇心が原因でここに川上を連れてきているのだが。
「その前に本当に約束してくださいよ? うち今、緘口令が出てるんですから……こんなこと話したのばれたら……俺、殺される」
「安心してね。私も翔子も絶対他の人に言わないから」
「いざとなったら旋風寺本人が言いふらしてるって事にしたらいいし……いたっ」
マドカにお尻をつねられた翔子が飛びあがる。
「冗談、冗談です。絶対誰にもいいません!」
宣誓するかのように手を前に翳した翔子に、川上は小さく笑い声をあげると、ウーロン茶を一口飲んで昨日の事を語りだした。
旋風寺がさらわれた経緯を聞いてマドカは唖然とした。緑風隊の事は知っている。昼休みや放課後などに、よく剣道着をつけた連中が校舎の見回りをしていたのをマドカも何度か見ていた。
その学園の治安と秩序を守る緑風隊にあの旋風寺を入隊させようとするなんて――
「無謀だよねー」
思った事を翔子があっさりと代弁してくれた。
「え、ええ……旋風寺さんを運動場で担ぎあげた時はすごい軽くて、全然腕が立ちそうに見えなかったし」
川上は旋風寺をさん付すると、思いだしているうちに体が熱くなったのか、エアコンのリモコンに手を伸ばして気温を下げた。
「でさ。道場で旋風寺の腕試しとかしたんでしょう? うちの隊に入りたいならまずワシを倒してみろーみたいな」
「翔子、旋風寺くんは別に緑風隊に入りたがったわけじゃないんだよ。拉致されたんだから」
隙あらばすぐに青春映画や熱血漫画的展開に物事を運ぼうとする翔子をマドカは窘めた。
「拉致て……まぁ、たしかに拉致やけど」
使った言葉が悪かったか苦笑いをする川上に、マドカは慌てて自分の口を手で押さえた。
「拉致でもなんでもいいけどさー。それで旋風寺を剣道場に連れてきてからどうなったのよ?」
話が進まないのでイラついたのか、翔子の鋭い声が飛ぶ。
「俺は旋風寺さんはあかんと思いました。あんな細い身体じゃ木刀もろくに振れないだろうし……亀村隊長も同じこと思ったんでしょうな。女子運動部の苦情の件を叱ればすぐに帰そうとしたんやけど……」
川上は視線を落とすと、ぽつぽつと蟹が泡を吹くように続きを語りだした――
「ふうん。あれ、女の子のお尻を追いかけてたんだ」
翔子がつまらなそうに茶髪を掻いた。どうやらもっとドラマティックな理由で運動場を走っていると思っていたらしい。
「すごいですよ。女の尻を観たいってだけで2時間も走り続けるなんて……俺にはそんな根性もスタミナもないし」
マドカは川上の口調に、旋風寺に対する尊敬の念が僅かに入っている事に気づいた。自分も翔子と同じく、くだらない理由だなと思ったのだが。
「そっからが大変やったんです。旋風寺さん、どうやら自分が亀村隊長の縄張りを荒したって勘違いしたらしいんです……隊長、そんなんとはまったく無縁の人やから……おまけに同じ趣味の人みたいに言われてすごい怒って……俺、隊長があんなに怒ったの初めてみた」
「あたりまえだよねえ……」
マドカは溜息をつくとアイスティーに口をつけた。自身でも温厚な方だと思っている自分でも、旋風寺に同士扱いされたら怒るだろう。
「旋風寺さんに、刀を取れ……って言ったんです。たぶん、制裁を加えるつもりやったんでしょうな……旋風寺さんは不思議そうな顔をしてたけど言われたとおり素直に木刀を持って……一応、体験入部してからの練習試合……って形になったんです。」
「ほうほう。それで旋風寺が勝って、亀村先輩は病院に……ってわけなんだ。どういう風に勝ったの?」
いきなり翔子が身を乗り出してきた。大きな瞳を輝かせて続きを促す。
「いや、勝ったというか……なんていうか……あれは」
急に部屋に備え付けされている電話が鳴りだした。この時の川上の仰天ぶりは激しく、翔子が指をさして笑うほどだった。
マドカは受話器をとると相手の伝えてきた言葉に頷けば、二人の方を振り返って一言――
「延長しますか……だって」
三十分のみの利用では、すべてを聞くには時間が足りなかったようだ(続)
須藤マドカは東山翔子に引っ張られ、剣道部の川上秀吾がいるクラスを訪ねた。
昨日、放課後の教室で旋風寺が連れ去られてからすぐに二人は剣道部道場へと走った――マドカに言わせてみれば翔子に無理やり付き合わされる形になるのだが。マドカ自身はできることなら旋風寺武流には関わり合いを持ちたくなかったのだが、翔子の好奇心に満ちた眼差しと友情という言葉の重みにあっさりと負けてしまったのだ。
新校舎は馴染みが薄かったので道に迷い、なかなか道場にはたどり着けなかったが、救急車のサイレンの音が聞こえてきて、もしやと思い音が強くなる方へ走ったら、そこに剣道場はあった。
サイレンの音を聞きつけてきたのだろう。他の部の部員たちが遠巻きに人だかりを作っていた。
マドカと翔子が野次馬の間から覗きこんだ時、ちょうど頭からおびただしい血を流している亀村が救急車の中に搬送されていくところで、旋風寺の姿はもうどこにも見えなかった。
サイレンが遠のいて物見高い見物人たちがそれぞれの部活に戻った後も、残された剣道部員だちは、顧問を呼びに行ったり道場の清掃をしたりと忙しそうで、とても旋風寺の行方について聞けるような雰囲気ではなかった。おまけに血が苦手なマドカは、巨漢が地に残したの鮮血に目まいを起こし、その日は帰宅することにした。
そして今日、旋風寺武流は学校を休んだ。問題児がいないことで晴れやかな顔をした担任の話だと、梅雨が近づいたので風邪をひいたのだと連絡があったという。
マドカは一日嫌な視線に襲われることがなく快適な学園ライフを過ごしていたが、翔子がどうしても道場で何があったのか知りたいと言い出たので、マドカと同じ中学出身で、あの時上級生にどやしつけられて顧問を呼びに走っていた川上に、あの時剣道場で起こった事を詳しく訊いてみることにしたのだ。
最初、川上は話す事を渋っていたのだが翔子が「自分は旋風寺の友達だ」とはったりを利かせると、顔から血の気を引かせすぐに了承してくれた。よほど旋風寺が怖いのか、翔子に対してはへりくだる様な態度まで見せる。
しかし話すのはほかの人のいない場所でということ。そして話した事は他言無用という条件を川上は出してきた。
放課後――
闘京駅近くの繁華街にあるカラオケ店の一室に三人は居た。曲が入っていない際にテレビから流れ出る女性MCの声を絞り、注文したドリンクが届いてから、川上はゆっくりと口を開いた。
「どっから話せばええんですか?」
川上秀吾は王阪の出身だった。中学の時に家族で闘京に引っ越してきてマドカが通っていた学校へ転入してきたのだ。
「全部! どうして旋風寺をさらったのから、その日剣道場で起こったこと全て」
翔子が簡潔にまとめた。こういう時、本当に翔子は頼りになる。自分ではこうは率直に物事が言えないだろう。もっとも、翔子の好奇心が原因でここに川上を連れてきているのだが。
「その前に本当に約束してくださいよ? うち今、緘口令が出てるんですから……こんなこと話したのばれたら……俺、殺される」
「安心してね。私も翔子も絶対他の人に言わないから」
「いざとなったら旋風寺本人が言いふらしてるって事にしたらいいし……いたっ」
マドカにお尻をつねられた翔子が飛びあがる。
「冗談、冗談です。絶対誰にもいいません!」
宣誓するかのように手を前に翳した翔子に、川上は小さく笑い声をあげると、ウーロン茶を一口飲んで昨日の事を語りだした。
旋風寺がさらわれた経緯を聞いてマドカは唖然とした。緑風隊の事は知っている。昼休みや放課後などに、よく剣道着をつけた連中が校舎の見回りをしていたのをマドカも何度か見ていた。
その学園の治安と秩序を守る緑風隊にあの旋風寺を入隊させようとするなんて――
「無謀だよねー」
思った事を翔子があっさりと代弁してくれた。
「え、ええ……旋風寺さんを運動場で担ぎあげた時はすごい軽くて、全然腕が立ちそうに見えなかったし」
川上は旋風寺をさん付すると、思いだしているうちに体が熱くなったのか、エアコンのリモコンに手を伸ばして気温を下げた。
「でさ。道場で旋風寺の腕試しとかしたんでしょう? うちの隊に入りたいならまずワシを倒してみろーみたいな」
「翔子、旋風寺くんは別に緑風隊に入りたがったわけじゃないんだよ。拉致されたんだから」
隙あらばすぐに青春映画や熱血漫画的展開に物事を運ぼうとする翔子をマドカは窘めた。
「拉致て……まぁ、たしかに拉致やけど」
使った言葉が悪かったか苦笑いをする川上に、マドカは慌てて自分の口を手で押さえた。
「拉致でもなんでもいいけどさー。それで旋風寺を剣道場に連れてきてからどうなったのよ?」
話が進まないのでイラついたのか、翔子の鋭い声が飛ぶ。
「俺は旋風寺さんはあかんと思いました。あんな細い身体じゃ木刀もろくに振れないだろうし……亀村隊長も同じこと思ったんでしょうな。女子運動部の苦情の件を叱ればすぐに帰そうとしたんやけど……」
川上は視線を落とすと、ぽつぽつと蟹が泡を吹くように続きを語りだした――
「ふうん。あれ、女の子のお尻を追いかけてたんだ」
翔子がつまらなそうに茶髪を掻いた。どうやらもっとドラマティックな理由で運動場を走っていると思っていたらしい。
「すごいですよ。女の尻を観たいってだけで2時間も走り続けるなんて……俺にはそんな根性もスタミナもないし」
マドカは川上の口調に、旋風寺に対する尊敬の念が僅かに入っている事に気づいた。自分も翔子と同じく、くだらない理由だなと思ったのだが。
「そっからが大変やったんです。旋風寺さん、どうやら自分が亀村隊長の縄張りを荒したって勘違いしたらしいんです……隊長、そんなんとはまったく無縁の人やから……おまけに同じ趣味の人みたいに言われてすごい怒って……俺、隊長があんなに怒ったの初めてみた」
「あたりまえだよねえ……」
マドカは溜息をつくとアイスティーに口をつけた。自身でも温厚な方だと思っている自分でも、旋風寺に同士扱いされたら怒るだろう。
「旋風寺さんに、刀を取れ……って言ったんです。たぶん、制裁を加えるつもりやったんでしょうな……旋風寺さんは不思議そうな顔をしてたけど言われたとおり素直に木刀を持って……一応、体験入部してからの練習試合……って形になったんです。」
「ほうほう。それで旋風寺が勝って、亀村先輩は病院に……ってわけなんだ。どういう風に勝ったの?」
いきなり翔子が身を乗り出してきた。大きな瞳を輝かせて続きを促す。
「いや、勝ったというか……なんていうか……あれは」
急に部屋に備え付けされている電話が鳴りだした。この時の川上の仰天ぶりは激しく、翔子が指をさして笑うほどだった。
マドカは受話器をとると相手の伝えてきた言葉に頷けば、二人の方を振り返って一言――
「延長しますか……だって」
三十分のみの利用では、すべてを聞くには時間が足りなかったようだ(続)
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