広く浅く

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“すずらん橋”消滅?

2022-03-23 23:12:32 | 
秋田市の川反の風景をご存知のみなさま。この写真は、旭川に架かるどの橋か、お分かりですか?
下流側から

大町三丁目と大町四丁目の間の市道の「三丁目橋」。橋から西へ向かう一方通行で、川反の一角をなす歓楽街・すずらん通りの入口でもある。
遠景の写真でも、見覚えのある三丁目橋と違うと思われるかもしれない。

秋田市では、ここ何年もかけて、老朽化した市道の橋を順次、段階的に長寿命化する改修工事を行っている。
架け替えるのではなく、構造はそのままに、徹底的に見た目も中身もきれいにするといったところ。
工事前後では、塗装の色が変わったり、まれに高欄(欄干、手すり)など部分的に新品に交換されたりはするが、基本的には以前の橋がそのままきれいになったと感じられるものだった。保戸野・千秋の「新中島橋」では、昔ながらの低くて外向きに反り返った高欄が残った。


2021年度は、三丁目橋がその改修の対象となり、このほど工事が終わった(看板表記の工期は18日までで撤去済み)のだが、過去に工事された他の橋に例がないほど、以前と違う橋になった。
以前の姿は…
(再掲)2009年。上流側・北都銀行本店前にあった歩道橋から
長さ24.5メートル、幅5.5メートル、中央部が外側にせり出したバルコニーがあるという構造は、例によって変わらず。

まず変わったのが、道路の下の部分=橋桁の見た目。
以前は、桁の上(外側)に【24日分かりにくい言い回しを修正】桁そのものを隠すように、外側に白い正方形のパネル(色合いなど後述の親柱と同じか?)が貼られていたようだ。2009年の写真ではだいぶ汚れている。
工事後
今回の工事で、パネルが撤去されて、金属の桁がむき出しになったようで、少し軽く薄くなったように見える。桁は薄い小豆色のような塗装。何かの配管が張り巡らされているのが、かなり目立つが、今まではパネルで隠されていたのか。

高欄は、以前は角張ったこげ茶色のものだった。高さは充分あって問題ないはずだが、今回、似てはいるが、やや丸みを帯びてメタリック感のあるものに交換された。

親柱と橋名板。
3月初め撮影
↑工事で高欄が外されている。その外側に囲いはあるので川には落ちないが、無人で人が通れる状態なのに、これでは、ちょっと心もとないかも。

桁のパネルと同色と思われる、等間隔に横線が入った白い親柱。西側は純粋な直方体で、橋名板は川に対して垂直向きなのに対し、東側は橋名板のある面が斜めにカットされた四角柱。接続する道路形状に合わせているようだ。
橋名板は手書きと思われる毛筆の縦書きで、上写真の左岸上流側が「三丁目橋」、下流側が「旭川」、右岸上流側が「平成二年三月竣工」、下流側が「さんちょうめはし」。


それらが今は…
親柱は形はそのまま(同一の物かは不明)で、黒くなった。横方向に細かく不規則な横線と凹凸がある。
橋名板は別物【24日追記・石→金属】になり、色合いで親柱と一体化して見える。表面が白く粉をふいたように見えるところがあるのは、まだなじんでいないためか。

文字は、「三丁目橋」「さんちょうめはし」だったところは、
 
どちらも「三丁目橋 Sanchome Bridge」。
「旭川」は、
「旭川 Asahi Riv.」
そして竣工年月は、
「平成二年三月竣工」日本語のみ

横書きに変わって、英字入り。秋田市の橋名板で、英字が併記されるのって初めてではないだろうか。(横書きは先例多数)
ひらがな表記がなくなってしまったが、それはいいのだろうか。漢字やローマ字は読めなくても、ひらがなは読めるという人だっているのに。

日本語は行書体系の活字。フォント名はシステムグラフィの「GMA行書B」。
聞かないフォントだけど、どこかで見た気もする(「丁」のハネかたとか)。こういう公共の表示で使われるのかも。
でも、横書きに変更しながら、毛筆体にするというセンスは、個人的には理解できない。ユニバーサルデザインのフォントでも良かったのでは。


橋の上にも、変化がたくさん。
(再掲)2014年

工事後
まず路面。
以前は、車道部分は普通のアスファルト舗装。歩道とするには狭すぎる路肩は、ピンク系のタイルが敷かれていた。
工事後は、車道がやや狭く・路肩がやや広くなった。【24日追記・車道幅は橋の西側に立つ「すずらん通り」ゲートの幅に合わせてあるようで、合理性はある。】
路肩はピンクのカラー舗装で、車道は石畳っぽく見せたカラー舗装。最近の秋田市はレンガ風カラー舗装がお好きで、この近くの川反通りでも今年度工事が行われたが、石畳スタイルは初めて見た。
別に、バルコニー部分は、白っぽい石畳風舗装がされている(下に写真あり)。
まあ、見た目としては悪くないけど、こうまでする意味は…

中央部のバルコニー。
以前は、道路との境界を示すかのように、円柱の上部がドーム状になった、白っぽい車止めが、片側に5個ずつ並んでいた。
工事後
工事後はそれがなくなり、ベンチが1つずつ置かれた。
車止めだとつまづいたり、雪に埋もれることもあったかもしれないし、カラー舗装でも境界が分かるという判断もあったかもしれない。
座って川を眺めるのなら、ベンチはもっと外側(川側)にあればいいが、それだと境界区分の役目にはならない。でも、ここだと道路側に足を投げ出して座った人(酔っぱらいなど)が、車にひかれたり、ほかの通行人を引っ掛けて転ばせたりしないかも心配。
また、両側とも、バルコニー(=橋)のど真ん中ではなく、やや左岸(上の写真では右)側に寄った位置にあるのが不思議。ちょうどベンチの西端(=後述の照明の立つ位置)が橋の真ん中だと思われる。
【24日補足・三丁目橋の2つ下流で、少し新しい五丁目橋(車歩道ともずっと広い)にもバルコニーがあり、当初からベンチがある。】


変化はあと2つ。
(再掲)西側から
「さんちょうめはし」の橋名板あった親柱の上に、両面電気時計が設置されていたのがなくなった。
時計はセイコー製で、文字盤は12・3・6・9だけのローマ数字。夜間は内側から光る。
止まっているのを何度も見たし、JRでも地域によっては駅の時計を撤去する時代。別に駅・バス停でも公園でもない、小さな道路の橋に、時計を設置し続けるのは、今は意味が低いことは理解できる。個人的にはまれに役に立ったこともあったのだけど、なくなってもしかたないだろう。

そして最後。橋の中央両側にあったものが、別物に変わってしまった。
(再掲)左右はお盆の精霊流し
特徴的な形の街灯・照明が、ありふれたシルバーのものに変わってしまった。LED化などはあるのだろうが、これが三丁目橋のいちばんのシンボルと言えるものであったので、惜しい。
以前の照明は、1基につき4灯の花形の灯具がぶら下がっていた。「すずらん通り」にちなんで、スズランの花がモチーフ。
照明、時計とも、柱は抹茶のような緑色。僕は、三丁目橋には「白と緑」のイメージがあったのだが、親柱・桁と照明・時計の影響だったようだ。


全体を通してみると、架けられた時期がバブル最盛期であったことを裏付ける、まさにバブリーな橋であったかもしれない。今の姿が、これからさらに何十年も使い続ける三丁目橋にふさわしいとは思う。
一方、三丁目橋が架け替えられた当時は、すずらんの照明や新しい橋への期待(先代の橋は太鼓橋の欠陥構造物だった)から「別称「すずらん橋」とも呼ばれ」たらしい。(秋田県広報誌「あきた」336号1990年5月1日)僕は聞いたことはないけれど。
ここが秋田市を代表する街・川反の一角であり、「すずらん橋」とさえ呼ばれていたのなら、スズランを跡形もなく消し去ってしまっていいのかとも思う。
石畳舗装をするくらいならば、路面にスズランの柄を入れるとか、高欄や親柱・橋名板にスズランのレリーフなどを付けるとか、そういう形でスズランを残すこともできたのではないだろうか。


【4月8日追記】4月8日付 秋田魁新報 秋田市地域面に「スズラン形の街灯ひっそり消えゆく」が掲載。ネット版限定記事としては3月下旬からアップされていた。
商店会が設置管理する、道路部分のスズラン形街灯が、老朽化でなくなった(※)こととともに、三丁目橋にも触れていた。秋田市道路維持課のコメントとして「さまざまなメーカーに新しくスズラン形の街灯が設置できないか問い合わせたが、良い返事は得られなかった。今後の維持管理費を考え」て、汎用品としたとあり、秋田市としては、いちおう努力はしたようだ(街灯がダメなら銘板とか路面とか高欄とか、思い至らなかったのか)。

※商店会の街灯は、故障と落下等のおそれがあり、2021年末にシンプルなLED街灯に交換。ただし、点灯しない状態の、部分的にスズランの形を留めるものが6つ残っているとのことで、紙面の「姿を消した(なくなった)」は若干、気が早いかも。
沿道の店舗の中には、LED化で明るくなったと歓迎する声、特に感想はないとの声もあり、地元の人たちがそれでいいのならば、もういいのかもしれない。

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2 コメント

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車を使いにくい橋 (FMEN)
2022-03-24 20:40:53
車で渡るには申し訳ないような。
時計がなくなったのは残念です。
街の時計がどんどん減らされてる感がありますが、携帯のバッテリーはみんないっぱいですか?と。
通町のアパートにも時計付きがありましたし、市民市場の魚屋にもデカい時計をみせてる場所がありまして。


ただ、先代が秋田市最低の太鼓橋だったため、あれに比べたらましという世論がありそうです。
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あえて通りづらく? (taic02)
2022-03-24 21:04:55
車道を石畳風にする意味が分かりませんが、なんとなくスピードを出しづらくさせる作戦でしょうか。
だったら、その先のすずらん通りや四丁目橋の通り(あっちほうが歩行者は怖い)でもやってほしいものです。

時計を設置する側には、費用ばかりかかってメリットがないのでしょうね。昔は、直接商売につながらなくても通行人の役に立てば何よりと考えるのが普通だったのでしょう。
たしかに街なか、駅へ向かう道すがらなどには、もっと時計がほしいです。
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