田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

神の○○

2013年07月11日 | 宗教その他
 いつも読んでるブログのタイトルに『神の目』というものがあった。作家は、神の目から見えるかのごとく、あれこれ言うことに、怪しさを感じているのだ。私も同感であるが、スピリチュアルを疑わない人達には、神の目は見えるかもしれないが、私には見えないし、万一見えたとしても、幻覚であろう。
 いつも流し読みするニュースに『神の舌』というのもあった。神の舌を持つと言われている美食家が、飲食店の将来を予想したらしいが、神の舌を持っているなら、「美味い」「不味い」で良いだろう。物足りなければ、「塩は○○産にすると、いっそう美味くなる。」なんて言って欲しい。
 店なんて、どれだけ美味しくっても、客層で潰れることもある。私が知っていた、知る人ぞ知るモツ鍋屋さんは、いつもサラリーマンで満席だった。ある年、TV界でモツ鍋ブームが起こり、若い女子が訪れるようになり、客層が変わった。常連客は来なくなった。あっと言う間にブームは去り、店は閑古鳥が鳴いた。訳が分からぬまま、老店主は店をたたんだ。神の舌など大きなお世話、美味いものは、理屈ぬきで美味いのだ。
 ならば『神の耳』を検索すると「エシュロン- Wikipedia 」がひっかかった(※AVG Secure Search検索)。エシュロンってアメリカ軍の通信傍受システムなのだが、Wikiの本文中に「神の耳」なる言葉は無かった。検索で引っ掛ける、さすがAVGは神の耳だ、声無き声を聞いたからね。いっそ「悪魔の耳」の方が当てはまりそうだ。日本では「地獄耳」って聞くよね。
 そういえば昔々『神の手』なるものがあったな。アマチュア考古学研究家のF氏がやらかしてしまった、旧石器捏造事件である。彼は名声や富を求めたのではないようだ。嘘も言う自分を、ただただ信じて欲しかったのだろう。彼にとって、嘘も真実であり、人の注目を集めるのが喜びであったのだろう。彼は考古学ではなく、宗教を選ぶべきであった、それも生き神様として。
 見てきた『神の目』『神の舌』『神の耳』『神の手』は自らが、神がかり的な能力を持つと言いふらしたり、もしくは言わせたりしている。または、誰かが「気をつけなされ。」と注意を促すために、揶揄的に言ってくれているのであろう。私たちが、もし神の能力などと聞いたり、聞こえたら、まず疑うことから始めても、決してバチは当たらないだろうよ。
 サッカーを愛す少年達よ『神の足』だけはズバリ凄い!。練習してオジサン達の目を楽しませてくれ。くれぐれも『神の手』のゴールは反則だぞ。手でゴールしてしまったら、レフリーに申告してくれ。
 オジサン達よ、世に疲れたら『神の○○』で検索してくれ。ゴマンといらっしゃる。地球上の神々を見るだけで、何かしらの救いが得られる気分に浸れる。気分だけでも良いではないか。騙されるよりはマシだ。


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