田神六兎の明るい日記帳

田神六兎の過去、現在、そして起こるであろう出来事を楽しく明るくお伝えします。

怪しいゆうメール

2017年03月30日 | 宗教その他
 ごみ捨てから帰った妻が「こんなの入ってた」と透明な封筒に入った本を差し出した。宗教本のハードカバーである。私の事務所名に続き経営者様とある。この手の宗教には無性に腹が立つ私だ。開封する気にもなれず「勝手に送りつけやがって!!取りに来い」と。だが、電話するのも億劫だ。そうだ『受取拒否』で送り返そうと思いたった。
 
 ところで『ゆうメール』は送り返すことができるのか、ふと疑問に。宅配会社のメール便は郵政省とは無関係、送り返すとしたら発送元もしくは宅配会社に持ち込まねばならぬと思う。間違いなくゆうメールだから受取拒否できる。ネットで検索したらこんな記事を見つけた。
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●福の科学に連絡をするのはめんどくさい。●福の科学にまったく興味がない。本は処分して大丈夫か?。本代の請求はあるのか?。今後、幸福の科学から勧誘などが来るのか?、来たら正直言って怖い。知っている人教えてください。

受け取る理由が無い事、迷惑である事を同封して着払いで返送した方が良い。自分の意思を伝えておかないと、今後益々エスカレートするでしょう。早めにそれを断たねば面倒になる。「●福の科学」の著書なんて会社経営には役立ちません。経営が思わしくない時、心の隙間に入り込んで来る事も有ります。君子危うきに近寄らず。

無視が一番良い。送り返すと逆に狙われる可能性がある。律義で真面目な人だと思われる。普通な人は本を捨てます。

迷惑メールは無視が一番良いと聞きます。返って連絡すると逆に狙われると聞きます。

本を勝手に送ってくるだけで、勧誘などもないみたいですので、とりあえず本は破棄した方が良いと思っています。

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 当たり前の話だが、本を送り返すことで、人の性格が見透かされるのは確か、さすがに宗教だ。ずい分前のことになるが、各家を訪れ宗教の勧誘をする某キリスト教原理主義に、懇切丁寧に常識を教えていた自分が見えた。
 
 それにしても一体何冊配布したのだろうか。選挙資金もかかるだろうし、なぜあんなに大きな金が準備できるのだろう。先日も若いタレントが出家すると言っていた。なにやら怪しげな恐ろしい宗教だ。
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しきたり

2016年08月10日 | 宗教その他
 使い慣れた言葉の「しきたり」ですが、いままで語源や意味、漢字など考えたことがありませんでした。ネットで、しき(仕来)る 昔からの習慣、ならわしのこととありました。
 
 今朝のネット記事『古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない!』を読みました。しきたりは昔からのことだから、あえて古いしきたりと言わなくてもよさそうですが、否定的な意味を込めて、古い考えを捨て去りたい、強い意志と読めました。
 
 お墓でお骨を入れる場所を納骨室とかカロートと言います。土中ですから暗くて寒々しいですが、人間の感情を当てはめ「暗くて汚くて、こんなところに入るなんてかわいそう」と考えるのはどうかと思います。私達が住む俗世は、陽の光が明るさと暖かさを与えてくれますが、陽の光が天敵な生き物もいます。現に近ごろの健康志向は、できるだけ陽の光を避けるように言われています。ほんの少し前の時代は、紫外線をいっぱい浴びて風邪をひかない体を作ろうなんて言われていました。これもしきたりなんですよね。体の弱かった私など、無理やり日光浴させられた思い出があります。
 
 記事は寺への不信感、すなわち宗教への不信感にも通じるものがあります。先日エジプトの若者に無神論者が増加している記事も読みました。時間を見つけて、一つ一つ詳しく考えようと思います。

最悪のお葬式

2016年03月08日 | 宗教その他
 「親の葬儀について考える」の最終回です。ブログを始めるきっかけにもなった、最悪のお葬式について書きます。
 
 私は顧客の求めに応じて、業務を請負うことをしてきました。サラリーマン時代の顧客は、いわゆる大口顧客で、地元では有名な人達でした。お付き合いが増えるに従い、お葬式に参列することが多くなりました。ほとんどが仏式でしたが、古式な葬式もありました。暗闇の中で、蝋燭の灯りだけのお式もありました。一種異様、しかし荘厳な雰囲気でした。
 
 会社は共同経営方式でしたので、3人の社長に仕えるようなものでした。上司の父母がお亡くなりになれば、お葬式の手伝いも、数多く経験いたしました。また、そんな知識がありましたので、自治会でも重宝されました。
 
 お葬式は宗派や地域によって違います。地域の重鎮に教えてもらったり、休憩時、喫茶店のマスターに聞いたりしました。さりとて、複雑なことは葬儀屋さんや、お坊様に丸投げしてもかまいませんでした。葬儀屋さんからは、その方がやりやすいとも聞きました。
 
 お葬式は、順序や手順が大切なことは言うまでもありませんが、何よりも残された遺族の、肉親を失った喪失感を荒立てること無く、黒子に徹すれば良いと教わりました。決して目立たず、面倒なことや力仕事を私達がおこなえば、遺族の方々は、少しは楽になります。そんな気持ちで働いたものでした。
 
 後日、遺族の方々から労いの言葉を聞けた時は、とても嬉しかったものです。そんな私が見た最悪のお葬式は、エホバの証人のお葬式でした。私の叔母、母の実兄のお嫁さんのお葬式を思い出すと、いまだに涙がでます。伯母さんは信者でもなく、ご主人も信者でもありませんでした。伯母さんに先立った伯父さんの葬儀は「お墓が無いから」「お骨を納めるところが無いから」「墓の守りをするものがいないから」などの理由で王国会館の葬儀でした。
 
 しかし、伯母さんの葬儀は惨めでした。近頃は下火になったアメーバブログ。元JWの人達は、お葬式には疑問を感じなかったのでしょうか。感じても言えなかったのでしょうか。それとも、私が見たお葬式は、私の地域限定なのでしょうか・・。どちらにしても悲しい出来事、二度と起こりませんように。

妻の実家の仏事

2016年03月06日 | 宗教その他
 今日は法事について。妻のご両親は2009年10月にお爺さん、その翌年8月にお婆さんが亡くなりました。世間で言う仲良しご夫婦でした。
 
 仏教は葬儀を終えても、初七日に続き、二七日など次々と法要が続きます。そのつど、お坊様がお経を読みに来訪されます。もちろんお布施が必要です。そして、法要の日取りはお坊様からお知らせがあるそうです。
 
 妻の実家のお嫁さんから、法要の日取りのコピーが送られてきました。始めの頃は、仏壇に手を合わせに行きましたが、回を重ねるごとに億劫になりました。出席者が減れば御佛前も減ります。お布施に足らねば、実家負担が重くなります。一般的にお坊様にお断りすることが難しく、ズルズル時が過ぎます。
 
 実家のお兄さんが「神道は良いねぇ、お金がかからなくって」と言われました。私は、柔らかい催促に聞こえ、法要の度にお布施の足しにと、御佛前を届けねばなりません。ですが、我が家の婆さまの葬儀に参列してくださり、神道は神主の指図だけで執り行われず、家族自らの意志が強いことを知ってくださいました。以後、仏事法要には行かなくて済みました。

 年忌法要の一周忌、一年違いでお亡くなりなったお爺さん、お婆さんの法事は二年連続となりました。さすがに三回忌ともなれば、いっしょに催しても良さそうなものです。しかしお坊様は収入が一回になりますから、決して良い顔はなさりませんが、これもサービス業の一環、しぶしぶ応じられました。しかし、妻の姉さまから「これではお爺ちゃん、お婆ちゃんが可哀想だ」との意見。法事も難しいものですねぇ。

妻の同僚のご両親の葬儀

2016年03月05日 | 宗教その他
 昨日に続いて親の葬儀について。K子さんは妻の同僚、彼女はご両親が高齢の時に出来た一人っ子です。ご両親は郊外で雑貨商と農業を営んでいました。K子さんはG市に新装開店した老舗百貨店に就職、ほどなくして結婚退職、男子を出産。しかし、妻の知らない理由で離婚。男の子を両親に助けられながら、結婚前の職場でパートとして働き、育てました。その子は数年前に大学を卒業、だが今は引きこもりがちだそうです。
 
 数年前、K子さんの母が認知症を発症され父が介護。Kさんの長男が介護と、農業の手伝いをしていましたが、ほどなく母は倒れ、お亡くなりになりました。父の介護の辛さを見ていたK子さんは、正直ホッとしたそうです。
 
 葬儀は、近所に住む多くの親戚の手前、出費を押さえることはできず、それなりの葬儀をしなければならなかったそうです。高齢な父が残されたのですから、老後資金を少しでも多く、父に残したかったそうですが、300万円を超えるお金がかかってしまったそうです。
 
 ほどなくしてお父さんの目の状態が悪くなり、半ば失明になりました。それでも、その他は健康でした。100歳を迎え、市のお祝いも受けられました。でもK子さんには「早う、迎えに来て欲しい。母さんに会いたい」と泣き言を言われ、ずいぶん辛かったそうです。K子さんは「母さんの葬式よりみすぼらしい葬儀は無理だけど、A子ちゃん(私の妻)がいう家族葬でも父は送れる」と親戚の手前と出費を考える毎日だったそうです。
 
 K子さんのように独り身ですと、何かと親戚の伯父さん達の意見を聞かねばならないそうです。「逆らうことはできないし、ましてお金の援助は受けられない」と。妻は「とても、家族葬などを勧めることなどできなかった」と私にポツリと言いました。
 
 K子さんのお父さんは104歳で亡くなられました。勤め先へ葬儀の連絡は『家族葬でおこなう』だったそうです。家族葬なら会社関係者は弔問しませんので、いつもと同じ勤務体制だったそうです。
 
 K子さんは忌引の休暇明けに、妻に「会社には家族葬って偽ったけど、私の親戚ではとうてい無理。結局、普通の葬儀だった。お母さんよりお金がかかったと思う。お父さんの本心じゃないと思うけど、伯父さんや伯母さんには逆らえないし・・」ということでした。葬儀は一族郎党の式典でもありますから、難しいですねぇ。