たびびと

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突然の伝言

2012年08月07日 | 特別記事
出張から帰った次日、いつものように職場に出勤する。
「これ、あなたに。電話があったわよ」
受け付けで仕事をしている秘書から1枚の紙を受け取る。伝言だった。

「緊急なので、今日、オフィスに来てください。アンジェラより」

「オフィスか…」
頭のよい彼女らしい伝言だった。

何かのときに備えて、彼女には自宅と職場の電話番号を教えていた。

でも一体何があったのか。


まさか、妊娠 ?? (なわけはない。心あたりになるようなことはしていないから…)




その日の夜、ナイトクラブでぼくを待っていたのは…



レストランでの食事。無邪気な姿に魅かれた。
それから何回か、アンジェラとの楽しい日々を過ごした。

1ヶ月が経過する。

グアテマラ省庁の組織を把握し、本格的な業務を開始。
全国各地への出張が続く。
膨大な報告書とデータの取りまとめを、日本の本部から急きょ依頼され、その対応に追われた。


クラブに行けない日々が続く。
1週間、2週間…

広がる人脈。順調な調査活動。順調な業務の一方で、グアテマラ人との心のつながりを感じることができなかった。
なぜかはわからない。自分がグアテマラ人に受け入れられていないような感覚がある。心の奥底で拒絶されているような感じだ。

彼らに原因があるのか…
あるいはぼくの心の中にある…


アンジェラとホンジュラスの話がしたかった。


そんな日々をすごす中、職場の秘書から伝言を受け取った。


伝言の日付は1日前。
その日、平日ではあっが、ナイトクラブに行くことにした。

仕事は忙しかった。でも、彼女が職場に電話をしてきた。伝言まで残した。よほどのことに違いなかった。




夜9時。いつもの時間にいつもの席に着き、いつものソーダを飲んでアンジェラを待つ。
5分が過ぎた。彼女は来ない。




店内をぐるりと見渡す。アンジェラを探す。
彼女の姿は見えない。

「まだ時間が早いのだろうか。控室か家にいるのかもしれないな…」

ボーイがぼくに気づいて、近づいてきた。

「アンジェラを探してるんですね」
「ええ」

「彼女は今日の朝店を去り、ホンジュラスへ帰りました。しばらくもどらないと言ってました」
「えっ…」


自分の耳を疑った。

「アンジェラだよ」
「ええ、アンジェラです」

突然のことに返事ができなかった。
様子を察した彼は、何事もなかったように、隣のテーブル磨きを続けた。




まさか急にホンジュラスに帰るとは…

会えなかったこの一ヶ月に何かあったのだろうか…


グアテマラで出会ったホンジュラス人。
彼女と話をしている時間、この国での厳しい人間関係のことを忘れることができた。あたたかなホンジュラスの風に包まれていた。優しさと思いやりに満ちた彼女の心から特別な何かを感じていた。

かたい絆が芽生えたと思っていた。
だから、少しの間会えなくても平気だと思っていた。

そう思っていたのは、ぼくの方だけだったのかもしれない…
いや、そんなわけはない。彼女の微笑みと、抱きしめられたときに感じた愛情は、一線をこえたものだった…



「もう会えないのか…」

田舎の住所、電話番号は聞いていなかった。


彼女と会えないことよりも、ホンジュラスとのつながりが切れたことがぼくにはショックだったのかもしれない。


グアテマラは数年前まで内戦があった国。大勢のスパイがいた。密告があった。大量虐殺もあった。だから、人は人を信頼しない時期があった。

内戦が終結した今も、心の奥底を閉ざしてしまっているように思えた。みな、死ぬ思いをして危険をくぐり抜けてきた。身の安全のためである。

「はい内戦終了です。みんな仲良くしましょう。信頼しあいましょうね」
とはいかなのだろう。

苦い思いをしてきた彼らは、政治にも100%の信頼をおいていない。外国人のぼくに対しても…

思いっきりグアテマラ人の中に飛び込み、信頼関係をつくろうと努力しても、自分が拒否されている…そんなしんどさを、日々感じていた。苦しかった。

ホンジュラスのオープンな雰囲気がなつかしかった。
自分を表現できたなつかしい日々を思いだす。

そんな中、ぼくが最初に魅かれたのは、やはりホンジュラス人だった。
こんな心の中を察して、アンジェラは、ぼくのテーブルを選んだくれたのかもしれない。




短い間の小さな恋が早くも終わった。




その後も、時々、Le clubをのぞいてみた。
彼女が再び帰ってきて仕事をしていることを期待しながら…


彼女を探して、他のナイトクラブものぞいてみた。


彼女の長い髪の後ろ姿を再び見ることはできなかった。




コパンルイナスの田舎で、母親とのんびりすごしていのだろうか…
あるいは、また、どこかのクラブで踊っているのだろうか…




どこかの国で、のある日突然、また声がかかるかもしれない。

「となりに一緒に座ってもいいかしら」