稲扱の姥もめでたし菊の花 芭 蕉
『笈日記』などによれば、近江国平田の明照寺(めんしょうじ)に門弟の李由をたずねる途中、服部某に案内されて、付近の北村某の家を訪ね、宿したときの作である。
その家の庭先に咲く菊と、その傍らで稲扱(いねこき)をするすこやかな老媼とを結びつけて、挨拶の意をこめて詠んだものである。
菊の花は、例の、南陽県の甘谷の下流の水を汲むと長寿を保つ、と言う中国の故事もあって、めでたい花とされる。菊と長寿を結びつけた発想は、俳諧としてはむしろ陳腐なものである。けれども、この句では長寿延齢の縁が一句の裏にひそめられてしまって、菊そのものが旧家の庭先の生きた姿としてとらえられている。
「稲扱」・「菊の花」ともに秋の季語。ここでは「菊の花」が主としてはたらき、菊そのものの感じを生かしている。
「庭先には齢(よわい)を延べるという菊の花が咲き匂い、それにふさわしく
稲扱の老媼(おうな)がすこやかに働いていることよ」
他言せぬ菊人形の遠目かな 季 己
『笈日記』などによれば、近江国平田の明照寺(めんしょうじ)に門弟の李由をたずねる途中、服部某に案内されて、付近の北村某の家を訪ね、宿したときの作である。
その家の庭先に咲く菊と、その傍らで稲扱(いねこき)をするすこやかな老媼とを結びつけて、挨拶の意をこめて詠んだものである。
菊の花は、例の、南陽県の甘谷の下流の水を汲むと長寿を保つ、と言う中国の故事もあって、めでたい花とされる。菊と長寿を結びつけた発想は、俳諧としてはむしろ陳腐なものである。けれども、この句では長寿延齢の縁が一句の裏にひそめられてしまって、菊そのものが旧家の庭先の生きた姿としてとらえられている。
「稲扱」・「菊の花」ともに秋の季語。ここでは「菊の花」が主としてはたらき、菊そのものの感じを生かしている。
「庭先には齢(よわい)を延べるという菊の花が咲き匂い、それにふさわしく
稲扱の老媼(おうな)がすこやかに働いていることよ」
他言せぬ菊人形の遠目かな 季 己