壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

蕎麦の花

2009年09月08日 16時26分22秒 | Weblog
        雲の上に乗りたる声や蕎麦の花     稚 魚

 わが師、岸田稚魚先生の句である。
 いま、信州では、白い蕎麦(そば)の花が盛りだという。連日、観光客の歓声が、雲の上までひびいているのではなかろうか。
 蕎麦は、タデ科の一年草で、原産はアジアの北部。日本へは十世紀ごろ朝鮮を経て渡来したといわれている。食用として、涼しい気候の山地などに栽培されるが、痩せ地でもよく育つという。
 栽培する時期によって、秋蕎麦と夏蕎麦にわかれるが、秋蕎麦の方が多く作られるので、秋の季語となっている。
 茎は高さ30~60センチ、淡緑色で節は赤みを帯びている。葉は、心臓形で先がとがっている。花は葉腋から出た茎の先に、短い総状に白い五弁の小花をかたまってつける。まれに薄紅色の花もある。
 花の後の実から蕎麦粉を作り、実の殻は「そばがら」といって枕につめて利用される。

          伊勢の斗従に山家を訪はれて
        蕎麦はまだ花でもてなす山路かな     芭 蕉

 遠来の斗従(とじゅう)らを迎えて、はずんだ心のままに発想されたものであろう。歓待の心を蕎麦に託し、蕎麦を擬人化して、蕎麦が花でもてなす、という発想をとっている。そこが機知に富んだ即興の挨拶句になっており、伊賀の山中、山麓を覆う蕎麦の花の白さを眺めわたしている主客の座が、想像される作である。
 
 『笈日記』伊賀部、九月二日の条に、
    「支考は伊勢の国より斗従をいざなひて伊賀の山中におもむく。(中略)
     三日の夜かしこに至る。草庵のまうけも、いとどこころさびて」
 として掲出されている。

 「斗従」は、伊勢の俳人で、支考門と思われるが、詳しい伝はわからない。
 「山家(やまが)」は、芭蕉が伊賀上野の生家をさして、しばしば用いた語である。
 「花でもてなす」とは、まだ花をつけていて、実を粉にして食用にするまでには、なお間があることをいったもの。
 「蕎麦の花」が季語で秋季。蕎麦の花の飾り気のない感じが土台になって、山中歓待の気分が、即興風にかろがろと生かされた発想である。

    「遠路お越しいただいて、早速、新蕎麦でも打っておもてなし致したいの
     ですが、ご覧の通り、蕎麦はまだ花をつけている頃なので、それもかな
     いません。せめて、山路の蕎麦の花の風情を味わっていただきたいもの
     です」


      日本橋ここ茅場町 蕎麦の花     季 己