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★大組みさんは何でもできた=「北海タイムス物語」を読む (129)

2016年06月26日 | 新聞

(6月22日付の続きです。写真はイメージです。本文と関係ありません)

小説新潮に、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されている。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人がいたので、札幌の北海タイムスに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語@新聞記者編ともいえる同小説に注目——の第129回。

【小説「北海タイムス物語」時代設定と、主な登場人物】
1990(平成2)年4月中旬。北海タイムス札幌本社ビル。
▼僕=北海タイムス新入社員・野々村巡洋(ののむら・じゅんよう)。東京出身23歳、早大卒
▼萬田恭介(まんだ・きょうすけ)=北海タイムス編集局次長兼整理部長。青学英文科卒45歳
▼清國(きよくに)さん=北海タイムス制作局員、元・活版部職工


【 以下、小説新潮2016年1月号=連載④ 468ページから 】
壁の棚に向き合って、すぐに二つの活字を抜き出した❶。
「ほれ。俺ももうすぐ定年だから、いま若いやつらにこうやって名前をプレゼントしてるんだ。ずっとタイムスを愛してくれるように❷な。頼むぞ」
にこにこしながら差しだした。
「あ、いや。いりません……」
「遠慮するな。いいから持ってけ」
「いや、本当にいりません……」
僕はこの会社を愛したりできない——。

( 中略 )
「清國さん、これありがとうございました。大切にします」
「ああ、こっちこそありがとよ。大事にしてくれ。俺が引退しても、これ見てときどき思いだしてくれ」
萬田さんが歩きだした。
気まずい空気のなかで僕は後ろに付き従った。
「すみません……」
萬田さんの背中に小声で謝った。
「気にするな。若いときにはいろいろ間違えるさ
❸」
萬田さんが笑顔で振り返った。



❶すぐに二つの活字を抜き出した
小説の作者・増田さんの描写は細かい。
「すぐに活字を抜き出した」ところから、
活字棚に「巡」「洋」2活字がどこに配置されていたのか清國さんは分かっていた
➡︎清國さんは超ベテラン活版職工
だったことを知らせている。
清國さんは文選にもいたのかもしれないが、植字・大組みのかたでも、よく使われる活字配置は知っていたのだ。
*ということは大組みさんはオールラウンドだったのか
▽文選(ぶんせん)=一瞬にして、千手観音のごとく数千にもおよぶ活字棚から字を拾えるけど、組めない
▽植字(しょくじ、ちょくじ)大組み=ピンセットで鉛活字を差し替えたり、小組みをしたりしながら、欠字(けつじ=傷ついた活字、ハネが欠けた活字)や拾いわすれた活字を棚に行って自分で拾っていた
——ので、大組みさんは活版マルチ職人だったようだ。

❷ずっとタイムスを愛してくれるように
清國さんは北海タイムス活版ひと筋・勤続42年(推定)の大ベテラン鉛活字職人。
ところが一夜にして職場から鉛活字が消える、というCTS(コンピューター組み版・編集)を体験した。
最後の活版職人、清國さん。
鉛活字と自分を育ててくれた「北海タイムス」に愛着があるのだろう。
あるいは、芳しくない経営状況から数年後のタイムス破綻もうすうす察知していたのかもしれない。

❸萬田さんの背中に小声で謝った。「気にするな。若いときにはいろいろ間違えるさ」
「間違える」は、小説主人公・野々村くんが記事の出稿を忘れ、夕刊が大幅降版遅れになってしまったこと(→5月19日付No.103みてね)。
そう! ドンマイドンマイ!野々村くん。
萬田部長の言うように「若いときにはいろいろ間違える」もの。
(30過ぎて間違えるのはいかがなものか、だけど笑)
なにごとも経験。人生に無駄なしなのだ。

————というわけで、続く。

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