Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「少年キム」 ラドヤード・キプリング著(斎藤兆史訳)晶文社

2009-02-13 | 外国の作家
「少年キム」 ラドヤード・キプリング著(斎藤兆史訳)晶文社を読みました。
「ジャングル・ブック」などの著書で知られるノーベル賞作家、キプリングの最高傑作といわれる作品。とっても面白かったです!

舞台は19世紀末のインド。キムは貧しいイギリス人の子として生まれ、やがて孤児になります。
あるときは裏町のヒンドゥー小僧。あるときはエリートの英国少年。あるときは高徳のラマ僧の弟子。
イギリスとロシアの闇戦争(グレート・ゲーム・諜報合戦)を背景にした壮大な物語です。

こういう、「主人公が運命に導かれ、あちこちに行きいろんな人にあう」ドラマチックな物語、大好きです。
こういう小説をどういうジャンルでくくればいいのでしょう?単純な冒険物語でも、ロードムービーでも成長物語でもないし。キプリングはまさに「小説」を読む楽しみをたっぷり味わわせてくれる偉大なストーリーテラーですね。


「俺はいつも新しいものを見たいと思ってるんでね。」

街をすみずみまで知り尽くしたキムは、「みんなのともだち」と呼ばれ愛されています。

偶然行き会った「聖なる河」を探す老チベット僧のラマに心引かれ、彼についていく(というか、世間知らずの僧を世俗的なことはほとんどキムが助ける)ことになります。

「おまえが精霊のように思えるときもあれば、小鬼のように思えるときもある。」

生命力に溢れ、生き延びる知恵にたけたキムにラマは驚き感心し、次第に絆を深めていくふたり。

キムは運命の導きにより、自分の父親を知る軍に出会い、インドでは最高峰のイギリス的教育を受けられる聖ザビエル校に入学することになります。
そしてキムは次第に学校とは別に、諜報員としての訓練を受けるようになります。

好奇心旺盛で、さまざまな宗教、階級の人々の話し振りやしぐさを観察することが好きなキムは「なりすます」「入り込む」ことに天性の才能を発揮します。
では本当の「キム」とは誰?

「いや、俺はキムだ。この広い世界で生きている、ただのキムだよ。キムって誰だ?」
自分が何者かなどという、今まで思いもつかなかった問題を考えあぐねたすえ、彼の思考は大海に流れ込むように薄れていった。自分は、この猛り狂う嵐のような大インドの中を、神のみぞ知る運命に身を任せて南へ向かう、ひとりのちっぽけな人間なのだ。

そしてキムがであうさまざまな人々も個性的でとても魅力的です。
聖河を探す道中で出会った、懐の深い老婦人、クルの奥方。
ラマが経済的な支援を受けるときに「そうだ、彼女に功徳を積ませよう」とクルの奥方に世話になりにいくのが私の感覚で言うと「ずうずうしい」とも思うのですが・・・。これは「喜捨」の感覚がない日本人の感覚だからかな。
表向きは馬商人、裏ではスパイ活動を行っているマハブブ・アリ。 
宝石商かつ変装の名人ラーガン。
ハリー・バーブー(英語を話せるインド人紳士)はキムと大仕事をつとめることになります。 

さらに、この小説はストーリーが跳びぬけて面白いだけではなく、情景描写などもとても美しく、ため息がでるほどです。

「すでに太陽は、マンゴーの低い枝々の中に太い黄金の矢を差し込んでいた。枝々をかすめる音が蝙蝠の夜警のはじまりを知らせる。
あっという間に光が凝縮し、ほんのつかのま、人の顔、荷車の車輪、そして牛の角を血の色に染め上げる。
それから夜がとばりを下ろして、空気の肌触りを変え、青い薄絹のような霞で低く水平に国土の表面を覆い、焚き火や家畜の匂い、それに炭で焼いた小麦のパンの美味しい香りを引き出してくる。」

どの視点からみても面白いこの物語、これを読まないなんてもったいない!

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