Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「ムーン・パレス」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社

2005-07-14 | 柴田元幸
「ムーン・パレス」ポール・オースター著(柴田元幸訳)新潮社を読みました。
人類が始めて月を歩いた夏、主人公は唯一の血縁である伯父を失います。
主人公は人生を放棄し始め、餓死寸前のところを友人に救われます。
体力が回復すると主人公は奇妙な仕事を見つけます。そのうちに主人公は偶然に自分の家族の謎を知ることになります。

この作品は随所に「月」が登場します。表題は大学のそばの中華料理屋の名前。
伯父の参加するバンド、シラノドベルジュラックの月旅行、エフィングの友人の絵画、ラストシーンに主人公がたどりつく場所。
主人公は現実を生きながらもどこか月の住人のような、ほかの人と重力が違う場所を生きているような趣もあります。
全体を通じて感じたのは、いつもすれ違ってしまう人々の姿。
孫を知らずに死んだエフィング、父親の名乗りをあげた直後に死にいたるバーバー、そしてもっとも愛していたキティを取り戻す時期を逃した僕。
「現実は自分が聞きたいと思うときには違う言語でしゃべっている」という主人公のことばがそれを端的に表しているように感じます。
作者ポール・オースターはこの作品を「自分の初めて書いたコメディ小説だ」と語っているそうです。
確かにこの作品は思わず笑ってしまう場面もたくさんあってひきこまれます。
エフィングの食事風景や、バーバーの身なりなど。
主人公が極貧生活の中で卵を床に落とし、「大いなる太陽がたった今死に絶えたような思い」になるのは、かわいそうと思いつつつい噴き出してしまいます。
しかしこの作品はそれだからこそ全体を包むせつなさ、郷愁や切実さがきわだっているように感じます。登場人物たちがカラフルで、全体的には不思議な透明感がある・・・。
面白くて、かなり私好みの作品でした。