木曜,講義を終え,冷水先生に五位堂まで送ってもらい,走り走り改札へ。
なんとか電車に間に合う。
感謝。
30分遅れで日本認知運動療法理事会に。
いろんな問題が発生しているように思えるが,それがどうもグレーになりつつあるように感じる。
理事は裏方の仕事であること忘れてはならぬ。
他者のために,どのような世界を作るかということを,自らのやるべきことにメタ認知をきかせて行動していきたい。
その後,懇親会に。
久しぶりに,フランカに再会。
イタリア式挨拶後,早速,ファミリーの心配をしてくれる。
もう10年にもなるね。
スキオ病院にいってから。
月日は早いものだ。
その日は比較的早く??ホテルに帰り着く。
翌朝,池田先生とcafeをし,会場へ。
思ったよりも,まずまず。
という感触だ。
やりすぎない,ということはコースなので必要。
学会ではないので。
しかし,シミュレーションの重要性は感じた。
フランカの講義は,まず基本を押さえてくれた。
彼女からは,そろそろ日本から発信するということを切望されているし,基礎科学者に臨床研究の成果を渡すことも求められている。
そろそろ,その世界に向けて発信して行こうと思う。
レセプションでは,皆さんと懇親。
180名ぐらいの懇親はいつもながら圧倒される。
今年のコースは200名以上の参加なので,「あれいたの」という時間が多かった。
1時過ぎにホテルに帰り,仮眠をとり,6時にホテルを出て,島根に向かう。
出雲空港に到着する。
旧姓吉田さんに迎えられた。
もう卒業式以来??
あいかわらず,独特の空気を持っていた。
島根のゆっくりとした時間にマッチしているようだ。
島根学会の会場に到着し,小川先生たち迎えられる。
早速,講義のスライドを修正し,少し食事をとりながら,現況をきかせてもらう。
講演スタート,学会講演では異例の長さの3時間であった。
最初1時間過ぎの講義は,理学療法士に必要な運動の認知的制御,脳の可塑性の講義であったが,少し難しいような感触を受けた。
科学言語,脳の基本的な知識がないのかもしれないな。
内の大学の生理学も,今は血液生理学が中心だから,4つの葉なんか知らなかったもんな。
来年は神経生理も充実すると思う。
教員に左右される。
そのバイアスがいつまでも脳を洗脳する。
ガッコウで習ったことをすべて忘れることが学習なんだ,シンポなんだ。
それに出会うために知識を注入する。
それがガッコウなのかもしれない。
いずれにしても,身体・精神経験が介在した・・・そう,すべては脳からはじまる。
夜は懇親会兼忘年会?に参加。
アットホームな空気が流れる。
佐世保の全研のレセプションのとんでもない逸話を聞いているので,そんなたぐいの話が地方では蔓延しているのではないかと,いやな推測がよぎったが,特になかった。
なぜ,このような診療報酬体系になったのか,地方士会の役員の諸君もよくよく考えないといけない。
あなたたちの仕事ですよ。
役員というのは,何なのか,今一度意識にのぼらせていただきたい。
自己と他者。
逆境こそが生き物を進歩させる原動力である。
ホモサピエンスでしょ。
島根の同志たちと二次会をした。
いろんな話をもっとしたかったが,さすがに三連ちゃんなので,11時過ぎにホテルに帰してもらう。
意識を失うように寝ることができた。
最近,見当識が鈍く,起きた時に,今どこにいるのかが不明になる。
よく本のサインも間違う。
2005年の時にも2007年と書いたし,昨日もそうかいたような気がする。
それに,とにかく日付がわからん。
自分にとってその情報は必要なく,打ち消しているんだと思う。
また2週間後のことをいわれても,わからんという自分がいる。
2日後ぐらいが限界だな。
いずれにしても,人間らしさを失いつつあるので,年末には一度リセットしようと思う。
朝起き,島根の認知のメンバーに空港まで送っていただき,お土産までいただき,そして,わざわざオアシスまでかけていただき,・・・感謝します。
最近,送り迎えの車ではいろんなUKが聴くことができる。
飛行機内では意識をいつもなくす。
たまに,まだ滑走していないの?と思う時も多々ある。
滑走する前に意識をなくすということだ。
けど,今日は前の乗客の方が日本経済新聞を読んでいて,自分の顔が新聞に出ていたので,びっくりして,そのまま目が開いていた。
昨日の朝日,読売には出ているのは知っていたが,まさか日経まで・・・
家に帰ると,毎日にものっていたのを見た。
産経にも出ていたようなことを聞いた。
大学院よろしくお願いします。
9時の飛行機に乗り,急ぎ急ぎ,またもやアドバンスの会場へ。
早いお帰りだね,とみんなに言われ,フランカの講義を聞く。
内容はある程度基本に忠実だから理解することができる。
しかし,いいことをいう。
中村さんがイタリア語で理解したいと思うのもわかる。
翻訳されても,あんなにいい言葉なら,直なら心動かされると思う。
それだけ,言葉を選びながら講義をしている。
まくしたての僕の講義とは大違いなんだ。
そのクオリティを感じる。
この数日,大阪~島根~大阪のロードで,いろんな感じをいだいたが,人間というものは実に自分の履歴文脈に生きたいんだということをつくづく感じた。
自分の思いはあろうかと思うが,場の精神,そして,そこでの言葉を選ぶということは大切なことなんだ。
それは余裕から生まれる。
余裕がない人間は自分を押し通す。
それは,この同時期に,高知で開かれているある講習会にもそう思う。
人間とは弱いものだ。
しかし,弱いから他者の意識や感情が必要なんだと思う。
リセットするということは重要だ。
ただし,真実はどこにあるか,僕はそろそろ,いやこの年になってやっと気が付いてきた。
10年後には,また違う自己意識が発生すると思うが,真実は曲げない。
帰宅し,「巧名が辻」が最終回なので見た。
最後の場面は高知市長浜の海だった。
毎日,それを眺めていた。
それにしても美しい。
志が沸いてくる。
明日は仕事ですね。
9月からず~と働き尽くめだが,私の時間を年末までには1時間でも作ってみようと思う。
次を創造,思考するためにも。
なんとか電車に間に合う。
感謝。
30分遅れで日本認知運動療法理事会に。
いろんな問題が発生しているように思えるが,それがどうもグレーになりつつあるように感じる。
理事は裏方の仕事であること忘れてはならぬ。
他者のために,どのような世界を作るかということを,自らのやるべきことにメタ認知をきかせて行動していきたい。
その後,懇親会に。
久しぶりに,フランカに再会。
イタリア式挨拶後,早速,ファミリーの心配をしてくれる。
もう10年にもなるね。
スキオ病院にいってから。
月日は早いものだ。
その日は比較的早く??ホテルに帰り着く。
翌朝,池田先生とcafeをし,会場へ。
思ったよりも,まずまず。
という感触だ。
やりすぎない,ということはコースなので必要。
学会ではないので。
しかし,シミュレーションの重要性は感じた。
フランカの講義は,まず基本を押さえてくれた。
彼女からは,そろそろ日本から発信するということを切望されているし,基礎科学者に臨床研究の成果を渡すことも求められている。
そろそろ,その世界に向けて発信して行こうと思う。
レセプションでは,皆さんと懇親。
180名ぐらいの懇親はいつもながら圧倒される。
今年のコースは200名以上の参加なので,「あれいたの」という時間が多かった。
1時過ぎにホテルに帰り,仮眠をとり,6時にホテルを出て,島根に向かう。
出雲空港に到着する。
旧姓吉田さんに迎えられた。
もう卒業式以来??
あいかわらず,独特の空気を持っていた。
島根のゆっくりとした時間にマッチしているようだ。
島根学会の会場に到着し,小川先生たち迎えられる。
早速,講義のスライドを修正し,少し食事をとりながら,現況をきかせてもらう。
講演スタート,学会講演では異例の長さの3時間であった。
最初1時間過ぎの講義は,理学療法士に必要な運動の認知的制御,脳の可塑性の講義であったが,少し難しいような感触を受けた。
科学言語,脳の基本的な知識がないのかもしれないな。
内の大学の生理学も,今は血液生理学が中心だから,4つの葉なんか知らなかったもんな。
来年は神経生理も充実すると思う。
教員に左右される。
そのバイアスがいつまでも脳を洗脳する。
ガッコウで習ったことをすべて忘れることが学習なんだ,シンポなんだ。
それに出会うために知識を注入する。
それがガッコウなのかもしれない。
いずれにしても,身体・精神経験が介在した・・・そう,すべては脳からはじまる。
夜は懇親会兼忘年会?に参加。
アットホームな空気が流れる。
佐世保の全研のレセプションのとんでもない逸話を聞いているので,そんなたぐいの話が地方では蔓延しているのではないかと,いやな推測がよぎったが,特になかった。
なぜ,このような診療報酬体系になったのか,地方士会の役員の諸君もよくよく考えないといけない。
あなたたちの仕事ですよ。
役員というのは,何なのか,今一度意識にのぼらせていただきたい。
自己と他者。
逆境こそが生き物を進歩させる原動力である。
ホモサピエンスでしょ。
島根の同志たちと二次会をした。
いろんな話をもっとしたかったが,さすがに三連ちゃんなので,11時過ぎにホテルに帰してもらう。
意識を失うように寝ることができた。
最近,見当識が鈍く,起きた時に,今どこにいるのかが不明になる。
よく本のサインも間違う。
2005年の時にも2007年と書いたし,昨日もそうかいたような気がする。
それに,とにかく日付がわからん。
自分にとってその情報は必要なく,打ち消しているんだと思う。
また2週間後のことをいわれても,わからんという自分がいる。
2日後ぐらいが限界だな。
いずれにしても,人間らしさを失いつつあるので,年末には一度リセットしようと思う。
朝起き,島根の認知のメンバーに空港まで送っていただき,お土産までいただき,そして,わざわざオアシスまでかけていただき,・・・感謝します。
最近,送り迎えの車ではいろんなUKが聴くことができる。
飛行機内では意識をいつもなくす。
たまに,まだ滑走していないの?と思う時も多々ある。
滑走する前に意識をなくすということだ。
けど,今日は前の乗客の方が日本経済新聞を読んでいて,自分の顔が新聞に出ていたので,びっくりして,そのまま目が開いていた。
昨日の朝日,読売には出ているのは知っていたが,まさか日経まで・・・
家に帰ると,毎日にものっていたのを見た。
産経にも出ていたようなことを聞いた。
大学院よろしくお願いします。
9時の飛行機に乗り,急ぎ急ぎ,またもやアドバンスの会場へ。
早いお帰りだね,とみんなに言われ,フランカの講義を聞く。
内容はある程度基本に忠実だから理解することができる。
しかし,いいことをいう。
中村さんがイタリア語で理解したいと思うのもわかる。
翻訳されても,あんなにいい言葉なら,直なら心動かされると思う。
それだけ,言葉を選びながら講義をしている。
まくしたての僕の講義とは大違いなんだ。
そのクオリティを感じる。
この数日,大阪~島根~大阪のロードで,いろんな感じをいだいたが,人間というものは実に自分の履歴文脈に生きたいんだということをつくづく感じた。
自分の思いはあろうかと思うが,場の精神,そして,そこでの言葉を選ぶということは大切なことなんだ。
それは余裕から生まれる。
余裕がない人間は自分を押し通す。
それは,この同時期に,高知で開かれているある講習会にもそう思う。
人間とは弱いものだ。
しかし,弱いから他者の意識や感情が必要なんだと思う。
リセットするということは重要だ。
ただし,真実はどこにあるか,僕はそろそろ,いやこの年になってやっと気が付いてきた。
10年後には,また違う自己意識が発生すると思うが,真実は曲げない。
帰宅し,「巧名が辻」が最終回なので見た。
最後の場面は高知市長浜の海だった。
毎日,それを眺めていた。
それにしても美しい。
志が沸いてくる。
明日は仕事ですね。
9月からず~と働き尽くめだが,私の時間を年末までには1時間でも作ってみようと思う。
次を創造,思考するためにも。