HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

ツケを払うのは人間。

2022-05-04 06:38:51 | Weblog
 先週の福岡は大型ショッピングセンターの開業に沸いた。福岡市博多区に誕生したららぽーと福岡と北九州市のスペースワールド跡地を再開発したジ・アウトレット北九州だ。2つともゴールデンウィークに合わせたオープンでもあり、どちらも多くの来場客で賑わったようだ。

 お目当てのメーンはららぽーとが「機動戦士ガンダムの立像」、ジ・アウトレットが世界中からゲームと遊具を集めた「アソブル」ではないか。すでに物販や飲食のテナントでは、既存の商業施設と差別化は難しくなっており、デベロッパーもそれを承知の上で、アミューズメントや学びの場を集客のカギにする。ららぽーとでは7月末には子供向けの職業体験パーク「キッザニア」が開業するので、その形はなおさら顕著になっていくと思う。

 ところで、これらの施設に隠れてメディアの扱いが地味だったものがある。前の週の4月20日、福岡県の宮若市にオープンした「トライアルGO」だ。こちらは全国に270店以上のスーパーセンター(スーパーとホームセンターを合体した業態)を展開するトライアルがデジタルトランスフォーメーション(DX)を取り入れた新業態である。



 わかりやすく説明すると、AIとIoTによって全てデジタルで完結させるスマートストア。今回の1号店はそれを実証する実験の場でもある。例えば、この店舗ではセルフレジでの24時間顔認証決済が可能になっている。これはあらかじめ買い物客が顔とプリペイドカード情報を登録しておくことで、決済時にカードの他にスマートフォンなど、現金の持ち合わせがなくてもスムーズに決済ができる仕組みだ。

 また、顔の他に身分証で生年月日を登録することにより、お客は決済時にレジカメラによる顔認証だけで成人確認がなされ、スタッフがいない夜間にも酒類を購入することができる。この仕組み自体が日本初のもので、公的な身分証で年齢確認がなされているので、法律上も問題ないそうだ。



 天井に設置したAIカメラが惣菜などの陳列棚を常時観察し、商品の売れ行きをモニタリングするシステムもある。そこで得られた売れ行きデータと商品周辺に置いた電子棚札とを連動させ、AIが判断して消費期限が近いものから自動で値下げ価格を棚札に表示する。

 

 通常、弁当や惣菜など消費期限が短い商品は夕方に値引きし、買い物客に安価で購入してもらうことで廃棄ロスを抑えている。ここでは従業員が商品に値下げシールを貼るなどの作業を無くしてに省人化を進める一方、商品の廃棄ロスをできる限り抑えて、価格をコントロールする。当然、浮いたコスト分は割引に反映することができる。

 ショッピングカートも優れものだ。手に取った商品のバーコードをカートの取っ手下部にあるカードリーダーにかざしてスキャンすれば、買い物の明細、合計金額が自動集計され取っ手に付いたタブレットに表示される。買い物途中でどんな商品をいくら買おうとしているのかがわかるもので、この店舗ではカート押して専用ウォークスルーレーンを通るだけで、プリペイドカードから自動で精算される。

 つまり、レジ要員さえ配置する必要がないのだ。買い物客もレジ待ちのイライラから解放され、決済で財布から現金やカードを出す手間もなくなる。この店舗に導入されたカートは新たに開発された次世代型で、小高齢者でも動かしやすいようにフレームは軽量化され、タブレット画面も解像度が上がり見やすくなっている。

 旧型のはカードリーダーにバーコードをかざした後、商品を持った手を外側に回してカゴに入れるものだった。新世代型は商品をスキャンすればそのまま下に置けるので、使い勝手も良くなっている。

 他にも商品のスキャンをし忘れると自動でアラームが鳴る機能や、AIが買い物客の購買履歴から最適な商品を勧めるレコメンド機能、その日に使えるクーポン配布機能がついている。もう、店長や売場スタッフがマイクの前で声を張り上げ、その日のお買い得品を叫ぶ時代ではないのである。


人間は最終的にどんな仕事に携わるか

 トライアルは、「AIとIoTの力で小売りを変える」を標榜する。トライアルGOはその第1弾になる。この構想は2020年9月、同社が宮若市と協定を結び、廃校となった小学校一帯を総事業費13億円をかけて整備した「リモートワークタウン・ムスブ宮若(MUSUBU AI)」を中心としてスタートした。

 ここでは東京に本拠を置く同社グループの情報システム開発会社Retail AI X、中国山東省のソフトウエア開発子会社から異動した技術者、さらに28のメーカーと1団体が一体となり、リテールDXのシステムやIoT機器の開発に取り組んでいる。

 他にもトヨタ自動車九州の施設を買い取った自社研修所、温泉旅館や古民家棟、秘書棟などを整備するなど構想計画は多岐にわたる。また、計画には別の小学校2校の廃校舎を改造したAIカメラの部品開発を行うAIデバイスセンター、衣料・雑貨を企画開発するファッションビレッジも含まれる。総事業費は50億円以上に及ぶもので、計画は実現に向け始まったばかり。宮若市がトライアルの企業城下町になる予感さえする一大プロジェクトだ。



 トライアルは次世代スマートストアのプロタイプを作り上げた上で、その形態で行けるとの手応えを得れば、出店のスピードを加速させていくのでないかと思われる。AIが商品の売れ行きや値下げを判断すれば、弁当や惣菜は何も店内で調理する必要はなく、他店舗から適宜配送すればいい。その分のスペースが必要でなくなるため、コンビニ跡地など比較的狭小な土地でも展開が可能になる。

 また、大型店を核にして、周辺に小型のサテライト店を展開することもできる。店舗ごとに弁当や惣菜の売れ行きがわかるので、製造や配送が効率化される。これまでの非効率でロスが多かったセントラルバイイング制を解消もできる。逆に寿司などでは人間の知恵と技を生かすことでより美味しいものを製造し、買い物客の来店動機にもつなげることもできる。

 もちろん、カメラやセンサーをすり抜けて買い物する客がいるなど、有人なら抑止力が働いていた行為への対策も進めていかなければならない。店舗に無駄な人員を置かない一方、人間は最終的にどんな仕事に携わるか。実験にはいろんなサブテーマも課されている。

 近い将来にはレジレス・フォーマットの実験がなされると思う。スマホにダウンロードしたアプリをタッチしてQRコードで入店し、あとは陳列棚から商品をピックアップするだけ。店を出る時、自動的にトライアルIDで決済され、スマホに電子レシートが送られてくる。トライアルの店舗でのショッピングスタイルがそうなる日はそれほど遠くないだろう。

 小売業界には「Zの法則」がある。商品を配置する際に主力商品を陳列棚の左上から配置するという原則だ。長年、業界はそれを真理として売場づくりや販売を行ってきた。しかし、カメラが棚を常時モニタリングする中で、もしお客様がその通りに商品を購入しなかったのであれば、AIはこの原則通りには判断せず、別の並べ方を指示するかもしれない。

 もし、AIの指示通りに陳列を修正し売上げが伸びるのであれば、トライアルが進めるリテールDXは小売業界の定説すら覆すということになる。AIとIoTの力で小売りを変えるとは、そういうことなのだ。

 同社がテクノロジーやIoT機器の開発に投資した額は莫大だと思う。他社にもテクノロジーや機器をサブスクリプションで提供しているのは、少しでも投資を回収する狙いだろう。さらに一連のハード整備には地元自治体が巨額の負担をしているわけだ。国の補助金が使われているとはいえ、それは税金なのだ。

 しかし、トライアルの決算を見ると、粗利益が極端に低下しているなどDXの本業への効果がまだまだ薄いことがわかる。これから投資を回収していく道のりは平坦ではなく、ツケを払うのは結局、お客さん。AIではなく人間なのだ。

 トライアルが導入したようなシステムやテクノロジーは、米国でもいろんな商業施設で導入されている。売場カメラが来場客の動きから買い物動向までをモニタリングし、AIがテナントの配置からMDまでの最適化を判断していく。そのデータは蓄積、分析されて、テナントリーシングの材料にもなる。

 SCは物販や飲食では集客が難しくなったため、アミューズメントや学びの場を集客のカギにし始めたが、日常の買い物レベルではシステムとテクノロジーによって求められる商品や価格などのが決定されようとしている。こうした破壊的なDXをアパレル小売りが取り入れるのはいつになるのだろうか。トライアルGOを見ながら、そんなことも考えてしまった。




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