HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

背景を語るアイテム。

2022-06-29 06:34:36 | Weblog
 ニューヨークから地元福岡に戻り、事務所を出した1990年代半ば以降、中心部天神に接する大名界隈では、ショップのオープンが相次いだ。天神に立ち並ぶ百貨店や都市型SCとは対照的に、通りを一本挟んだだけで街の風景は一変。大名エリアはストリート系ショップや個人オーナーが経営する店のメッカとなった。

 大小様々な業態の出店ラッシュを迎えたことで、以前から付き合いのあった業界メディアから「取材をして原稿をまとめてほしい」との依頼を受けた。記事を書いた各誌が発行された後、誌面で取り上げたショップが全国的に注目を浴びたことで、福岡のポテンシャルを全国に知らしめる一助になれたことは、今でも光栄に思っている。

 もちろん、ビジネスの世界だから浮き沈みはある。ファッションリーダーを狙ってあまりに尖った商品を扱うも1年持たなかったショップ。4年〜5年は維持できてもトレンド変化で撤退を余儀なくされたブランド店。コツコツと地道に商売を続けるところ等など。ネット通販全盛の現在でも実店舗の有り様は、それほど変わらないと思う。



 先日、業界とは全く関係ない話題(酔っ払いによる店舗への放尿)で地元メディアに取り上げられたのが、「真空館」だ。(https://sinkukan.com)こちらのお店は2000年頃に当事務所と同じ区画に出店されたので、雑誌の企画で取り上げたことがある。店主の田中裕二さんは元はアパレルのMD職だったが、藍染の魅力に惹かれわざわざ四国・徳島原産の「蒅(すくも)藍」の工程を学び、藍染デニムなどの製造販売にこぎつけた。

 その時、淡々と語っていただいた藍染の魅力や効能、それをデニムなどの商品に生かす利点は今でも鮮明に憶えている。



 「藍染は元々お百姓さんの野良着に使われたもの」

 「藍には防虫などの効果があったのです」

 「インディゴデニムも工夫たちの虫除けのためで、目的は藍と同じ」

 「葉藍を発酵させた蒅の染液に布を浸け、空気にさらすと藍色になります」

 「外国人は藍染をジャパニーズ・インディゴと呼びますが、私はジャパニーズ・アイだと」

 一般のデニムジーンズは、「ナフトール」といった下漬剤を付着させた後、顕色剤によって発色させる合成染色の一種。所謂、インディゴ染めと言われるものだ。こちらは染色のコストが低く大量生産が可能。また、藍のような天然染料に比べ不純物がないため鮮やかに染まり、着用した時の摩擦や洗濯により色落ちする。それがデニムジーンズの人気を支えてきた。



 一方、藍染はまずタデ科の一年草である「葉藍」を細かく刻んで発酵させ、蒅を作ることから始まる。これを灰汁などで溶かして染め液を作り、染める布を浸す。これを何度か繰り返すし、染めた布が空気に触れる=酸化することによってあの藍色になる。ただ、藍染は天然物の藍を使うので染め具合の調整に手間がかかるなど、熟練した職人技が欠かせない。

 藍は糸の奥まで染み込むので、時間経過によって深みのある独特な色が定着する。ジーンズのように穿き込んで洗濯を繰り返すと、次第にデニムが柔らかくなって色が落ち着き、肌に馴染むのが特徴だ。蒅自体は高価で染色に手間がかかるため、量産は難しく商品単価は高くなるが、それほど多く出回らないのが魅力でもある。

 それでも、真空館が20数年もの長きにわたり大名地区で運営できているのは、店主の田中さんが決してぶれることなく真摯に藍染を追求し、地道にコツコツと顧客づくりをしてきたからだ。そんなお店が門外漢の酔っ払いに汚されるのは何とも腹立たしい。


ビール製造の残渣を活用したジーンズ

 最近ではデニムの綿布そのものにもいろんな「素材」が使われるようになっている。従来は廃棄するしかなかった「残渣」を活用する技術が開発され、ビールの製造工程で出るモルトフィードやポップの茎や葉からデニム用の生地が作られている。それを商品化したのが、「黒ラベル・モルト&ホップス・ジーンズ」だ。

 その名の通り、黒ラベルを販売するサッポロビールがサトウキビの搾りカスでジーンズなどを製造する沖縄の「SHIMA DENIM WORKS」と提携して実現した。製造方法は以下だ。まず、麦芽の殻であるモルトフィードから和紙を作る。その和紙から糸を紡ぎ、デニム生地に織り込むというもの。このデニム生地は軽く、通気性も良いという。




 サッポロビールも同社の看板商品をジーンズに投影するだけに、企画には力がこもる。デニム生地はビールのイメージに合わせて黒みがった色に仕上げ、レザーパッチには星のロゴマークを刻印。フロントボタンにもサッポロビールの創業年である1876がデザインされている。黒ラベルジーンズはECのみの販売で、限定30着。4万1800円という高額にも関わらず、応募は約1600件にも達したという。

 応募できるは黒ラベルのファンサイト「CLUB黒ラベル」の会員のみだ。つまり、その狙いはこうだ。まず、サッポロビールはビール製造で排出されるモルト殻などを活用したアップサイクルへの取り組みを会員他にアピールする。加えてこうした活動をブランド戦略に組み込み、モルト殻を利用した希少ジーンズでジーンズマニアを黒ラベルのファンに取り込む。

 ビール会社なので、製造過程で廃棄せざるを得ない残渣の再利用は長年の課題だったはず。一方でジーンズに利用するにはまず和紙を漉き、それで糸を紡いでデニム生地に織り込むなど相当な手間を要する。SHIMA DENIM WORKSが製造に携わっているから技術的には可能だとしても、中小零細のアパレルでは事業モデル化するのは容易ではない。

 そこで、サッポロビールがアップサイクルとブランドマーケティングを連動させることで、残渣活用ジーンズの先駆者となる。価格は4万1800円と決して安くはないが、わずか30着に過ぎないロットを考えると、ビジネスとしてはとてもペイする価格ではない。おそらく価格が4万円台で収まったのは、マーケティングコストで吸収したと思われる。

 サッポロビールは、黒ラベルジーンズを量産、量販することは考えていないだろう。ただ、製造業として廃棄物や残渣が出ることは避けて通れず、それらを再利用することは企業の使命でもある。その点、ファッションアイテムなら多くの人々に認知されやすく、希少ジーンズならマニアには垂涎の的でコレクターズアイテムになる。量産で消費されるのではなく、希少価値を持ってレガシーとなれば、アップサイクルの啓蒙にも繋がる。

 アパレル業界は糸を紡ぎ、糸で織り編み、糸や生地を染めるなどの工程が商品づくりのベースにある。つい華やかなデザイナーズブランドに目が行きやすいが、こうした裏方の仕事があってこと商品は生まれていく。識者の中には、サスティナブルブランドは量産しなければ生き残れないと仰る方もいるが、何も市場の全てが量産、量販を求めているわけではない。

 真空館のように藍染のアイテムを20年以上にわたって手がけ、地道にファン客を獲得しているところもある。なぜ、それが可能だったのか。それは商品、ものづくりにある背景まで売ってきたからだ。量産、量販で価格を抑えた商品価値は、ズバリ「安い」だ。安さを求めるお客ならそれで十分で、背景に何があるかまで知ろうとはしない。しかし、マーケットは安さだけを求めていないし、それだけで成り立つわけでもない。

 それを「蘊蓄」の妙と言えば、いかにも短絡的でマニアの世界に限られてしまうが、普通の消費者でも商品の背景にあるストーリーに惹かれることはある。それが藍染だったり、モルトフィードを織り込んだデニムだったりだ。トレンドが目まぐるしく変わる中でも、根強く売れ続けるアイテムほど、ものづくりの背景が重要な価値となっている。欧米のラグジュアリーブランドがそうだ。

 いろんな材料を使うことで、繊維や染めにバリエーションが出て、アイテムの幅が広がることは、アパレル業界にとっても良いこと。何かにつけて批判されるSDGsやエコロジーだが、あえて意識するのではなく、従来は捨てられている物を単に利用して違った持ち味を引き出す。そんないたってシンプルでサイエンティフィックな創造性もあっていいんじゃないかと思う。
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