HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

愛されるのは「店」なのか。

2015-12-30 09:59:45 | Weblog
 あと1日で2015年が終わる。今年こそ、良くなる。良くありたい。と願いながら、むしろ悪くなっているような感じがする。

 そんなことを考えていると、とある老舗百貨店が広告代理店と仕掛けるネット記事が目を止まった。

http://www.advertimes.com/20151224/article211741/

 熊本に本拠を構える「鶴屋百貨店」が「電通」と組んで、「熊本一愛される店をめざして」をテーマに自己革新を共に歩むという企画だ。

 記事元は「宣伝会議」。メーンの読者は企画書を書くコピーライターや企業向けにプレゼンする代理店の営業だから、イントロから「伸びている企業の経営者のそばには、優れたクリエイターがいる」との煽りで、購読に誘っている。

 内容は地方百貨店が苦戦を強いられる中、鶴屋の経営者が電通の熊本支社長から渡された「コミュニケーションをデザインするための本」から、それまで気づいていなかった経営のヒントを見いだしたというもの。

 鶴屋側も成長を続けるためには、自己革新が不可欠と考えていたようだ。そこで、「百貨店業界にはない考え方を持つクリエイターの視点と手法で、組織を揺り動かしてもらうのが良いのではないか」と決断したと、記事は書いている。

 地方百貨店と代理店の関係。これは主に新聞広告やテレビCMでつながってきた。鶴屋も魔性の女優、斉藤慶子が国立熊本大学の学生時代に出演したことで、企業CMが話題になったことがあるが、基本的には同じ構図だろう。

 かつては高島屋系グループに所属していたが、競合店?の熊本岩田屋~県民百貨店が閉店したことで、伊勢丹系の全国デパートメントストアーズ開発機構(ADO)に加盟した。でも、全国的な知名度、ブランド力はその程度でしかない。

 ご多分に漏れずバブル崩壊の影響、大規模小売店法の改正、市場やお客といった外部環境の変化で、地方百貨店には代理店が仕掛けるマーケティングやマス広告が通用しづらくなっている。

 鶴屋から仕事を持ちかけられたクリエーターは、「この先50年、100年と事業を継続するために今何ができるのか」「そもそも地域の百貨店とはどうあるべきか」「鶴屋さんの期待に、何とか応えたいと思った」と語っている。

 それが「全社的な意識改革で、自由闊達で自己改革できる企業づくり」とか。社外の人間ながら「鶴屋イノベーション・プロジェクト」のリーダーとして、「社員の意識改革」「自己革新を続ける組織づくり」というミッションに取り組むのだという。

 小売業界では以前から「代理店に期待するのは広告制作や枠取りではない」との声があがっている。経営者の中にも「メディアの支配力ではない。時代がどう変わっていくか教えてほしい」と、代理店のあり方を問いただす人も出てきているほどだ。

 だから、宣伝会議の記事を好意的に受け取れば、地方百貨店が代理店に期待するものが変わってきたということだろう。

 ただ、よくよく記事を読むと、エッ、これってクリエーターの仕事なの?数々のコンサルタントがやってきたのに、彼らでさえ実現できなかったのに。なぜ他店に自身のマーケットを食われたのか反省しているの?と思う部分は多々ある。

 経営者側も内部のイノベーションをクリエーターが手ほどきできるほど、百貨店経営は甘いものではないことを自覚しているはずだ。なのになぜ、なのか。

 筆者はこれまでに業界誌などの仕事を通じ、百貨店のイノベーションには何度も触れてきた。だが、大半が功を奏したとは言い難いと感じている。

 経営者は業績が目に見えて回復すれば、プロジェクトのおかげだと叫び、効果が出ないと他の理由をあげつらう。そんな事例が枚挙に暇がない。すべては結果論なのである。

 記事で取り上げられている「鶴屋ラララ大学」も然りだ。クリエーターが感心したという「現場スタッフの博識」。そうした専門知識を生かし、お客を大学生に見立てて、百貨店の価値は人であると体現していくものだとか。

 しかし、百貨店が得意とする和菓子やスウィーツ、和・洋惣菜、魚介や塩干、食材、ワインなども、今では専門店の方がはるかに充実している。さらに価格競争力もあり、確実にお客を呼べている。

 それらが実現できるのは卓越した商品知識と情報収集があってのこととは、多くの小売り関係者が認めるところだ。それ以上にインターネットを背景にして、お客の方がはるかに情報を持っている。 だから、すんなり機能するとは思えない。

 ファッションになれば、なおさらだろう。ADOに鞍替えしたので、伊勢丹に入るブランドはリーシングしやすくなった。反面、ミッシーやミセスといった高島屋系列のコンサバブランドからは相手にされなくなるのではないか。

 そうした状況は、地元アパレル関係者や通のお客の間では、当然のように語られている。裏側の情報収集は鶴屋のスタッフ以上なのだ。



 筆者は食材やファッションについては、百貨店のリサーチは欠かさないが、売場スタッフの知識不足に弱ることが少なくない。

 かつて鶴屋のワイン売場で、イタリア産スパークリングのことを訊ねると、スタッフが応えきれなかったことがある。

 電通のクリエーターが言う「現場スタッフの博識」と、何をもってそう言えるのか。自分のクライアントである別の百貨店との相対比較なのか。

 鶴屋の競合店は地場の専門店、郊外SC、さらに福岡エリア、ひいてはECまで及ぶ。絶対比較してそうでなければ、何の説得力もない。

 宣伝会議は主に代理店や制作会社、コピーライター志望などが購読している。ネット版と言うことで、県外の読者はリアルなマーケットなど見ていないわけだから、記事を頭から否定的に捉えることはないだろう。

 しかし、熊本のマーケットは代理店のクリエーターと百貨店の経営者が悠長に語り合えるほど、安穏とした状況ではない。

 90年代後半から郊外には続々とSCやディスカウントストアが進出。また高速道路網の整備で福岡にもお客が持ち出されるようになった。その額は年間で100億円とも、150億円とも言われている。

 さらに市内で手に入る商品には限界があることから、ネット販売にシフトするお客が増えているのも事実だ。流通戦争が激化の一途を辿っているのである。

 熊本市は2002年に市街地の活性化事業を行った。鶴屋が面する通町筋一体の環境を整備するもので、熊本日々新聞本社ビル跡には、鶴屋がNew-S館、隣には鶴屋東館を誕生させている。

 鶴屋は郊外や福岡に奪われたお客を取り戻すために、こうしたハコには若者向けのショップやラグジュアリーブランドを誘致した。もちろん百貨店として自前で黒字化はできないので、歩率家賃による運営や消化仕入れである。

 ところが、それらが「持ち出し」に歯止めをかけるほどの効果は出ていない。そこで今度はNew-S館に値ごろなSC向け業態を誘致し、東館では苦戦のラグジュアリーブランドをセーブして、人気のセレクトショップやカフェをリーシングする有り様だ。

 また福岡天神に手芸店の「ユザワヤ」がオープンすれば同店を、JR博多シティに「東急ハンズ」が進出すれば同業態の縮小版を誘致するだけ。経営戦略の軸は、福岡や郊外にお客を持ち出さない対症療法としか見えない。

 それに日本の消費を下支えする中国人旅行者は、鶴屋が見上げる熊本城内を観光するだけで城下商店街には降りて来ず、そのまま貸し切りバスで阿蘇などの観光地に向ってしまう。

 このほど鶴屋から東に数キロ離れた観光地、水前寺公園近くに「ラオックス」が出店することが発表された。それも貸し切りバス専用の駐車場が完備できるからだ。

 鶴屋にとってはまざまざと爆買いを中国資本の奪われるわけだが、目に見えた対策を取れないところに経営の腐心ぶりが見え隠れする。

 記事では、「鶴屋は創業から60年以上にわたり地域に愛され、業績も好調な百貨店です」と、クリエーターのコメントを掲載している。でも、それは競合店の県民百貨店が閉店したことによるお客の流入で、一時的なものに過ぎないと思われる。

 それどころか、県民百貨店の閉店後、「地元で一人勝ちすることは良しとしない」など呑気に言っていると、流通業界ではまことしやかに語られているほどだ。

 県民百貨店跡地一帯の再開発事業が完成するまでまだ時間がある。だが、下通り商店街の城屋ダイエー跡には福岡天神で「VIORO」を運営するデベロッパーがビルを開業し、1~4階がファッションゾーンになることが決まっている。

 当然、鶴屋に出店するユナイテッドアローズ、シップス、エディフィスをはじめ、熊本初の業態、人気テナントの争奪戦が繰り広げられるのは、想像に難くない。競合相手は待ってくれないのである。

 一方、代理店も厳しさを増している。マス媒体離れも顕著で広告収入が低迷している。地方ではまだまだと言っても、九州におけるビッグクライアントは、菓子、味噌醤油、酒が主体だ。

 熊本地区は酒とパチンコ屋を除き、大手クライアントがないため、代理店が鶴屋を大事にしたい気持ちはわからないのでもない。しかし、クリエーターが謳う「自己革新」をよそに、地方百貨店の業況は厳しさを増している。

 エリート電通マンが月に一度程度、熊本を訪れたところで、市況の厳しさがわかる訳でもないだろう。地方百貨店の経営革新とは、焼酎メーカーの広告づくりとは違うのだ。

 今の時代、経営者なら「あんたらが表現するコピーやデザインで、うちの商品がどれだけ売れるのか」と、もの申しても不思議ではない。それが見えないところに地方百貨店と代理店との馴れ合いが透けて見える。

 地方百貨店が本当に手をつけるべきイノベーションとは、MDと販売戦略だ。

 百貨店のMDは、テナント構成で決まる。だから、売上げもテナントリーシングと編集の巧拙に左右される。当然、熊本のように取り巻く環境が激変する市場では、百貨店に期待される役割も年毎に変わっていく。

 その一つが高齢者に的を絞った店づくりなんかだろうが、如何せんその販売でさえ、鶴屋は郊外SCやディスカウント業態に勝てない状況だ。

 生活に欠かせない生鮮食品しかり、ドラッグしかり、高齢者は呼び込めているのは郊外店の方である。品、量、価格とも百貨店を凌駕し、見せ方、加工、売り方、ターゲット設定でも群を抜く。

 もちろん、中高年向けのファッションでも言わずもがなである。

 市場を取り巻く環境変化を理解できる経営者なら、市場における役割の変化を察知し、革新に取り組んでしかるべきである。小売業とはお客が求める商品を適正な価格で、適正な時に、適正な場所で、適正な販促のもと行うことだからだ。

 お客もちゃんとわかっている。このくらいの素材(コスト)で、このくらいの感性(デザインや質感)で、このくらいの価格なら、十分に購入するに足る。店頭でそれに出会った時、買い物スチッチが入るのである。

 しかし、 百貨店経営者はそれさえ満足させきれず、簡単に「地元に愛される店」と口走る。

 本当に愛されるのは「店」なのか。お客はそれを百貨店に求めているのか。鶴屋がそこに切り込んで考えていかなければ、何の解決策にも見いだせない。

 代理店のクリエーターに方法論を求めること自体が本末転倒で、小手先のことしか考えない戦略の乏しさを露呈する。

 店を見れば、経営がわかる。まさに鶴屋そのもの。宣伝会議もその辺を知ってか、知らずか、代理店と企業をへたに持ち上げるところに、的外れな視点が見えて仕方ない。
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