カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

軍艦島に上陸(2)

2018-09-13 16:04:44 | おでかけ
 上陸に際しては両手が使える状態て、船や柵などに掴まりながら揺れの中を上陸した。

 分厚いコンクリートの堤防を越えると、目の前には廃墟が展開する。

 

 人為的に壊したのではなく、ほぼ自然の猛威のが建造物の経年変化を早めたものである。

 
 (説明第2ポイント)

 廃墟となってしまった建造物の前で、ガイドによる説明を聞く。

 説明ポイントは3箇所設定してあって、それ以外の地域は危険のため立ち入り禁止になっている。

 この端島の炭坑は1974年に閉山になっているので、以降44年が経過していることになるが、人が住まなくなった建物などが如何に傷むのが早いかが実感できる。

 
 (プール跡)
 
 25mプールで海水が使用されていたらしい。真水は貴重なのだというのが理由だと思う。
 ちなみに建物の屋上に作られていた幼稚園のプールは真水が使用されていたという話だった。

 
 (鉄筋コンクリートの高層アパート)

 窓は殆ど破れ周りのコンクリートもかなり剥奪している。

 閉山か決まってから退去するまで3ヶ月程しかかかっていない。

 取り敢えず必要な物以外ほぼ全ての家財道具等は残置されたままである。

 カメラを構えながら覗いたレンズの先に、最上階の部屋に木が育っているのが見えた。

 鳥などが運んだ種が芽を出し、成長しているのだ。

 当時、端島に無いものが3つあったという。

 一つ:火葬場 二つ:お墓 三つ:みどり。

 人が亡くなると、高島と端島の間にある島に運んで火葬をしていたという。

 緑については、植樹などもしてみたがいっこうに根付かなかったという話。

 
 (元の端島の岸壁)

 端島は出炭の増加に伴う設備の拡充や、人口の増加に伴う建物の増加などに対応するため数度にわたって埋め立てが繰り替えされている。

 埋め立てによる面積の増加は、最終的には元の大きさの3倍ほどに達している。

 島の東側の岩肌が剥き出しの場所が元の岸壁の位置で、今では島のあらゆる所(廃墟になってしまった生活空間まで)草や木が生い茂りつつある。

 風が運び、鳥が運んだ草木の種が島の廃墟の中に芽を出し茂り初めているのである。

 最盛期にコンクリートで覆われた人工島とも云うべき端島は、植樹しても成功しなかった緑が、人か立ち去って44年して緑が根付き始めるという皮肉な現象が展開している。

 元の住民でこの島を「軍艦島」と呼ぶ人はいない。

 ここは産まれ育った場所、かつて生活した場所の「端島」なのである。

 日本の近代化の先駆けとしてエネルギーの中核を産出し、石油にとって変わられて廃墟と成り、今まさに産業遺産として残されようとしている。

 だがしかし、ここの遺産はこのままの状態で保存することは難しい。

 数年後に訪れた時は、確実に今より崩壊が進み、劣化した姿になっている筈である。

 
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コメント
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