カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。読書・家庭菜園・旅行・川柳・謡曲など際限なく・・。

宮崎にプチ旅行(5)

2018-05-13 15:57:10 | 旅行
 宮崎プチ旅行の最後は「飫肥城」。

 薩摩などの大大名の傍の小藩として藩の運営には相当の苦労があったと思う。

 飫肥の城とその周辺の武家屋敷跡は風情がある。

 
 (大手門前)

 「人力車」無料という看板があったが、地域の人のボランティアで成り立っているのだろうか。

 説明付のようだから、足の悪い人・詳しく説明を聞きながら武家屋敷周辺を回りたい人には良いだろう。

 飫肥城だけに特化して過去に一度訪れた事があるので、今回は周辺を歩くにとどめた。

 武家屋敷の塀の石垣が垂直で、しかも面取りがなされて指の入る隙間も無いほどである。

 
 (旧藩校「振徳堂」)

 大手も門からほど近く、武家屋敷の一角にかなりの地積を有した旧藩校「振徳堂」がある。

 人材の育成は何処の藩も力を入れているようだが、こうした小藩の藩校からは明治維新以降に、世界を相手に活躍するような優秀な人材を排出している。

 小村寿太郎は外交官として、第1次・第2次桂内閣の外務大臣として、難しい外交案件を成し遂げている。

 名前は知らなくとも、義和団の乱やポーツマス条約、日韓併合など歴史の事実は私達も知っている。

 この飫肥の城下町を最後に、今回の宮崎プチ旅行記を終わりたい。

 「休むなと明治の祖父は強かった」

 
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宮崎にプチ旅行(4)

2018-05-12 12:26:16 | 旅行
 都井岬まで南下する予定はなかったのだが、一日目のコース変更で少々余裕が出来たので回ってみた。

 ただナビに誘導されるコースは初めてだったのだが、海岸沿いのかなり狭く曲がりくねった道を走った。

 都井岬・駒止の門を通過して暫くすると彼方こちらの山腹に野生馬が草を食んでいるのが見える。

 
 
 前方の道路脇に馬が見えたので、ゆっくり走ることにしたら、馬の方から近づいてきた。

 

 道路上で立ち止まるので、こちらも車を駐めて撮影タイムになってしまった。

 馬の動きに合わせて車を進ませたり止めたりを繰り返しながら通過することが出来た。

 

 日頃見慣れた、大型の馬に比べると随分小さな馬である。

 北海道の道産子や岩手県の南部馬も小振りな馬だったと記憶する。

 日本古来の馬は全体に小さいものが多い。

 北海道のばんえい競馬の超重量級の馬や、競馬のアラブやサラブをイメージするとポニーかと思うくらいだ。

 阿蘇でも赤牛とともに馬を放牧しているところがあるが、牛が草を舌で巻き取って食べるのに対して、馬は前歯で嚙みとるので草が短くカットされ景観はとても良くなる。

 カメラを向けた私の方に1頭がやって来て、盛大に脱糞した。

 どうやら糞をする場所を決めているらしく、私は彼等のトイレの位置でカメラを構えていたらしい。

 貰ったパンフレットによると、産まれた子馬は本格的に草を食べる頃になると最初に母親の糞を食べるとある。

 これは糞に含まれる消化に必要なバクテリア(腸内細菌)を摂取するためらしい。

 生殖・出産・集団生活・死亡まで自然の中で営まれる。

 

 そうした馬たちの営みと人間の営みのための人工物である灯台が静かに融合している岬である。

 日本に数少ない貴重な野生種であるので、絶滅などということのないよう見守っていく必要がある。

 雄大な自然の中でノンビリ草を食む馬などを眺めていると一句浮かんでくる。

 「東風よ吹け都井の岬や馬の耳」

 
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宮崎にプチ旅行(3)

2018-05-11 11:24:21 | 旅行
 宮崎プチ旅行PAT-3は「鵜戸神宮~日南海岸~幸島」編ということで。

 
 (鬼の洗濯岩)

 宮崎の鬼は綺麗好きなので、青島はじめそれ以南には、いたることろに昔の洗濯板のような岩が連なっている。

 しかしよくよく考えてみると最近は洗濯板が存在しない。

 井戸端でなどと言っても、井戸も無いし「ツルベってなに?」とかいうレベルだからその辺りから説明するとややこしい。

 とりあえず更に南に向かうと国道から少し外れたところに「鵜戸神宮」がある。

 小さな港の集落を過ぎる頃から道路は極端に狭くなり、離合にはそれなりに気を使うほど。

 
 (鵜戸神宮)

 本殿は自然がくり抜いた大きな岩穴の中にあって、それはそれで圧倒される。

 岩穴の中にある本殿まではかなり急な石段を下りる。

 「鵜戸さん参りは~♪」などと民謡にも唱われているが、縁結びにもよろしいようで・・。

 焼き物の小石のようなものを5個頂いて、下の岩の目標の窪みに投げ入れられたら吉だという。

 「男性は左手で投げて下さい」と言われたが、右利きにはコントロールがイマイチ。

 神様は左利きが好きだったのかな。

 
 (鵜戸神宮の奇岩)
 
 付近の大きな岩には波が打ち寄せ、砕けて真っ白なしぶきが高く上がっている。

 天辺が奇妙な形をした岩が目を引いた。

 更に南下すると幸島の横を通ることになる。

 
 (幸島)

 野生の猿が住んでいるらしいが、残念ながら見たことはない。

 以前鹿児島の内之浦のロケット実験場に行った帰りに付近の山道で、ガードレールの上に座っている野生の猿に遭遇したことがある。

 この島の猿の遠い親戚かもしれない。

 たしか芋を塩水で洗って食べる猿の話をテレビで見たような・・。

 単なる生芋より少々塩分がある方が美味しく頂けると発見した先駆者がいるのだ。

 「豊かさのバロメーターは感嘆符!」

 
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宮崎プチ旅行(2)

2018-05-10 09:08:33 | 旅行
 宮崎の第一日目が雨で、コースを変更しむしろ食べ物・飲み物に偏向し過ぎた。

 かなり反省の言葉が朝から・・・頻繁に・・。

 さて、2日目はとりあえず雨は去ったものの風がやや強い感じでのスタート。

 
 (青島全景)

 海岸に出るあたりから北西の風が強く吹き付け海岸の波もやや荒れ模様。

 
 (洗濯板状の海岸)

 初めて島を一周してみたが、どの方向からも波が打ち寄せていた。

 
 
 (ビロウ樹の林と神社)

 宮崎と云えば神話の里、何処へ行っても神話の里。

 2400年前に出来たというこの青島とて例外ではない。

 ただ神話の時代と島の誕生の時間的矛盾など少々妙なところも有りそうだが、気にせず大らかなのが宮崎。

 
 (植物園の蘭)

 鉢植えの蘭はよくみるが、自然のまま樹木に着生して花を咲かせているのは滅多に見ない。

 ガラス張りの植物園などで、風雨や温度管理などされた場所では見かけるが、自然のままの状態のものは珍しいと思う。

 今回のプチ旅行は相方の発案だが、この地は結婚する以前と、子供が小さい頃に近くの子供の国を含めて2度ほど訪れたことがあるが、なぜ3度目を今頃バタバタと出かける気になったかについては、定かではない。

 とにかく「そういえばあの頃は・・」などと云う台詞を多発しながらも、それなりに楽しかった。

 移動の途中で、川柳の同人誌の編集を手伝って欲しいと言う電話や、癌が見つかったので精密検査結果待ちのため、今度の謡曲の練習は休むという電話や、編集を担当している機関紙の印刷所を替えるのでデータを送って欲しいといった電話があった。

 不思議なのは、どうして出かけている最中に限ってと云っても良いくらい、悪いタイミングの電話が多いのだろうかということ。

 こうした突然現実に引き戻す電話やメールと折り合いをつけながら、楽しい旅を継続するにはそれなりの心構えが要る。

 楽しむのにも、強い意志が必要だとは・・・何ともはや・・。

 「明日が来る今日の記憶を夢にして」

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宮崎にプチ旅行(1)

2018-05-09 22:41:47 | 旅行
 突然の相方の思いつきで宮崎に1泊で出かけることになった。

 突然決まるのは常なのだが、天気予報が少し気掛かり。

 宿の予約も終わったところで、雨天が確定したので急遽予定のコースを逆順にして対応。

 高速を途中で降りて、照葉樹林で有名な綾町の吊り橋へ。

 出来た当時は世界一の吊り橋だったので、石碑にもそう刻まれているが、数年後に大分の九重にある吊り橋に抜かれた。

 高さや長さを競ってどうなるものでもないのだろうが、〇〇で一番とか日本三大ナントカ等と云うのが日本人は好きなのだ。

 
 (雨にけぶる当時世界一の吊り橋)

 ウイークデーだし、世界一は抜かれるし、雨だし、というわけで観光客は少ない。

 日本語ではない数名の団体の他は私達だけで、その団体も帰った後には我々二人だけで渡ったが、強く下から吹き上げる風に傘を注意しながら、140m以上も下から響いてくる谷川の音に、少~~し背筋がぞくぞくっとした。

 
 (吹き上げてくる霧の間に間に見える谷川)

 ずっと以前に2度ほど訪れた事があるが、たった二人だけという心許なさという点では今回が一番びくびくものだった。

 

 町の外れに「酒仙の杜」という観光施設があって、焼酎、地ビール、ワインなどを造ってかつ売っている所がある。

 まづ腹ごしらえに注文した食べ物が、何やら篭に入れられたもので、とにかく一人前を平らげるのは容易ではない量だった。

 帰りにワイナリーでワインの赤と白を2本買った。

 その後西都原古墳群に向かったが、ここも雨だった。

 
 (西都原古墳群)

 古墳群というくらいだから、そこいらじゅう古墳だらけ。

 花の時期にはチュウ-リップが綺麗なスポットだが、今の時期はただ無闇矢鱈と古墳だけ。

 天気が良くて歩いて見られるならまだしも、雨だと出歩くのも難儀でついつい車で回ると、やっぱり古墳だらけ。

 そういうわけで早々にホテルにチェックイン。

 ホテルでの夕食も少々食べすぎで飲み過ぎ、とにかく今日一日昼食も夕食も・・・食べ過ぎ。

 一日目はとにかく雨と食べ過ぎで大変な一日だったが、二日目以降は宮崎らしい雰囲気を満喫した。

 が・・・それは明日以降にして、とりあえず今日は疲れたので寝る。

 
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旅先で出会う動物たち

2017-08-20 09:53:36 | 旅行
 全国47都道府県制覇を目指して年に2~3回旅行をしてきたが、関東地域の4都県を残して滞っている。

 体力気力・経済力・他の予定との調整など結構障害は多いが、1~2年以内には何とか達成したい。

 旅行した所は地図に印をつけたり、写真や動画を眺めたりして楽しんでいるが、旅先で出会った動物の写真も多くて、しかもその動物の写真を見るとその時の情景が風景写真より遙かに鮮明に蘇ってくる。

 
 (嵯峨野の犬)
 散歩中のオジサンが声を掛けようが引っ張ろうが頑として休憩を要求していた犬。

 
 (帯広の公園のリス)
 いきなり現れてきて結構なパフォーマンスを披露してくれた。

 
 (萩城まえ駐車場の猫)
 猫が歩いて来たと思ったら、ド~ンと腰を据えて毛繕いを始めた。
 貫禄と滑稽な仕草に脱帽!

 
 (長門峡の犬)
 人が通ろうが騒ごうが、まったく無関心で向こうを向いてしまった犬。

 
 (熊本地震・断層露出箇所付近の馬)
 こちらは旅行ではないのだが地震の後断層を見に行ったら、何故かポニーが1頭数台の駐車車両のなかで佇んでいた。
 大震災とただ佇むだけのポニーがとても印象に残っている。

 こうして見ると、その時の空気感がそのまま、或いは多少の脚色を加えながら蘇ってくる。

 旅先での動物たちとの予想外の出会いは、旅を楽しいものにしてくれるし、その後もずっとその土地のその時を思い出させてくれる。

 ただ偶然の出会いが必須なのだが・・・。

 
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全国ぐるり旅

2015-04-18 08:56:32 | 旅行
 ディスカバー・ジャパンという言葉が流行ったのは随分昔だが、配偶者も私も当時から憧れはあった。

 ただし生活もあるし、動植物の世話もあって宿泊日数に制限があるので、いちどきに日本一周などは無理である。

 そこで4~5泊程度に抑えて複数の都道府県をグループ分けして回ることにして、かれこれ15年くらいになる。

 

 居間に貼った日本地図には訪れた場所に赤いシールで印をつけている。

 桜と紅葉の時期に2度訪れた東北6県のツアー以外は、すべて移動・宿泊・訪問地など二人で計画・調整し実行してきた。

 明日から(竹田城)~(三方五湖・永平寺)~(能登半島)~(翡翠海岸)~(佐渡)~(関ヶ原・安土城・竹生島)~(姫路城・高砂の浜)の、おおむね7県を訪れる、ほぼ3000Kmの旅である。

 おそらく自分で車を運転しての長距離旅行はこれが最後になるだろうと思っている。

 この後残っているのは首都圏周辺ばかりなので、飛行機と電車の旅になってしまいそうだ。

 

 日本各地を見たい欲望と、非日常に身を委ねたいという願望の旅なので、出来れば世事には一時おいとましたい。

 もっとも、北海道の知床の大自然を満喫している最中に「今度の懇親会の参加どうします?」という電話が来て、一瞬混乱したが、かえって現実の時空の距離感を味わってしまったことが過去にあるにはあったが・・・。

 そういうことで、ネット空間にも暫時おいとまということになる。

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萩へ小旅行

2014-11-26 21:04:44 | 旅行
 天候に多少不安もあったが、予定通り萩方面へミニ旅行に行った。
 車の中の移動中は雨でも、或いはホテルにいる間は雨でも、屋外で行動する時は雨はきっちり止んで、晴れ男・女の、日頃の行いの良さについて、配偶者としばし意見が分かれた。
 萩は何度も訪れているが、須佐湾に「ホルンフェルス断層」というものがあることを知って、これを見たいと配偶者が言い出して、折角だから「長門峡」の紅葉も見て帰ろうということになったのだ。
 時間があったら萩の城跡や武家屋敷なども歩く事に・・・。
 
 萩に入る手前の「道の駅」には幕末に活躍した偉人たちの銅像が建っていたし、「松下村塾」で吉田松陰が教え子たちに語りかけている様子が再現され、来年の大河ドラマに決定したと大々的に横断幕が張られていて、実はこの時始めて来年の大河ドラマの事を知った。
 
 大河ドラマが決定した旨の旗や看板・ポスターなどはかなり多かったが、来年からの放送なので観光客はまだ多くはなかった。
 そう言えば我が家の旅行は、大河ドラマ放送前とか世界遺産登録直前とかが多くて、旅行の後で現地がごった返している様子をよくテレビで見たりしたものだ。
 
 長門峡は紅葉を少し過ぎていた。スリル満点の遊歩道も有り夏場が良さそうだった。
 時間があったので帰りに高速をみやま柳川で降りて「清水寺」の紅葉を見て帰ることにした。
 先日我が家に着物の着付けにやってきた米国の女性が、あちこちの名所等を訪ねては、日本紹介のブログを書いているそうで、その時訪ねた寺の紅葉が凄かったと教えてくれたのだ。
 
 (清水寺(福岡)の観音堂付近の紅葉)
 この後家路についたのだが、自宅に近づくにつれて見えてきた阿蘇山の噴煙がいつもと出方が違うので写真に撮った。
 
 小噴火を繰り返している感じの噴煙の出方だと思ったからだ。
 帰り着いて直ぐテレビのスイッチを入れると、やはり噴火している映像がながれていた。
 赤い炎が見える現象も映し出されていた。
 今後の噴煙や風向きなど状況の変化はちょっと気になるところである。

 紅葉はとても綺麗なところが沢山あったし、おかしな動物たちとも遭遇出来たので何回かに分けてUPしようと思う。

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北海道の旅四日目(9/10)

2014-09-14 09:04:25 | 旅行
 北海道旅行最終日となる四日目は釧路周辺をまわることにした。
 釧路と言えば湿原、湿原といえば丹頂鶴。確か空港も「たんちょう釧路空港」になっていた。
 
 ビジターセンタの人から聞いて始めて知ったのだが、丹頂鶴は年間を通して棲息しているのだと云う。
 雪の湿原に頭の天辺が赤で尻尾が黒という端正ないでたちの「丹頂鶴」の姿は写真で見慣れていた。
 きっと冬になってシベリヤあたりから飛来すると思っていたのだ。
 あれは水辺が凍り付いて餌がとりにくいので、餌を与えているため人目につくが、今の時期は子育てと餌が豊富にある時期なので、それぞれ自分のエリアで生活していて人目につきにくいが、ちゃんといるらしい。
 そんなことを聞いた後に注意して車を走らせていると結構餌を啄む鶴を見つけることが出来た。
 
 湿原の木道の脇には綺麗な花が咲いていた。う~ん名前は忘れたが、阿蘇で絶滅危惧種に指定されている「はなしのぶ」に似ていた。

 釧路の名物は「幣舞橋」で、そこからの夕日が良いらしい。
 
 ただちょっと曇りがちの天候で、入港中の大きな船の向こうにいるらしい太陽、が雲間から光だけサービスしてくれた。
 
 橋の上に立つ女性像の頭で、ウミネコがのんびり海を見つめていた。
 釧路湿原を含む広大な原野を「根釧原野」と呼んでいた記憶があるが、案内板の地図には「釧根原野」とあって、釧路と根室の力関係かそれとも地元だけに通用するご当地呼び名かと頭をひねった。
 そう言えば「日本海」を「東海」に替えてくれという国もあるそうで、日本から見て西にある海を「東海」と日本が呼ぶことはおそらくあるまい、等と余計な事まで思い出してしまった。
 いずれにしても、世は太平と無責任がまかり通っているが、日本の端々の島々にはまだ戦後処理が残っている。
 
 では一句・・・「国境は強いお国が線を引き」
 え~いついでにもう一句・・・「領海を無視し魚は卵産み」

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北海道の旅三日目(9/9)

2014-09-13 08:48:53 | 旅行
 相当に古い昔に帯広に住んでいて、初めての子供も帯広で産まれたので特別の思い入れがある。
 一昨年だったか、ツアーに参加して北海道を回ったのだが、帯広はす~っと通り過ぎてしまった。
 残念な気持ちで、次はフリープランで旅行のやり直しをしようとそのとき思ったのだった。
 
 然別湖は帯広から近すぎて、当時は訪れても泊まることはなかったが、今回は湖畔のホテルに泊まることになった。
 当時は途中で引っ越したこともあって、以前生活した住所を2ヶ所とも訪ね歩いた。
 建物が建て代わり、道路が何本も新設され、目印になるはずの商店などは殆どが閉店したり看板が変わっていたりした。
 NTTの中継局などはそのままの位置にあったので、それを基準にほぼ半日近く歩きまわってとうとう二軒とも探し当てた。
 建物は建て変わっていたが、当時の面影を残す風景に出会えて、夫婦共々今回の旅の目的の半分は達成できた。
 
 当時子供が小さかった頃よく通った緑が丘公園には、とんでもなく長いベンチが出来ていた。
 
 のんびり歩いていると、蝦夷リスだと思うのだが5~6匹のリスが盛んに木の実を集めては土の下に埋め込んで
 いるのに遭遇した。
 
 その後、十勝川の千代田堰堤経由で池田町のワインの城に向かった。
 取り敢えず今晩飲む分だけを購入する。
 旅は未知の土地を訪ねるのもいいが、今回のように忘れ得ない土地を再訪してみるのもいい。
 初めて転勤・初めての北海道の冬・初めての出産など始めてづくしで不安な生活をスタートし、土地の人達の暖かい励ましや親身のお付き合いにささえられた5年間だった。
 北海道特に帯広は好きというより、第2の古里のようで私達家族にとって忘れ得ない土地になってしまった。

 ではここで一句・・・「ふる里の山が時計を巻き戻す」

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