南の国の会社社長の「遅ればせながら青春」

50を過ぎてからの青春時代があってもいい。香港から東京に移った南の国の会社社長が引き続き体験する青春の日々。

「ムサシ」のロンドン公演は言葉と文化の壁を超えた

2010-05-20 00:03:45 | Weblog

井上ひさし作、蜷川幸雄演出の演劇作品「ムサシ」が
5月5日~8日、ロンドンのバービカンシアターで上演され、
地元メディアに絶賛された、という記事を昨日、香港の串焼
き屋でコロッケを食べながら読んでいました。お店に置いて
あった日経新聞に小さめの記事で出ていたのですが、いかに
も日本的な題材の戯曲が、日本語で、日本人の俳優によって
演じられ、しかも3時間以上の長さで、抽象的なテーマで
あったにも関わらず、高い評価を受けたのを知って、
「すごいなあ」とただただ感嘆したのでありました。

私はこの作品は、DVDで見ました。本当は劇場でみるべき
だったのですが、香港で仕事をしておりますもので、
なかなか都合よく公演に合わせて日本に行くということも
できませんでした。大好きな井上ひさしさんの作品であり、
蜷川さんの作品でもあるし、白石加代子さんは早稲田小劇場
の頃見に行ったことがあるし、吉田鋼太郎君は大学時代の
芝居仲間だったし...このお芝居を見る理由はいっぱい
あったのに、行けなかったことは残念でした。

DVDで見て、ストーリーはわかったのですが、はたして
このお芝居が、イギリス人たちに理解できるのだろうかと
いう懸念がありました。

まず言葉の問題があります。ロンドン公演だからといっても
台詞はすべて日本語です。しかも時代劇だし、台詞の量も
結構多い。英語でスーパーを追うのだって相当大変です。
我々日本人は、宮本武蔵とか佐々木小次郎といえば、すでに
かなりのイメージが出来上がっているし、巌流島の決闘の
いきさつとか大体知っています。また柳生宗矩(やぎゅう
むねのり)も大河ドラマの「宮本武蔵」を見ていればどん
なにすごい剣の達人かということもわかる。でもイギリス
の人たちはよほどの日本オタクでないかぎり、情報量が
圧倒的に少ないというハンディがあります。

さらに、鎌倉の禅寺が舞台であり、日本の宗教観、生死感
など、言葉で一番説明しにくい微妙なテーマになっています。
こういうのがちゃんと伝わるのかいなと心配だったのです。

ところが、何と、これが言葉や文化の壁を越えて、伝わった
のですね。蜷川演劇は普遍的な芸術レベルに至っていたんで
すね。ロンドン公演は初日からスタンディングオベーション
だったそうです。

現地のマスコミがこの公演を本当にどのように評価していた
のか調べてみようと思いました。日本の報道が大げさに
好意的に書いているところもあるかもしれないと思ったの
です。ネットでイギリスの主要新聞の記事を調べてみました。
その結果がこちらです。



ちょっと小さくて見にくいかもしれませんが、テレグラフ、
ガーディアン、インディペンデント、FT(フィナンシャル
タイムズ)など主要新聞や、演劇情報雑誌に劇評がかなり
出ています。しかも、好意的な表現のものが多いです。

シェイクスピアや現代演劇で目の肥えた辛口評論家の人
たちがネガティブなコメントをほとんどしていない。
これら書評を読んでいると何だか感動してしまいます。

例えば、ガーディアンという新聞にMIchael Billingtonという
著名な演劇評論家の人が記事を書いています。



まず星印の評価が出ていますが、5点満点中の4点。この
人の点数の基準がわかりませんが、これは悪くないと思い
ます。この上に貼付けた画像は、記事の一部なんですが、
全文を英語で読みたい方はこちらをどうぞ。

この上の記事の写真のコメントは「圧倒的な迫力・ムサシ
での藤原竜也と勝地涼」そして記事は、「これは尋常なら
ざる演劇的出来事である」という書き出しから、「見事な
ライティング、スピード感、そして愛情深い平和主義の感覚
で満ちている」というコメントも書いてあります。

そして一番最後に、こんな文章で締めくくられています。
「お寺の修行者の中で、将軍の指南役を勤めた吉田鋼太郎に
特に感動した。彼は"the age of the sword is over"(剣の
時代はもう終わった)という台詞を言うが、まさにこの生命
の尊厳に対する信念がこの物語をこれほどまでに感動的に
している」

細かい事を言えば、吉田鋼太郎は将軍の指南役ではなく、
指南役は柳生宗矩なんですけど、このへん役の名前と俳優の
名前が混ざっちゃってますね。あと、スペルがみんな
Kohtaloh Yoshidaと郎のスペルがlohになってしまって
いますが、彼は今後こういう英語名で通さなければいけなく
なりますね。

他の劇評を見ても、技術的には、能の表現を現代劇に取り入
れたとするコメントや、背後の竹林がまるで生命を持った
生き物のように演技をしていたというようなコメントもあり
ましたが、復讐をすることの空しさ、生命の大切さを感じる
という指摘も結構目につきました。

イラクやアフガニスタン、イスラエルやパレスチナなど戦争
の根源には報復の連鎖があります。イギリス人の観客は、
武蔵と小次郎が最終的に決闘をしないことになるという結末に
人類の未来への救いを感じているような気がしました。
恨みをはらすことの意味のなさ、人が人を殺し合う事の意味
のなさ、そんなメッセージをイギリスの観客の皆さんは受け
取ったような気がします。

外国人には理解できないディテールも多々あったろうと推測
できますが、また同時に、日本人ではわからなかった部分を
彼らは受け取っていたのかもしれません。いずれにしても、
「ムサシ」が海を越えて、演劇の本場のロンドンで評価された
ことは、とても嬉しい出来事です。

私などは、広告という形式を使って、言語や文化が異なる人々
にメッセージを伝えるという仕事に携わっているわけなんで
すが、無理に海外の文化に合わせたわけではない「ムサシ」
が、そのままで海外の人々に通じてしまったということに
正直とても驚いています。と同時に励みにもなります。
私たちも、がんばらなくっちゃと思います。

7月にはニューヨークでの公演があるようですが、そちらでの
成功もお祈りしております。

よろしければ、こちらもついでによろしくお願いします。

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