南の国の会社社長の「遅ればせながら青春」

50を過ぎてからの青春時代があってもいい。香港から東京に移った南の国の会社社長が引き続き体験する青春の日々。

参院選夏の陣に馳せ参じる助っ人たちに待ち受ける苦難の道

2010-05-13 00:12:38 | HONG KONG

今週の5月10日の会見の時の写真です。女子柔道の五輪金
メダリストの谷亮子さんが、夏の参院選に民主党の比例代表に
出馬するんだそうですね。満面笑顔の小沢幹事長は、
「100万、1000万の味方を得たような感じだ」と言って
いるそうなんですが、世間の見方はそれとは逆、谷亮子さんの
政治と柔道の両方ともをなめているような無責任な態度に非難
が集まっていています。このままではちょっと逆効果になり
そうな予感がします。

まあこのへんのことはかなり多くの皆さんが憤りを表明しておら
れるので、今更私が発言することもないんですが、でもちょっと
言わずにはおられませんので、ちょっと我慢してください。この
へんは今は亡き人生幸朗師匠に思い切りボヤキ漫才でボヤイて
ほしいものです。

若い皆さんは人生幸朗と言ってもピンと来ませんよね。ボヤキ
漫才では天才的な漫才師でした。今見ても笑えます。こちらの
画像をご覧下さい。1978年の時のものです。

じつに面白いですね。人生幸朗師匠はこれから4年後の1982年
に亡くなってしまいます。奥様の幸子さんも2007年に亡くなって
います。このボヤキ漫才、すごく懐かしいです。当時私は
大学生でした。

人生幸朗師匠が生きていたら、民主党のがたがたな感じとか、
この谷亮子さんの発言とか恰好のボヤキネタになったんで
しょうね~。オリンピックで金を取る事だってほとんど不可能
なことなんですが、不可能とわかっていることでも、誠心誠意
努力すると発言することが民主党スタイルですからね。という
ことは民主党員としての資質は十分ということでしょうか。
でも自分の子育てはどうするんでしょうね?後ろの看板に
「子供の未来=日本の未来」と書いてあるのに、彼女の子供が
どんな子供に育つのか今からちょっと心配です。まあ、柔道
選手だけに、最後は育児も「投げちゃう」のかもしれませんが。

ところで、谷亮子さんはトヨタの社員だったんですね。でも
4月1日にトヨタを退社していたようです。こちらに谷亮子さん
が3月1日にトヨタの社員として、小沢幹事長に陳情にお願い
に来る時の映像があります。

このときはトヨタを辞めることは全く考えてなさそうな感じ
なのですが、ひょっとしてこの時(あるはこの直後に)民主党
での立候補の話が幹事長のほうから出たんでしょうかね。
でも突然辞められたトヨタのほうは大丈夫だったんかいなと
そっちのほうが心配になってしまいます。

さてもう一人、庄野真代さん。この人も民主党で出馬するよう
ですね。若い人は全然知らないのでしょうが、「飛んでイスタン
ブール」が発表されたのは1978年、時代はピンクレディや
キャンディーズの全盛期。桜田淳子、山口百恵、渡辺真知子、
中原理恵、大橋純子、八神純子、サーカスらが、彼らの代表曲
ともなるヒット曲を発表し、サザンオールスターズや、榊原郁恵、
石野真子などが登場してきた年でした。先ほどのぼやき漫才の
人生幸朗さんの映像もこの年に収録されたものです。歌謡曲の
全盛期ともいうべき時代ですね。

『飛んでイスタンブール』の歌をご存知ない方のために映像を
ご紹介しておきましょう。こちらです。

この歌詞をあらためてチェックしていたら、バーでナンパされて
すぐに捨てられた女が、その男に未練を持ちながらも、恨まない
のがルールと強がって、あっさりと忘れてしまったと開き直る、
そんな軽薄なストーリーです。

ジタンという水色のパッケージのフランスのタバコ。それが
ちょっとハードボイルドな感じで、イスタンブールという見知ら
ぬ土地への旅情もかきたてられます。イスタンブールに砂漠など
ないのに、シルクロードかサハラ砂漠のイメージが重なって、
アラビアンナイトのような怪しい雰囲気が漂っていました。
でも基本的には失恋の悲しさを、そんなのぜんぜんへっちゃら
とうそぶいている歌なんですよね。まあ今の政治も、つじつまの
合わない事を、適当に繋ぎ合わせて強がるのがルールのようです
から彼女の抜擢もぴったりなのかもしれません。

この庄野真代さんも立候補するんですねえ。イスタンブールや、
モンテカルロなどの歌を歌っていたので、国際的な感覚はある
のかな?というような簡単にはいかないとは思いますが...

よろしければ、こちらもついでによろしくお願いします。

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