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『資本論』学習資料室

泉州で開催された「『資本論』を読む会」の4年余りの記録です。『資本論』の学習に役立たせてください。

『資本論』学習資料No.25(通算第75回)(1)

2021-07-31 00:44:27 | 『資本論』

『資本論』学習資料No.25(通算第75回)(1)

 

◎「いかにして、なぜ、なにによって、商品は貨幣であるか」(№2)(大谷新著の紹介の続き)

  前回、とりあげた大谷禎之介著『資本論草稿にマルクスの苦闘を読む』の「Ⅲ 探索の旅路で落ち穂を拾う」の「第12章 貨幣生成論の問題設定とその解明」のなかの「Ⅰ 貨幣生成論の問題設定とその解明--いかにして、なぜ、なによって、商品は貨幣であるか--」の紹介の続きです。

  前回は、大谷氏が久留間鮫造氏のシェーマ(=定式、「いかにして、なぜ、何によって、商品は貨幣になるか」の説明をとりあえず、このように簡略に表現しておきます)は、あくまでも〈『資本論』における貨幣生成論という観点から見たときに,価値形態論,物神性論,交換過程論のそれぞれの課題がなんであるかを問題にしている〉のであって、例えば価値形態論の場合においても、〈『資本論』第1部第1篇における第3節の課題あるいは『資本論』第1部の商品論における価値形態論の課題を,それ自体として問題にしているのではない〉と強弁され、それは〈久留間の『価値形態論と交換過程論』の「はしがき」を虚心に読めば,そのような誤解が出てくるはずもない〉というので、ではその「はしがき」では何が書かれているのかを見たのでした。しかしそこには大谷氏が指摘するような「観点」について久留間氏自身は何も述べていないことを確認できたのです。

 それでは実際問題として、「価値形態論と交換過程論」のなかで久留間氏はどのように問題を提起しているのかを検討しようというのが今回の課題です。まず久留間氏の論文の冒頭部分を抜き書きしてみましょう。

  〈「資本論」の最初の部分の構成を見てみると、第一章が「商品」で、これが四つの節に分れている。第一節が「商品の二つの要因、使用価値および価値」、第二節が「商品で表示される労働の二重性格」、第三節が「価値形態または交換価値」、第四節が「商品の物神的性格とその秘密」。それから章がかわって、第二章が「交換過程」、その次の第三章が「貨幣または商品流通」となっている。この構成を見てみるといろいろな疑問が起きてくる。貨幣という言葉は、表題では、第三章の「貨幣または商品流通」のところにはじめてあらわれてくる、これがいわゆる貨幣論にあたるものと考えられる。しかし内容をみると、その前にすでに貨幣に関するさまざまな議論が展開されている。第一は価値形態論、第二は物神性論、第三は交換過程論で、すべて貨幣が出てくる。いったいこれらは、第三章の貨幣論に対してどういう関係に立つのか。こういう疑問が当然おきてくる。第三章の貨幣論は本格的な貨幣論で、それ以前のものは序論的なものだと考えるのが当然のように思われるが、それではいったい、序論といい本論といい、その間にどういう本質的な区別があるのか、これがはっきりしないと具合がわるい。それから第二には、この第三章以前の貨幣に関する議論は序論的なものだとして、この今あげた三つのもの、すなわち価値形態論と物神性論と交換過程論、これらは序論としてそれぞれどういう特殊な意味をもっているのか。これがまた疑問のたねになる。そしてこれがわからぬとやはり具合がわるい。それから第三には、序論にあたると考えられる以上の三論のうちで、価値形態論と物神性論とは、「資本論」の現行版でいうと、第一章「商品」のうちのそれぞれ一つの節をなしているのに対して、交換過程論は、この商品論の全体とならぶ位置を与えられて、第二章になっている。しかも、頁数を見てみると、いまあげた第一章のどの一節よりもはるかに少いのである。にもかかわらず、それらの全部をふくむ第一章と対等な地位を与えられている。これはいったいどういうわけなのか。これがまた擬問のたねになる。
  こういういろいろな疑問が、「資本論」の最初の部分の構成を徹底的に理解しようとするならば、きっとおきてくるにちがいない。少くともわたくしのばあいにはそうであった。特に価値形態論と交換過程論との関係、これが、34・5年前に「資本論」を読みはじめてから間もない頃から、ずいぶん長いあいだわたくしを苦しめた。どちらを読んでみても、貨幣がどのようにしてできるかについて論じているように思われる。ところがその論じかたを見てみると、全くちがっている。そのちがいは、本質的にはどういう点にあるのか。これがなかなかわからない。そしてそれに関連して、前にも述ぺたように、価値形態論の方は第一章の商品論のうちの第三節になっているが、交換過程論の方は独立した第二章になっている。これもいったいどういうわけなのかということ、これまた長いあいだ疑問のたねであった。〉 (1-2頁)

  以上が、だいたい久留間氏がこの論文を書くうえでの問題意識と考えて良いでしょう。果たしてここに大谷氏が〈『資本論』における貨幣生成論という観点から見たときに,価値形態論,物神性論,交換過程論のそれぞれの課題がなんであるかを問題にしている〉というようなものがあるといえるでしょうか。
 むしろ久留間氏自身は〈「資本論」の最初の部分の構成を見てみると〉と少なくとも第1篇全体の構成を問題にしています。そして素直に『資本論』の第1篇の展開をそれ自体として理解しようとしたが、次々と疑問が湧いてきて、なかなか理解ができなかったということを正直に吐露しておられると私には思われます。久留間氏の問題意識は、決して〈貨幣生成論という観点から見たとき〉に『資本論』の第1章の第3節や第4節、あるいは第2章のそれぞれの課題は何か、というようなものではありません。そうしたことを久留間氏の問題意識だということは、ある意味では久留間氏を貶めることではないのかとさえ私には思えるのです。久留間氏自身は〈「資本論」の最初の部分の構成を徹底的に理解しようとする〉するなかで、次々と起こってきた疑問を、ただ正直に書いているだけだと思うからです。
  少なくとも久留間氏が書いたものを読んだことがある人なら、久留間氏の問題意識は『資本論』をとにかく正確に理解しようとする姿勢で一貫しているのであって、何か恣意的に自分が勝手に設定した問題意識で『資本論』のアレコレの叙述を切り取って、手前勝手な解釈をして満足するような人では決してないし、むしろそういうことを嫌い、否定されてきた人だと思います。

 大谷氏と同様、久留間鮫造氏を師とあおぐ学者の一人である小西一雄氏は近著『資本主義の成熟と終焉』(2020.12.1桜井書店)の「あとがき」の中で久留間鮫造氏の「学風」について次のように述べています。

  〈その学風は、一言でいえば、論争史に振り回されないで、自分の頭で『資本論』に素直に立ち向かえということと、マルクスの叙述を理解するためには、そこでマルクスがなにを問題としたかということを理解することが大切であり、マルクスの問題設定を離れて勝手に解釈したり、ないものねだりをしたりするようなことはするな、ということになるだろう。〉 (209頁)

  ところが大谷氏は、『資本論』のそれぞれの章や節がそれ自体として全体の叙述のなかで何を問題にしているのかではなく、〈マルクスの問題設定を離れて〉〈貨幣生成論〉という〈観点〉から〈勝手に解釈〉して、しかもそれを久留間氏自身の問題意識であるかに主張しているのです。これは師の〈学風〉に反し、その教えを踏みにじることにならないでしょうか。とにかく久留間氏の問題意識を確認して今回は終わります。

 次回以降は、では久留間氏が設定したシェーマ(=「いかにして、なぜ、何によって、商品は貨幣になるか」)とはどういうもので、それが出てくる『資本論』のパラグラフ(第2章第15パラグラフ)でマルクスは何を問題にしているのか、久留間氏がシェーマのそれぞれに該当すると考えた、『資本論』第1章第3節(いかにして)、同第4節(なぜ)、第2章(何によって)は、実際には『資本論』の叙述のなかでそれぞれはどういう意義を持っているのか、等々ということについて、すでにこれまでにも述べてきたところですが、あらためて論じておきたいと思います。(以下、続く)

  それでは本題に移ります。今回から第2篇第4章に入ります。だから最初はこの篇・章の位置づけについて論じることから始めたいと思います。


◎表題について

 〈第2篇 貨幣の資本への転化〉、〈第4章 貨幣の資本への転化〉、〈第1節 資本の一般的定式〉

 ご覧のように、今回から第2篇に入ります。しかし第2篇には第4章という一つの章しかありません(第1篇には3つの章があり、第3篇には5つの章、第4篇は4つ、第5篇は3つ、第6篇は4つ、第7篇は5つの章です)。つまり第4篇はそれだけ特異なものなのです。これはこの篇の(そしてその唯一の章の)表題が「貨幣から資本への転化」となっていることから明らかにように、貨幣が資本に転化する必然性を解明するというそれこそ特異な性格を持っていることから来ています。
 こうしたものは一般には「移行規定」と言われています。マルクスは初版ではこうした移行規定をいろいろなところで書いていましたが、第2版ではかなり少なくなっています。しかし第2版でもこの第2篇(第4章)のように移行規定は幾つかのところで見られるのです。第1篇の第2章「交換過程」も、先の久留間鮫造氏の疑問を思い出して頂いても分かるように、一つの章としては第1章「商品」や第3章「貨幣または商品流通」に較べて極めて短いものなのに、第1章と第3章と対等の位置に置かれていますが、これも第1章と第3章を媒介し、商品から貨幣への転化を明らかにするものから来ていると以前解説しましたが、この第2章も全体としての性格は移行規定といってもよいでしょう。
 それ以外にも例えば価値形態の単純な形態から展開された形態、さらに一般的な形態へと発展する過程では、一つの形態からさらに発展した形態へと移行する必然性を明らかにする移行規定が見られました。しかしそれらはいちいち紹介するまでもないでしょう。
  初版にはありながら、第2版では消えている、こうした移行規定のなかでよく知られているものとしては、第1部「資本の生産過程」から第2部「資本の流通過程」への移行規定があります。初版には第2版の最後の一文のあと、区切りを示す線が引かれ、そのあと次のように書かれています(これが第2版ではなくなっています)。

 〈最後に、われわれが蓄積の考察へ移るさいに話の穂をとめおいたところに、なお寸時、この話の穂を再びつなげておかなければならない。資本家が5000ポンド・スターリングを前貸しし、生産過程では4000ポンド・スターリングを生産手段に、1000ポンド・スターリングを労働力--労働の搾取度は1OO%--に消費した、と仮定しよう。そうすると、たとえばXトンの鉄という生産物の価値は、6O00ポンド・スターリングになる。資本家がこの鉄をその価値どおりに売れば、彼は1000ポンド・スターリングの剰余価値を、すなわち、鉄の価値に具象化されている不払労働を、実現することになる。ところが、この鉄は販売されなければならない。資本主義的生産の直接的な結果は、商品である--たといその商品が剰余価値をはらんでいるにしても。したがって、われわれは、われわれの出発点である商品に、また商品とともに流通の領域に、投げ返されることになる。とはいっても、第2部でわれわれが考察しなければならないものは、もはや単純な商品流通ではなくて、資本の流通過程なのである。〉 (江夏訳872頁)

  このように「資本の生産過程」から「資本の流通過程」への移行の必然性が語られています。因みに第2部から第3部への移行については、未完成なマルクスの諸草稿のあれこれから寄せ集め的に編集した現行のエンゲルス版にはもちろんありませんが、第2部の最初の草稿(第1稿)の最後に掲げられている第2部第3章(篇)のプランには次のように項目としては掲げられています。

 〈したがって、この第3章の項目は次のとおりである。
 1 流通(再生産) の実体的諸条件
 2 再生産の弾力性
 3 蓄積、あるいは拡大された規模での再生産
  3a 蓄積を媒介する貨幣流通
 4 再生産過程の、並行、上向的進行での連続、循環
 5 必要労働と剰余労働?
 6 再生産過程の撹乱
 7 第3部への移行 (大谷他訳『資本の流通過程』(大月書店1982.3)294頁)

 同じように、これから私たちが学習する第2篇第4章というのも、全体としてはそうした性格をもったものなのです。

  しかし貨幣から資本へ移行すると言っても、それはそれほど簡単な問題ではありません。そして実際、この部分は戦後多くの論者によって取り上げられ、論争の種になってきた部分でもあるのです。しかしここではそうした論争に深入りする気はありませんが……。

  さて、『資本論』第1巻の表題は「資本の生産過程」です。しかしその第1篇の表題は「商品と貨幣」となっており、実際に資本の生産過程の考察が始まるのは第3篇からなのです。そして第1篇と第3篇を媒介するものが、これから学習する第2篇ということになるのです。ではどうして「資本の生産過程」を考察する前に第1篇として単純な商品流通における商品と貨幣とが問題になっているのでしょうか。その理由は『資本論』の冒頭で次のように述べられています。

  〈資本主義的生産様式が支配的に行なわれている社会の富は、一つの「巨大な商品の集まり」として現われ、一つ一つの商品は、その富の基本形態として現われる。それゆえ、われわれの研究は商品の分析から始まる。〉 (全集第23a巻47頁)

  さらには次のような説明も紹介しておきましょう。

 〈われわれは、最も単純な経済的関係・ブルジョア的富の基素(エレメント)・としてブルジョア社会の表面に現われるような商品から出発した。例えば、生産物が生産者たちによって使用価値として生産されるだけであれば、その使用価値は商品とはならない。このことは、社会の成員のあいだに歴史的に規定された諸関係があることを前提している。ところで、もしわれわれがさらに次の問題を、すなわち、どのような事情のもとで生産物が一般的に商品として生産されるのか、あるいはどのような諸条件のもとで商品としての生産物の定在が、すべての生産物の一般的かつ必然的な形態として現われるのか、という問題を追求したならば、それは、まったく特定の歴史的生産様式である資本主義的生産様式の基礎のうえでのみ生じることだ、ということが分かったであろう。しかしそのような考察をしたとすれば、それは商品そのものの分析からは遠く離れてしまうことになったであろう。というのは、われわれがこの分析でかかわりあったのは、商品の形態で現われるかぎりでの諸生産物、諸使用価値であって、あらゆる生産物が商品として現われなければならないのは、どのような社会的経済基礎のうえでのことか、という問題ではないからである。われわれはむしろ、商品がブルジョア的生産においては富のかかる一般的、基素的(エレメンターリッシュ)な形態として見いだされる、という事実から出発する。しかし、商品生産、従ってまた商品流通は、さまざまな共同体のあいだで、あるいは同一の共同体のさまざまの器官(オルガーン)のあいだで--生産物の大部分は直接的な自己需要のために使用価値として生産され、従ってまた決して商品の形態をとらないのに--生じうる。他方、貨幣流通の方は、従ってまたそのさまざまの基素的(エレメンターリッシュ)な機能および形態における貨幣の発展は、商品流通そのもの、しかも未発達の商品流通以外には何も前提しない。もちろんこれもまた一つの歴史的前提ではあるが、しかしそれは商品の本性に従って、社会的生産過程の極めてさまざまの段階で満たされうるものである。個々の貨幣形態、例えば蓄蔵貨幣としての貨幣の発展や支払手段としての貨幣の発展を、立ち入って考察すれば、それは社会的生産過程の極めてさまざまな歴史的段階を示唆するであろう。すなわち、これらさまざまの貨幣機能のたんなる形態から生まれる歴史的区別を示唆するであろう。しかしながら、右の考察によって、蓄蔵貨幣としての、あるいは支払手段としての形態での貨幣のたんなる定在は、商品流通がいくらかでも発展しているあらゆる段階に同様に属するものであること、従ってまたそれはある一定の生産時代に制限されないものであること、それは生産過程の前ブルジョア的段階にもブルジョア的生産にも同様に固有のものであることが明らかになるであろう。しかし資本ははじめから、ある一定の歴史的過程の結果でしかありえないような、また社会的生産様式のある一定の時代の基礎でしかありえないような関係として出現するのである。〉 (草稿集④54-5頁)

  だから私たちが第1篇「商品と貨幣」で考察した単純な流通過程というものは、あくまでも十分に発達した資本主義的生産様式を前提して、ただその表層にあって、もっとも普遍的且つ基礎的な部分をなしているものを、とりあえずはそれ自体として考察するために、より具体的な資本主義的な諸関係を捨象してそれらを抽象的な関係として見たものなのです。マルクスは小売商人と個人的消費者の間の流通は、単純な流通がもっとも抽象的な形で現われているものだと述べています。だから私たちはリンネルや上着などを例にしてそれらの交換関係から考察を深めていったわけです。
  そしてこうした単純な流通が行き着いたものは貨幣(貨幣としての貨幣)でした。しかし貨幣から資本への移行というのは、実際には、歴史的に資本が生まれてくる長い複雑な過程を経たものなのです。だから歴史的には単純に貨幣に資本が直接続いているわけではないのです。しかしすでに述べましたように、私たちの課題は資本主義的生産様式の内在的諸法則の解明です。そしてブルジョア的生産様式の内部においては、単純な流通から資本へ直接移行するのだとマルクスは次のように述べています。

  〈資本の存在は、社会の経済的姿態形成〔Gestaltung〕の長期にわたる歴史的過程の結果である。弁証法的形態で叙述することは、自分の限界をわきまえている場合にのみ正しいのだということが、この地点〔貨幣の資本への移行を論ずる地点〕ではっきりとわかる。われわれにとっては単純流通の考察から資本の一般的概念が導き出されるわけだからである。その理由は、ブルジョア的生産様式の内部では、単純流通そのものが、資本の前提であるとともに資本を前提としているものとして以外には、存在しないからである。資本が単純流通から生ずると言ったからといってもなにも、資本がある永遠の理念の化体になるわけではない。資本が単純流通から生ずるということが示していることは、資本とは、交換価値を定立する労働、交換価値に立脚する生産がそこにゆきつかざるをえない必然的形態にほかならないということ、また資本は現実にまずもってそういうものとしてあるのだということである。〉 (草稿集③194頁)

  だから第2篇第4章「貨幣の資本への転化」は、資本主義的生産様式の内在的諸法則を解明して、それを〈弁証法的形態で叙述する〉ために、貨幣から資本への移行を、すなわち第1篇「商品と貨幣」と第3篇「絶対的剰余価値の生産」とを媒介する篇なのです。それは第2章「交換過程」が、商品から貨幣への移行を、すなわち第1章「商品」と第3章「貨幣または商品流通」とを媒介する章であったのと同じ役割を果たしています。
 第2章「交換過程」では、まずは商品の交換過程における矛盾が明らかにされ、その矛盾を解決するために必然的に貨幣が生み出されたように、第4章でも、第3章の結果である貨幣としての貨幣が、資本の最初の現象形態であることが明らかにされ、資本の一般的定式が与えられ、さらにその一般的定式の矛盾が指摘され、その解決のためには、単純流通から資本の生産過程への移行が必然であることが明らかにされるわけです。
 まあ、以上がおおまかに第2篇(第4章)の表題「貨幣の資本への転化」の意味するものです。それではいよいよ本文に進みましょう。


◎第1パラグラフ(資本の出発点は第1篇で考察した商品流通である)

【1】〈(イ)商品流通は資本の出発点である。(ロ)商品生産と、発達した商品流通すなわち商業とは、資本が成立するための歴史的な前提をなしている。(ハ)世界貿易と世界市揚とは、16世紀に資本の近代的生活史を開くのである。〉

  (イ) 商品流通は資本の出発点です。

  すでに見ましたように、第2篇あるいは第4章の表題はともに、「貨幣の資本への転化」です。つまり貨幣が資本になるということです。しかし貨幣が資本になるというのは、ただ資本主義的生産様式の社会体制を前提して、その内在的な諸法則を解明していくための、論理的な展開において言いうることです(これをマルクスは「弁証法的形態での叙述」と述べています)。「貨幣」については、これまでの第1篇のなかで明らかにされてきました。しかし「資本」はこれから明らかにされなければならないものです。だから第4章の第1節は「資本の一般的定式」となっています。つまりまず最初に資本を一般的に規定しようということです。
  「貨幣」というのは、商品流通のなかで生まれてきたものです。だから「貨幣から資本への転化」を考えるなら、当然、商品流通が資本の出発点だということは分かります。そして商品流通が資本の出発点だということは、論理的にも歴史的にも言いうることなのです。

  (ロ) 商品生産と、発達した商品流通すなわち商業とは、資本が成立するための歴史的な前提をなしています。

  この文節は、初版では〈だから商品生産と商品流通、および発達した商品流通すなわち商業とは、つねに、そのもとで資本が成立する歴史的な前提を成している〉(江夏訳143頁)となっています。またフランス語版では〈資本は、販売のための生産と商業とがすでにある発展段階に到達したばあいに、はじめて現われる〉(江夏・上杉訳129頁)となっています。
  だから商品生産と商品流通の発展は、資本が成立するための歴史的な前提だということです。商品流通がある程度発展しているところでは、すでに古代においても資本の一般的な形式が生まれていました。例えば商人資本や金貸し資本などです。彼らはGを流通させてそれをG+ΔGにすることを生業にしていました。しかしそのためには、商品生産とその流通のある程度の発展が必要だったのです。しかしこれらはまだ資本主義的生産とはいえません。しかし資本の一般的定式という点では、抽象的には言いうるのです。

 商人資本が資本主義的生産以前において歴史的に現われ、また資本主義的生産様式の発展のための歴史的前提となる理由について、『資本論』第3部から紹介しておきましょう。

  〈だから、なぜ商人資本は、資本が生産そのものを自分に従属させるよりもずっと前から、資本の歴史的形態として現われるのか、ということを見抜くことは、少しも困難ではない。商人資本の存在とある程度までの発展とは、資本主義的生産様式の発展のための歴史的前提でさえもある。というのは、(1)貨幣財産の集積の前提条件としであり、また、(2)資本主義的生産様式は、商業のための生産を前提し、個々の顧客相手ではない卸売りを、したがってまた、自分の個人的欲望をみたすために買うのではなく多数人の購買行為を自分の購買行為に集中する商人を、前提するからである。他方、およそ商人資本の発展は、生産にますます交換価値を目ざす性格を与えて生産物をますます商品に転化させるという方向に、作用する。とはいえ、商人資本の発展は、それだけでは、われわれがすぐ次にもっと詳しく見るであろうように、ある生産様式から他の生産様式への移行を媒介し説明するのには不十分である。〉 (全集第25a巻407-408頁)

  (ハ) 世界貿易と世界市揚とは、16世紀に資本の近代的生活史を開くのです。

  この文節も初版では〈16世紀における、近代の世界貿易と世界市場との創出から、資本の近代の生活史が始まる〉(江夏訳143頁)となっており、フランス語版では〈資本の近代史は、16世紀における二つの世界の商業と市場との創出に始まる。〉(江夏・上杉訳129頁)となっています。
  さて、こうした古代の商人や金貸しは、まだ資本主義的生産には繋がりませんでした。資本主義的生産が歴史的に生まれるためには、そのための歴史的な条件が必要だったからです。そうしたものは資本主義以前の諸社会のなかで育まれ、前資本主義的生産様式の崩壊の過程で準備されてきたのです。
  16世紀というのは、いわゆる大航海時代といわれる時代です。また16世紀というのは西欧世界では封建制度の末期、絶対王制の時代に該当します。その時代の世界貿易と世界市場の発展が、資本主義的生産のための原始的な蓄積を生み出したのです。こうした資本主義的生産の歴史的な発展については、『資本論』第1部の最後のところ(第7篇第24章)で問題にされますが、今は、そうした歴史的な過程を論じることが主題ではなく、論理的な展開を問題にしているのです。しかしその前に、そうした論理的な展開には、歴史的な前提があることをここで指摘していることになります。

  とりあえず、その歴史について論じている同じ『資本論』第3部から紹介しておきましょう。

  〈商業と商業資本との発展は、どこでも、交換価値を指向する生産を発展させ、その範囲を拡大し、それを多様化するとともに世界化し、貨幣を世界貨幣に発展させた。それゆえ、どこでも商業は既存の生産組織にたいしては、すなわち形態はいろいろに違っていてもみな主として使用価値に向けられている既存の生産組織にたいしては、多かれ少なかれ分解的に作用するのである。しかし、どの程度まで商業が古い生産様式の分解をひき起こすかは、まず第一に、その生産様式の堅固さと内部構成とにかかっている。また、この分解過程がどこに行き着くか、すなわち、古い生産様式に代わってどんな新しい生産様式が現われるかということは、商業によってではなく、古い生産様式そのものの性格によって定まる。古代世界では、商業の作用も商人資本の発展も、その結果はつねに奴隷経済である。また、出発点によっては、ただ、直接的生活維持手段の生産に向けられた家長制的な奴隷制度が、剰余価値の生産に向けられた奴隷制度に転化させられるだけのこともある。これに反して、近代世界ではそれは資本主義的生産様式に行き着く。このことから、これらの結果そのものがまだ商業資本の発展とはまったく別な事情によって制約されていたということになる。……
  16世紀および17世紀には、地理上の諸発見に伴って商業に大きな革命が起きて商人資本の発展を急速に推進し、これらの革命が封建的生産様式から資本主義的生産様式への移行の促進において一つの主要な契機をなしている。世界市場の突然の拡大、流通する商品の非常な増加、アジアの生産物やアメリカの財宝をわがものにしようとするヨーロッパの国々の競争、植民制度、これらのものは生産の封建的制限を打破することに本質的に役だった。しかし、近代的生産様式がその最初の時期であるマニュファクチュア時代に発展したのは、ただ、そのための条件がすでに中世のあいだに生みだされていたところだけだった。たとえばオランダをポルトガルと比較せよ。そして、16世紀に、また一部分は17世紀にも、商業の突然の拡張や新たな世界市場の創造が古い生産様式の没落と資本主義的生産様式の興隆とに優勢な影響を及ぼしたとすれば、このことはまた、逆に、すでに創出されていた資本主義的生産様式の基礎の上で起きたのである。世界市場は、それ自身、この生産様式の基礎をなしている。他方、この生産様式に内在するところの、絶えず大きな規模で生産するという必然性は、世界市場の不断の拡張に駆り立てるのであり、したがってここでは、商業が産業を変革するのではなく、産業が絶えず商業を変革するのである。商業支配権も今では大工業の大なり小なりの優勢に結びついている。例えばイギリスとオランダとを比較せよ。支配的商業国としてのオランダの没落の歴史は、商業資本の産業資本への従属の歴史である。〉 (全集第25a巻414-415頁)


◎第2パラグラフ(商品流通の最後の産物=貨幣は、資本の最初の現象形態である)

【2】〈(イ)商品流通の素材的な内容やいろいろな使用価値の交換は別として、ただこの過程が生みだす経済的な諸形態だけを考察するならば、われわれはこの過程の最後の産物として貨幣を見いだす。(ロ)この、商品流通の最後の産物は、資本の最初の現象形態である。〉

  (イ) 商品流通の持つ素材的な内容やいろいろな使用価値の交換は別にして、ただこの過程が生みだす経済的な諸形態だけを考察しますと、私たちはこの過程の最後の産物として貨幣(貨幣としての貨幣)を見い出します。

 私たちは第1篇第3章第2節「流通手段」「a 商品の変態」の考察を素材的な面を媒介する、その形態そのものを考察しました。マルクスは次のように書いていました。

  〈そこで、われわれは全過程を形態の面から、つまり、社会的物質代謝を媒介する諸商品の形態変換または変態だけを、考察しなければならない。〉 (全集第23a巻頁)

  振り返ってみますと、第3章「貨幣または商品流通」の構成は、第1節 「価値の尺度」、第2節 「流通手段」、第3節 「貨幣」になっています。この最期の「貨幣」は、いわゆる「定冠詞の無い貨幣」と言われ、「第三規定の貨幣」、「貨幣としての貨幣」、「本来的な貨幣」などとも言われています。この「貨幣」こそが、流通の形態が産み出したものだとマルクスは次のようにのべています。

  流通の形態それ自体を考察してみれば、流通のなかで生成し、生み出されるものは、貨幣そのもの〔貨幣としての貨幣〕であり、それ以上の何物でもない。諸商品は流通のなかで交換されるとはいえ、流通のなかで成立するわけではない。……流通は交換価値を創造しないし、またその大きさを創造しもしない。〉 (草稿集③158頁)

  (ロ) この、商品流通の最後の産物は、資本の最初の現象形態なのです。

  そしてこの流通の形態が生み出した貨幣こそが、資本の最初の現象形態なのだというのです。『要綱』では、マルクスは次のように述べています。

 〈資本は、まず流通から、しかも資本の出発点である貨幣から生じる。すでに見たように、流通にはいりこむとともに、同時にまた流通から自分自身に立ちかえる貨幣は、貨幣がみずからを止揚する最後の形態である。この貨幣は同時に、資本の最初の概念でもあり、その最初の現象形態でもある。貨幣は、たんに流通のなかで消え去るものとしてのみずからを否定した。しかし貨幣はまた、自立的に流通に対抗するものとしてのみずからをも否定したのである。この否定をその肯定的諸規定のなかで総括してみると、それは資本の最初の諸要因〔Elemente〕を含んでいる。〉 (草稿集①293-294頁)
 〈すでにみたように、貨幣としての貨幣においては、交換価値は、すでに流通にたいして一つの自立的形態をかち得ているが、しかしこの自立的形態は否定的で消滅的な形態にすぎず、あるいは、それが固定化されれば幻想的形態であるにすぎない。貨幣は、流通にかかわってのみ、また流通にはいりこむ可能性としてのみ存在する。しかしそれは、自己を実現してしまうやいなや、この規定を失い、諸交換価値の尺度および交換手段という、以前の二つの規定に逆もどりする。流通にたいして自己を自立化させるだけでなく、また流通のなかで自己を保持するような交換価値として、貨幣が措定されるやいなや、それはもはや貨幣ではなく--というのも貨幣は貨幣そのものとしては否定的な規定を越えることはないのだから--、資本なのである。……つまり資本の最初の規定は次のとおりである。すなわち、流通から生まれ、したがって流通を前提する交換価値は、流通のなかで、また流通をとおして自己を保持すること、この交換価値は流通にはいりこむことによって、自己を失わないでいること、流通は、交換価値が消滅していく運動としてでなく、むしろ交換価値が交換価値として現実的に自己を措定する運動として、交換価値の交換価値としての実現であること、これである。〉 (草稿集①303頁)

 やや難解な書き方ですが、要するに貨幣としての貨幣というのは、例えば蓄蔵貨幣のように流通から引き出されて、そこに固定されてしまうことによってそういうものになるのですが、しかし固定されたままだと貨幣ですらなくなります。しかしそれが再び流通に入っていくとなると流通手段などの消滅的な契機になるしかないものです。それが貨幣としての貨幣の限界なのです。しかし流通から生まれながら流通に入って行っても自己を失わない貨幣というのは、すでに単なる貨幣ではなく、資本としての貨幣なのだということです。流通のなかで自己を維持し増殖する価値こそ資本そのものだからです。


◎第3パラグラフ(貨幣を資本の最初の現象形態として認識するためには、資本の成立史を振り返る必要はない。同じ歴史は、毎日われわれの目の前で繰り広げられている。)

【3】〈(イ)歴史的には、資本は、土地所有にたいして、どこでも最初はまず貨幣の形で、貨幣財産として、商人資本および高利資本として相対する(1)。(ロ)とはいえ、貨幣を資本の最初の現象形態として認識するためには、資本の成立史を回顧する必要はない。(ハ)同じ歴史は、毎日われわれの目の前で繰り広げられている。(ニ)どの新たな資本も、最初に舞台に現われるのは、すなわち市場に、商品市場や労働市場や貨幣市場に姿を現わすのは、相変わらずやはり貨幣としてであり、一定の過程を経て資本に転化するべき貨幣としてである。〉

  (イ) 歴史をふりかえりますと、資本というのは、土地所有者に対して、商人や高利貸とし対立しました。つまり最初は土地所有に対して、貨幣財産として、まず貨幣の形で相対したのです。

  先に見ましたように、『資本論』の叙述では単純流通の最後の産物である貨幣が、資本の最初の現象形態であることが指摘されました。
  しかし歴史的にも、資本は、最初は土地の所有者たちに対抗するかたちで、どこでもまずは貨幣の形で、貨幣財産という形で現われたのです。商人資本や高利資本がそれです。
  日本の歴史を振り返っても、江戸時代の中期から末期になると、貨幣経済はますます発展し、諸藩の財政は逼迫して、商人や高利貸し(両替商や札差)からの借財に頼るしかなく、その首根っこを押さえ込まれていました。すでに土地所有者に対して貨幣財産が対抗するものとして現われて来ていたと言えます。

  (ロ) しかしここでは、資本が生まれてくる歴史を辿る必要はありません。貨幣を資本の最初の現象形態として認識するのは、論理的な展開としてです。

  しかし資本が生まれてくる歴史を辿ることがここでの課題ではありません。ここではあくまでも貨幣の資本への転化の論理的な過程を目的にしているのです。マルクスは『批判』原初稿で次のように述べています。

  〈しかしわれわれはここでは、〔単純〕流通の資本への歴史的移行については論じないことにする。単純流通とはむしろ、ブルジョア的総生産過程のひとつの抽象的部面なのであり、この部面はそれ自身のもつ諸規定を通じて、それが、単純流通の背後に横たわり、単純流通から結果として生ずるとともに、それを生み出しもする、より深部にある過程--産業資本--の契機であり、それの単なる現象形態にすぎぬことを実証するのである。}〉 (草稿集③150-151頁)

  単純流通の諸規定を通じて、私たちはその背後にあるより深部の関係としての資本の生産過程へと展開するのですが、今はその移行の最初として、まずは資本の一般的定式を規定していこうということです。

  (ハ)(ニ) それに歴史的な過程と同じようなことは、私たちの目の前で日々繰り広げられています。どんな新たな資本も、最初に登場するのは、市場においてです。すなわち商品市場や労働市場や貨幣市場においてです。そこでは最初はやはり貨幣として登場し、一定の過程を経て資本に転化するのですから。歴史を遡って考察する必要はないのです。

  それにそもそも歴史的に生じたことは、今まさに毎日われわれの目の前で繰り広げられていることでもあるからです。なぜなら、今日でも、新たな資本として投下されるものは、まずは貨幣の形態で存在しなければなりません。その貨幣はそれまでは流通過程を経て、資本として投下されるべきものとして登場したわけです。つまり流通の産物です。そしてその貨幣は、資本として投下されます。商品市場では生産諸手段の購入のために、労働市場では労働力の購入のために、あるいは貨幣市場では利子生み資本として投下されるわけです。だから論理的に明らかにしていくことは同時に歴史的な過程を凝縮して写し出していることでもあるのです(もちろん、常に歴史的な過程と論理的な過程が照応し合うわけではなありません。マルクスは〈それは時とばあいによる〉と述べています(『要綱』草稿集①52頁))。


◎原注1

【原注1】〈(1) (イ)人身的な隷属・支配関係を基礎とする土地所有の権力と貨幣の身的な権力との対立は、次のような、フランスの二つのことわざにはっきり言い表わされている。(ロ)「領主のない土地はない。」(ハ)「貨幣に主人はない。」〔"Nulle terre sans seugner.""L'argent n'a pas de matre."〕〉

  (イ) 人身的な隷属・支配関係を基礎とする土地所有の権力と貨幣の身的な権力との対立は、次のような、フランスの二つのことわざにはっきり言い表わされています。

  この原注は〈歴史的には、資本は、土地所有にたいして、どこでも最初はまず貨幣の形で、貨幣財産として、商人資本および高利資本として相対する(1)〉という一文に付けられたものです。
  マルクスは『要綱』では、人間社会の歴史的諸形態を次の三つの段階としてみています。

  〈人格的な依存諸関係〔Abhängigkeitsverbältnisse〕(最初はまったく自然生的)は最初の社会諸形態であり、この諸形態においては人間的生産性〔menschliche Productivität〕は狭小な範囲においてしか、また孤立した地点においてしか展開されないのである。物象的依存性のうえにきずかれた人格的独立性は第二の大きな形態であり、この形態において初めて、一般的社会的物質代謝〔Stoffwechsel〕、普遍的諸関連〔universelle Beziehungen〕、全面的諸欲求〔Bedurfnisse〕、普遍的諸力能といったものの一つの体系が形成されるのである。諸個人の普遍的な発展のうえにきずかれた、また諸個人の共同体的〔gemeinschaftlich〕、社会的〔gesellschaftlich〕生産性を諸個人の社会的力能として服属させることのうえにきずかれた自由な個体性は、第三の段階である。第二段階は第三段階の諸条件をつくりだす。それゆえ家父長的な状態も、古代の状態(同じく封建的な状態)も、商業、奢侈、貨幣、交換価値の発展とともに衰退するが、同様にまた、これらのものと歩みを同じくして近代社会が成長してくるのである。〉 (草稿集①137-138頁)

  封建的な土地所有というのは人格的な支配・被支配の関係にもとづいた社会です。それに対して、商品と貨幣の関係というのは、人と人の関係が物と物との関係として現われる物象的依存性のうえに築かれた社会になります。だからそれは封建的な人格的依存性に対立したものとして現われてくるわけです。
  そうした封建的な人格的依存関係と隷属関係を否定する貨幣関係を二つのことわざがはっきりと表しているというわけです。

  (ロ) 「領主のない土地はない。」

  つまりすべての土地にはそれを所有し支配する領主がおり、その領主に隷属することなくてして、土地に関係することは出来ないのが封建社会なのです。

  (ハ) 「貨幣に主人はない。」

  それに対して貨幣には主人はありません。つまり人格的な依存関係はそこにはないということです。そもそも貨幣においては何がそれに転化したのかの痕跡も消えています。例えし尿を売って入手した貨幣であっても「臭くはない」のです。貨幣の前ではすべての人が平等で、例え昨日まで乞食をしていても、偶然によってでも(たまたま拾うとか)、彼が貨幣さえ手に入れれば、その社会的力を自らのものにすることができます。『要綱』では次のように説明されています。

  〈最後に、流通する貨幣としての貨幣そのものにおいては、貨幣は一方の手に現われるかと思うとまた他方の手に現われ、またどこに現われるかについては無関心であるから、さらに実態的に〔sachlich--物象的に〕も平等が措定〔される]のである。だれもが相手にたいして貨幣の所持者として現われ、交換の過程が考察されるかぎりでは、みずからが貨幣として現われる。それゆえ、無関心性〔Gleichgültigkeit〕と同値性〔Gleichgeltendheit〕とが物象〔Sache〕の形態で明示的に現存している。商品のうちにあった特殊的自然的差異性は消し去られており、また流通をつうじてたえず消し去られている。〉 (草稿集①283-284頁)

 (今回は長いので、ブログには3万字以下という字数制限があるために、全体を五分割して掲載します。)

 

 

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