『資本論』学習資料室

泉州で開催された「『資本論』を読む会」の4年余りの記録です。『資本論』の学習に役立たせてください。

第49回「『資本論』を読む会」の案内

2012-08-18 12:21:47 | 『資本論』

『 資 本 論 』  を  読  ん  で  み  ま  せ  ん  か 

                                    

                                      
 EUの信用不安は一向に収まる気配はないが、ここにきて新たな問題が出てきた。LIBOR(ライボーと読むらしい)の不正疑惑である。LIBORというのは「ロンドン銀行間取引金利のこと」で「指定された複数の有力銀行から報告された11:00時点のレートを英国銀行協会(BBA)が集計し毎営業日発表している」ものらしい。まあ銀行が営業や互いの貸し借りで貸し出す場合の予定金利を毎日BBAに報告して、それにもとづいて一定の手続きの上で、その時点での平均金利として発表されているもので、さまざまな金融取引における利率の目安になっているようなものらしい。

 その「有力銀行」の一つ英大手銀行バークレイズが2005~09年にたびたび不正操作していたことが発覚したという。しかも不正操作をしていたのはバークレイズに限らずHSBC(世界最大級の金融グループ)や仏ソシエテ・ジェネラル、クレディ・アグリコルがバークレイズと共謀していたともいう。EUの金融機関全体が(各国の中央銀行も含めて)不信の目で見られるような状態なのである。

 

 しかし銀行が貸し出す金利の「不正操作」と言っても、金利そのものに何か絶対的な基準というものがあるわけではない。今回のBBAへの報告の対象になっているものも、ただ銀行がこれだけの金利なら貸し出してもよいという程度のものでしかなく、実際に貸し出した実勢の金利ではない。つまり金利には常に一定の恣意性と人為性がつきまとうものなのである。だからそこには常に「不正操作」が、つまり詐欺や瞞着が付きまとうのであり、むしろそれが金融の世界の常態と言ってよいほどのものでさえある。

 利子率というのは、銀行が貨幣商品を売り出す(貨幣を貸し出す)ときの「価格」であるが、一般の商品の価格とは大きく異なる。一般の商品の価格やそれを最終的に規定する価値というものは、社会の物質代謝を維持するに必要な諸商品の生産に、その時の生産力において、どの分野にどれだけの労働力を配分すべきかを示す指標であり、この社会を物的に維持するために、さまざまな偶然や攪乱を通して貫いている客観的な法則である。それに対して、利子率というのは、一方に貸付可能な貨幣資本があり、他方にそれを借り出す需要があったときに、その供給と需要によって決まってくるものでしかなく、客観的な基準というものは何もないのである(もちろん、利子も資本が労働者から搾取した剰余価値〔利潤〕から分割したものだから、社会全体の剰余価値〔利潤〕以上にはなりようはないという限度はあるのだが)。

 マルクスは信用には二つのものが概念的に区別されるべきと指摘している。一つは一般の商品が流通する過程で生まれる信用(商業信用)であり、もう一つは銀行などが貨幣を貸し出す場合の信用(貨幣信用、一般には「銀行信用」とも言われている)である。前者は再生産過程の内部の信用であり、後者は再生産過程の外部の信用である。もちろんこの二つの信用は現実には複雑に絡まり合って現れてくるのであるが、再生産過程の内部の信用には、物質的な再生産を構成するという客観的な基準はあるが、外部の信用である貨幣信用には、だからそうした客観的な基準というものはなく、よってこの場合の信用には、常に恣意性と人為性が付きまとうというのである。ただこの世界で問題になるのは、労働者から搾り取った剰余価値の分け前を巡る資本家同士の醜い争いであり,労働者には直接には無関係の、おどろおどろしい世界の話でしかないのだ。

 マルクスは次のように述べている。

 〈信用は、個々の資本家に、または資本家とみなされる人々に、他人の資本や他人の所有にたいする、したがってまた他人の労働にたいする、ある範囲内では絶対的な支配力を与える。……成功も失敗も、ここではその結果は同時に諸資本の集中になり、したがってまた最大の規模での収奪になる。収奪はここでは直接生産者から小中の資本家そのものにまで及ぶ。……そして、信用はこれらの少数者にますます純粋な山師の性格を与える。所有はここでは株式の形で存在するのだから、その運動や移転はまったくただ取引所投機の結果になるのであって、そこでは小魚は鮫(さめ)に呑みこまれ、羊は取引所狼に呑みこまれてしまうのである。〉(全集25巻a559-560頁)

 金融諸現象はなかなか理解しずらい分野の一つであるが、しかし、『資本論』はそうした複雑な諸現象を基礎的な視点から解明する指針を与えてくれる。貴方も共に『資本論』を読んでみませんか?

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第49回「『資本論』を読む会」・案内


 

■日   時    8月26日(日) 午後2時~

■会  場   堺市立南図書館
      (泉北高速・泉ヶ丘駅南西300m、駐車場はありません。)

■テキスト  『資本論』第一巻第一分冊(どの版でも結構です)

主  催  『資本論』を読む会(参加を希望される方はご連絡くださいsihonron@mail.goo.ne.jp)

 

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