詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

洞口英夫『流星は魂の白い涙』

2020-06-09 10:07:01 | 詩集
洞口英夫『流星は魂の白い涙』(思潮社、2020年04月20日発行)

 洞口英夫『流星は魂の白い涙』の「青空」。

ありったけの郷愁をこめて
自分が落ちたあたりの青空を見る

青空で
自分が落ちた破け穴は
消えているが

ありったけの郷愁をこめて
青空を見る

自分が落ちたあたりの
青空を見る

 洞口には「もうひとりの私」を求める詩が多い。この詩も、それにつながる。ただし、この詩では「もうひとりの私」の象徴となっているのが「穴」である。
 「ありったけの郷愁をこめて」と書くのは、その「穴」の向こう側に「いた」私こそがほんとうの私(もうひとりの私)だからである。
 「穴」は「消えている」と洞口は書くが、「穴」とはもともと何もないものである。(たとえば、「穴」に水がたまれば「池」になる。)何もないからこそ、そこには何かが「あった」と考えることができる。

 「青空」の「青」は何だろうか。「魂」という作品がある。

夜明けの
青闇が
夜明けの青闇が
なぜこんなに
 哀切なのか
  郷愁を覚えるのか

私は
 ここを透って
  母の中に
   はいった

 「青空」は真昼の空だろう。それに対して、ここでは「夜明けの青闇」。「青」は洞口にとっては特別な色である。「ここを透って」の「透る」は、一種の「当て字」である。「透明」は遮るものがない。だから「通る」ことができる。不可能が可能になる。母から生まれるのではなく、母の肉体のなかへ帰っていくことさえできる。その「透」に通じるのが「青」である。
 最初の詩にもどってみる。そして「青」を省略してみる。「魂」でも同じことをしてみる。

ありったけの郷愁をこめて
自分が落ちたあたりの空を見る

夜明けの闇が
なぜこんなに
 哀切なのか
  郷愁を覚えるのか

 「青」がなくても同じことを書いているように見える。しかし「青」がないと印象が違う。その違いから、「青」にこそ「意味」がある、ということがわかる。「青」を書きたくて、洞口は詩を書いている。それは「透明」である。どこへでも通じる。「いま/ここ」ではないどこか(過去)が通じることを「郷愁」と呼んでいる。郷愁が郷愁であるためには「青」、「透明な青」が必要なのである。
 洞口が、そうした世界をのぞむのはなぜだろう。「透明」とは逆の世界がある。たとえば「熊」。

自分がかつての自分で
なくなっている姿が
いまの自分なのだとおもう
檻のなかの熊のように

 ここには不透明な「和解」がある。自分自身との「和解」である。
 これをさらに追い詰めて。
 「今の自分」を、もっと「自分の肉体」にひきつけて書いたものに「自灯明」がある。電車に乗り遅れて、線路を歩く。灯はない。

自分の身辺一メートルしか見えない
それは自分の明りというか
自分の眼が感じられる
明るさのはんいが
一メートルだったのかもしれません

 「青/透明」とは逆にある「闇」。それは「肉体」のなかにあるのか。しかし「肉体」のなかの「闇」は何かしらの「光」をもっている。いのちが動いている。その熱が発する光かもしれない。それは「肉体」からはみだして、自分をつつむ。
 「透明」を捨てて、この「自分のなかからはみだしてくる一メートルの光」を書いた方が、おもしろいと思う。それは「青空」のように、他人を郷愁にかりたてるということはないだろうが、読者を「手さぐり」に誘い込む。
 「自分が/感じられる/はんい」の明るさ、つまり、他人には見えない「明るさ」こそが、洞口自身なのだと思う。






*

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