森鴎外「電車の窓」(岩波書店「鴎外選集」第2巻)
「目」や「姿勢」はもちろん何も言わない。言っているかのように「感じる」(感じられる)。そして、その「感じる」(感じられる)を省略したとき、対象がくっきたと浮かび上がる。対象が明確な存在となる。
その瞬間が「詩」である。
そして、その「詩」を成立させている語が「言ふ」である。
亘の長い目で、瞳が黒い星のやうに輝いた。
この目がこんな事を言ふのである。「あなたも千万人の男といふものの中のお一人でございますね。(略)」
(略)
鏡花の女は矢張鼠のコオトの袖を柿を掻き合せて、俯向加減になつてゐる。
その姿勢がこんな事を言ふのである。「まあ、なんといふ詰まらない身の上だらう。(略)」
「目」や「姿勢」はもちろん何も言わない。言っているかのように「感じる」(感じられる)。そして、その「感じる」(感じられる)を省略したとき、対象がくっきたと浮かび上がる。対象が明確な存在となる。
その瞬間が「詩」である。
そして、その「詩」を成立させている語が「言ふ」である。