詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

伊藤悠子『白い着物の子どもたち』

2023-07-22 22:30:42 | 詩集

 

伊藤悠子『白い着物の子どもたち』(書肆子午線、2023年07月15日発行)

 伊藤悠子『白い着物の子どもたち』の詩には、全部ではないけれど、死の静かな影がさしている。それは生きているものにもさしている。どうすればいいのだろうか。
 表題作。

白いレースのカーテンが
写真の上に影をひろげている
影色のガーゼのようにひろがっている
いけない
カーテンを引かねば
写真の子どもたちはガーゼ伸ばし作業をしているのです

 おそらく自分でもつかうガーゼ(の包帯)。洗ったそれを、ていねいにのばしている。その写真のなかの子どもたちは、いま、どうしているのか。死んでしまっているかもしれない。それでも、

いけない

 と思う。そうして、カーテンがつくりだす影をおしやるようにして、カーテンを引く。影がさしてはガーゼが干せない。このとき、伊東のこころのなかで動く真実の力。写真のなかの子どもたちが伊藤を呼んだのかもしれない。
 「影色のガーゼ」と「ガーゼ伸ばし」。繰り返す「ガーゼ」のなかに、「ガーゼ」をつなぐもののなにか、伊藤は引き込まれていく。その引き込まれ方が、とても自然だ。

立って前かがみになりながら
伸ばしたガーゼを重ねている少女
どこかしら似ている
この少女はおそらくリーダー おねえさん格
テキパキとこなすので写真の前方にいる
豊かな髪が額に落ちないようになにかで留めているみたい
この作業がおわったらなにをするの?

 誰に似ているのか。伊藤自身かもしれない。伊藤は、その少女であり得たかもしれない。どんなことも、絶対にあり得ないということはない。誰だって病気をする。誰だって、死ぬ。
 「豊かな髪」と「豊かな」と書き加えずにはいられない何かがある。
 その少女が伊藤であり得たかもしれないと実感するからこそ、伊藤はカーテンを引いたのだ。影を「ガーゼ」の色だと感じたのだ。伊藤が見た「ガーゼ」の色ではなく、少女が(子どもたちが)見た「ガーゼ」の色。

この作業がおわったらなにをするの?

 この静かな声の、なんという悲しさ。子どもならば、することはなんでもある。何もすることがなければ、走ればいい。何もすることがなければ、けんかしたっていい。泣いたっていい。そうして子どもの時間は過ぎていく。それが、ふつう、だ。
 しかし、ここでは違うのだ。子どもたちは、自分がつかうかもしれない(つかったかもしれない)ガーゼを伸ばしている。たたんでいる。泣かずに。また、つかうために。世界が、することが、限られている。だからこそ、聞かずには、いられないのだ。「この作業がおわったらなにをするの?」
 なんと答えられるだろう。
 伊藤は、答えを出さない。
 詩のなかほど過ぎに、こういう三行がある。

ありえない
ありえない
ありえないつらさがあったよ

 伊藤は確認している。何もかもが「ありうる」。伊藤は、その写真のなかの子どもで「ありうる」し、その写真の子どものために、カーテンを引く女性でもありうる。
 子どもたちのつらさは、伊藤のつらさでも「ありうる」。
 ここには、やわらかなカーテンの影のような静かな共感力がある。それは、あらゆる死を、静かによみがえらせる。誰も死にはしないのだ。伊藤のことばのなかで、もう一度、生きるのである。ただ、静かに。静かさこそが、人が求めるのかもしれない。

 

 


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