経済的な格差が広がる日本で、「生活の安全網」である社会保障機能が弱体化すれば、弱い人はより追い詰められてしまう。「窮乏」は、社会の繁栄を阻むのだ。国は約束を守り、充実した社会保障制度を築いていくべきだ。
窮乏」「疾病」「無知」「不潔」「怠惰」という五つが、社会の繁栄を阻んでいる。窮乏の根絶のためには、社会保険制度が有効なのである。
<東京新聞社説>社会保障のあり方 繁栄阻む「五つの巨人」
政府は消費税引き上げを決めたときに、増収分は社会保障に充てると約束した。なのに、国民に「痛み」を強いる見直しが進むのは、納得いかない。
「揺りかごから墓場まで」
この有名なスローガンで、福祉国家の考え方を初めて表明したのは、英国の経済学者ウィリアム・ヘンリー・ベヴァリッジだ。
ベヴァリッジは第二次世界大戦中の一九四二年、チャーチル首相の命により、社会保障制度の新しいあり方を示す「ベヴァリッジ報告」をまとめた。当時、ドイツ軍の空爆で、英国は甚大な被害を受け、戦後の社会を再建するため、社会保障制度の検討が喫緊の課題となっていた。
◆福祉国家のモデル
<ベヴァリッジは、戦後、イギリス社会の再建を目指す上で「窮乏」「疾病」「無知」「不潔」「怠惰」という五つの巨人が、社会の繁栄を阻んでいるとした。窮乏の根絶のためには、社会保険制度が有効であると考えた。他の巨人に対しては、総合的な社会保障制度が必要であるとした>
ベヴァリッジはこのほか、国家が最低限の国民生活を保障する「ナショナルミニマム」という考え方も打ち出したと、金子光一東洋大教授の著書「社会福祉のあゆみ」に書かれている。
同報告は、福祉国家の基本モデルとして、世界の多くの資本主義諸国に影響を与えた。
日本では、戦後、日本国憲法が制定され、社会保障が本格的に発展し始める。憲法で生存権や勤労権が規定され、生活保護法や労働基準法などが施行された。 六一年には、すべての国民が公的な医療保険や年金制度に加入する「国民皆保険・皆年金」が実現した。
◆進む給付減、負担増
だが、今、経済の低成長と急速な少子高齢化に直面し、日本の社会保障は見直しの圧力にさらされている。
社会保障予算は毎年一兆円程度ずつ増えている。一般歳出の五割を超える。
自民、公明、民主三党の合意で設置された政府の社会保障制度改革国民会議は昨年、自分のことは自分や家族で面倒をみる「自助」重視を基本とする報告書を取りまとめた。報告を基に社会保障制度改革の工程をまとめたプログラム法が成立。政府は給付減、負担増につながる見直しを進めている。
先の国会では、一定以上の所得がある人の利用者負担引き上げなど、介護保険サービスのカットを柱とする法律が成立。サービスの利用控えを招き、要介護者の心身の症状悪化につながりかねない。介護を担う家族の負担が増大するなどの懸念が出ている。
医療保険でも七十~七十四歳の自己負担が今年四月から順次、二割に引き上げられている。大病院を紹介状なしに訪れる患者の負担増や、入院する患者が支払う食費の自己負担増の検討が進む。
公的年金については、少子高齢化に応じて年金額を抑制するシステムを強化することが議論されている。低年金の高齢者の生活はますます苦しくなる。
消費税は四月に8%に引き上げられた。安倍晋三首相らは「消費税の増収分は社会保障にしか使わない」と強調する。増税したにもかかわらず、社会保障のカットが進むのは、納得できない。
社会保障の充実に充てられるのは増収分のわずか五分の一。残りは財政の穴埋めにまわる。国民から見て、社会保障費に使われているようには見えない。
一方で、景気対策として公共事業費などに多額の予算が投入されている。防衛費も増え続けている。増収分が社会保障にまわっていないという疑念は、さらに膨らむ。増税を決めた際に約束した国会議員の身を切る改革、定数削減の議論も一向に進んでいない。これでは不信感が募るばかりだ。
高福祉国家として知られるスウェーデンで、先週、総選挙が行われた。増税を掲げ、福祉国家の再建を訴えた中道左派の野党が勝利した。渡辺芳樹前スウェーデン大使は、同国国民が増税に寛容な理由について「スウェーデンでは政府が国民の持ち物という考え方が基本。国民の懐から政府に投資し、政策を推進してもらう。事業への原資は国民が拠出する。それが税金という考えだ」と話す。税金の使途について透明性が高く、政府への信頼度が日本に比べ、格段に高いということだろう。
◆「生活の安全網」守れ
経済的な格差が広がる日本で、「生活の安全網」である社会保障機能が弱体化すれば、弱い人はより追い詰められてしまう。「窮乏」は、社会の繁栄を阻むのだ。国は約束を守り、充実した社会保障制度を築いていくべきだ。