“さるかに合戦”  臼蔵 と 蜂助・栗坊 の呟き

震災や原発の情報が少なくなりつつあることを感じながら被災地東北から自分達が思っていることを発信していきます。

沖縄戦での韓国(朝鮮)の方々

2013年04月02日 06時00分29秒 | 蜂助の呟き
こんにちは、蜂助です。

沖縄の南部に沖縄県立平和祈念資料館があるのは有名で観光でも多くの人が訪れます。



しかしその入口の道路の反対側にある朝鮮人戦没者慰霊碑は観光案内にも載っていないし訪れる人もほとんど居ません。





民団の方々が1075年にお金を集めて作ったそうです。碑はハングル、日本語、英語の3枚が並べられています。


平和記念博物館の中にある平和の礎は全国と世界の沖縄戦の戦没者が刻銘されています。この施設の目的は複雑だったようですが今回は触れません。台湾、北朝鮮、韓国と刻銘碑は続きます。



韓国の方の命名は3百名程度しかありません。どう考えても1万人以上いるはずです。なぜなのか?
1.本名を奪われたから名前がわからない。朝鮮や台湾の方は本名と言葉を奪われたのです。日本の氏名を付けさせられ日本語を話すことを義務付けられました。だから亡くなった方の本名がわからない。
2.韓国のご遺族が、日本軍の兵士として従軍させられたことへの反発から刻銘を認めない。
3.従軍慰安婦や軍属は強制的に連れてこられ名前がわからない。
などの理由が考えられます。

戦後68年が経った今も、こんな碑からも多くの惨たらしい事実が浮かび上がってきます。

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1 コメント

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 (通りすがり)
2017-05-06 15:48:26
朝鮮人って名前は漢字使ってたんじゃなかったっけ?
しかも中国人と同じ苗字もなかったっけ?

日本語と朝鮮語のバイリンガルではあっても日本語のみの強要って難しいそうだけどね。
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