南沙諸島の領有権、埋め立てによる米中の対立は深刻です。世界最大の軍事力を背景としたアメリカ軍の軍事行動は、いかなる問題があったとしても、行ってはならない政治問題です。
紛争を話し合いで解決する。この原則を中国、フィリピン、ベトナムが貫いてほしいものです。中国が軍事力を誇示時ながら、他国を威圧する行為は、結果として中国の孤立化、アジアにおける中国の威信を大きく損なうものとなるでしょう。
近隣諸国と平和的な外交、経済関係を確立できない国家は、必ずその報いを受けることは歴史を見れば明らかです。ナチスドイツの侵略はその代表的な歴史事実です。資源確保が領有権問題を引き起こす1つの問題でしょうが、資源問題は関係国による話し合いで解決可能な課題です。どのような理由があろうとも軍事力による解決、衝突は起こしてはなりません。
<毎日新聞>南シナ海埋め立て 米中、対立鮮明に
カーター米国防長官は30日、シンガポールで開催中のアジア安全保障会議で、中国が南シナ海で進める岩礁の埋め立てを厳しく非難した。出席した中国軍関係者からは反対意見がすぐ上がり、東南アジアを舞台に米中の対立が鮮明になった。共に武力衝突の回避を訴えながらも南シナ海を国益に直結する重要海域と位置づけ、互いに一歩も引かない構えだ。その動向は日本の安全保障にも直結する。
◇米「国際秩序を崩す」
「南シナ海の領有権を主張する国々が前線基地を設けてきたのは事実だ。しかし、あまりにも速く、行き過ぎている国がある。それが中国だ」。会議でカーター氏が放った言葉は、米国のいら立ちを物語っていた。
アジア太平洋地域へのリバランス(再均衡)政策を推進する米国は、第二次大戦後に経済発展を遂げた同地域に関し「その平和と安定の相当部分は、米国の海軍力による」(バイデン米副大統領)と自負する。それだけに南シナ海の南沙(英語名・スプラトリー)諸島における岩礁埋め立てや滑走路、港湾の建設といった中国の動きに「深刻な懸念」(カーター氏)を抱く。
米国防総省報道部長は29日、埋め立てた人工島に中国が兵器を持ち込んだとの報道を認めた。米国はこのままでは航行、飛行の自由など、米主導の国際秩序の根本原則を崩す事態が起きかねないと見ている。カーター氏が埋め立ての「即時、永続的な停止」を求め、中国が接近を批判する人工島の監視継続を明言するのも、この姿勢の表れだ。
だが、航行の自由などの原則を守る米軍の行動は、中国との軍事的対立のリスクを高めかねない。米ランド研究所アジア太平洋政策センターのスコット・ハロルド副所長は「米国は中国が嫌がっても国際海域での偵察飛行、航行を長年してきた」と指摘し、米側にはリスクを承知で、行動で示す覚悟はあると見る。両国は昨年11月、偶発的な軍事衝突回避などの取り決めにも合意はしており、一応の歯止めもある。
米国は国防費全体が削減傾向にあり、地域の安全保障に関する「負担」を日本やオーストラリアなど同盟国にも求める動きを見せている。カーター氏は演説で、日米両政府が合意した新しい日米防衛協力の指針(ガイドライン)について「日米はこの地域で同盟国としてより多くの活動ができる」と評価した。
一方、カーター氏は「米国は特定国を抑え込む意図は全くない。全ての国の台頭を望む」とも発言。米国による「包囲網」に神経をとがらせる中国に交渉を通じた決着を目指すよう促している。直接衝突は回避したいのが本音だ。
ただハロルド氏は、今のような対立が続けば今秋に予定される習近平国家主席の訪米は「うまくいかない可能性が高い」と指摘した。
◇中、軍事拠点化図る
中国の埋め立てを非難したカーター氏に対し、出席していた中国軍将校は質疑応答の際に「この地域が平和と安定を保ってきたのは、中国が大いに抑制してきたおかげだ」と反論した。
南シナ海への関与を強める米国に中国が過敏に反応せざるを得ないのは、ここが戦略上の最重要エリアの一つだからだ。国家戦略である「一帯一路」(海と陸のシルクロード経済圏)構想のルートにあたり、中東・アフリカから輸入する原油の8割以上がここを通る。だが、中東やマラッカ海峡などのシーレーンは米軍が実質的にコントロールしており、有事の際に海上封鎖される懸念が消えない。
また、南シナ海は水深が深く、米軍を近づけない接近阻止戦略と、有効な対米核抑止力を持つために、米本土を射程圏内に入れる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載の原子力潜水艦をこの海域に展開させたいとの思惑もある。
中国政府は26日に発表した国防白書で、海洋権益をめぐる争いで譲歩しない姿勢を強調。国防省報道官は同日の記者会見で、埋め立てについて「必要な軍事防衛機能を果たす」と述べ、軍事拠点化の意図を事実上認めた。港湾や滑走路を造ってレーダーも設置し、洋上に「不沈空母」を築こうとするシナリオが透ける。
しかし、人工島の「領海・領空」に米軍が艦船や航空機を進めた場合、「行き着く先は正面衝突」(国際情報紙・環球時報)との見方は中国側でも出ている。軍事力では米国に分があり、中国としても武力衝突を望んではいない。
会議に出席している中国軍の孫建国・副総参謀長はベトナムやタイなど9カ国・地域の軍高官と個別に会談し、「域外国が南シナ海問題に悪意を持って騒ぎ立てながら介入しているが、冷静さを保ってほしい」と呼びかけた。
中国外務省の華春瑩(かしゅんえい)副報道局長も30日、カーター氏の演説を受けて発表した談話で「米国は歴史や法理、事実を無視して(関係国を)引き離そうとしており断固反対する」と表明。いずれも緊張を高めているのは米国との宣伝を強める方針がうかがえる。
一方で、習氏の訪米時に対立が先鋭化したままというのは避けたい事態だ。国際関係が専門の中国人研究者は「踏み込まれたら対応せざるを得ないが、そうでなければ雰囲気を変えたいとの思いはある」と語り、中国が米国や国際社会の反応を見つつ、緊張緩和に向けた対応を取る可能性もあるとの見方を示した。
◇東南アジア、大半は静観
南シナ海・南沙諸島で中国と対峙(たいじ)するフィリピン。同国海軍のアレクサンダー・ロペス中将はアジア安全保障会議で「南シナ海における安全保障は危うい状態になっている」と訴えた。
軍事力が脆弱(ぜいじゃく)なフィリピンは、中国の実効支配拡大を食い止められず、同盟国・米国への「依存」を強める。昨年4月、米軍の再駐留につながる米国との新たな軍事協定を締結。先月、両国は南シナ海周辺などで過去15年で最大規模の合同演習を実施した。
同様の問題を抱えるベトナムも米国と接近している。米国は昨年10月、ベトナム戦争終結以来40年続いた武器の禁輸を一部解除した。カーター氏は会議後ベトナムを訪問する予定で、7月にはベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長が最高指導者として初めて訪米する見通しだ。
ただ、東南アジアの大半の国々は中国批判を極力控える。中国はこの地域にとって最大の貿易相手国で、経済発展を遂げる中国との「共栄」を図りたい考えだ。シンガポールのリー・シェンロン首相は29日の基調講演で、アジア太平洋地域で米中が「平和的に競争」すべきだと主張し「全てのアジアの国々は、米中のどちら側につくかを選びたくない」と語った。
一方、日本は巡視船の供与などを通じフィリピンやベトナムとの関係を強化する。しかし、南シナ海問題などに日本が関与を強めることについて、シンガポールの安全保障研究者は「日本は中国との関係に問題を抱えており、この地域での対立を先鋭化させかねない」と懸念した。
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■ことば
◇アジア安全保障会議
アジア太平洋地域各国の国防幹部や専門家による国際会議。英国の国際戦略研究所が主催し2002年以降、毎年シンガポールで開かれている。会場のホテル名から「シャングリラ・ダイアローグ」と呼ばれる。