落合順平 作品集

現代小説の部屋。

上州の「寅」(28)朝餉(あさげ) 

2020-09-11 09:08:46 | 現代小説
上州の「寅」(28) 


 朝食の用意が整った。
寅が床の間を背にして座る。
金髪2人は1メートル以上離れ、テーブルの隅に相対して座る。


 「おかしいだろう。こんな座り方」


 「男女7歳にして席を同じゆうせず。
 7歳になれば男女の別を明らかにし、みだりに交際してはならないと言います。
 食をともにせず、と続く場合もあります」


 「家庭教師をやれと言っておきながら、ずいぶん勝手な理屈だな」


 「そうじゃないの。ユキが風邪気味です。
 だから離れて座っているだけ。
 いいでしょ。
 あなたは家長として床の間を背にして座っているんだもの」
 
 「いつから家長になったんだ。俺は」


 「あなたがいちばん年上です。あたしは18。ユキは15。
 適役でしょ。あなたが家長で」


 「よくわからんが・・・まぁ・・・いいか」


 食卓に生野菜は無い。漬物だけがならんでいる。
今日に限ったことでない。毎朝がこうだ。
なにを考えているかわからないが、毎朝こうしておおくの漬物がならぶ。


 「若い女性なら朝はシャキシャキの生野菜サラダだろ。
 なんだか変ってんな。この家は」


 「寅ちゃんは不満ですか?。漬物ばかりでは?」


 「発酵品が身体にいいというのは知ってる。
 だけど毎朝漬物じゃ飽きちゃうね。
 それにさ。若い女性は美容のため、生野菜ばかり食べると思っていた」


 「古いわね。寅ちゃんは」


 「古い?。俺が?。漬物ばっかり食っている君たちの方がよっぽど古いだろ」


 「野菜をとるなら漬物。これがいまの常識です」


 「えっ!そうなのか?」


 「野菜をとる時、生のサラダを思い浮かべる人は多いでしょう。
 でも実は漬物のほうが、野菜の栄養を摂取しやすいの。
 サラダはレタスやキャベツ、きゅうりといった生で食べる淡色野菜が中心。
 漬物は淡色野菜はもちろん、高菜やナスなど生では食べづらい緑黄色野菜。
 緑黄色野菜は抗酸化作用のあるカロチンを多く含んでいます。
 ビタミンや鉄、カルシウムは、淡色野菜の数倍も含有しているのよ」


 「へぇぇ、そうなのか・・・」


 「漬物は水分を抜いて作るので、生のものより体積が小さくなる。
 その分、サラダより効率的に栄養を摂取できます。
 食物繊維もサラダより、楽にしっかり摂取できる。
 植物繊維をとることで大腸がんになりにくいといわれています。
 漬物は栄養面でも摂取効率で、もサラダより手軽に栄養を取りやすいのよ」


 「詳しいな、君は」


 「それだけじゃありません。漬物には咀嚼の効果があります。
 鹿児島の山川漬や桜島大根の漬物は、ポリポリ、カリカリの食感が特徴。
 漬物は野菜を脱水した食べ物ですので、歯ごたえの良い硬さを持っています。
 この硬さが重要なのよ。
 硬いものを食べる時、咀嚼回数が多くなります。
 よく噛んで食べると、体に良い影響を与えます。
 顎の発達。認知症の予防。さらに消化を助ける。
 唾液分泌による虫歯予防、脳の活性化などなど、いいことだらけです」


 「凄いなぁ。君が漬物のカリスマに見えてきた・・・」


 「こう見えて意外に家庭的なの。わたしって。
 お世辞を言うのなら、いい奥さんになれそうだ、って言ってくださる。
 わたし昔から、やまとなでしこになるのが夢なんだから」


 「金髪のやまとなでしこか・・・やれやれ、まいったね」


(29)へつづく


上州の「寅」(27)家庭教師  

2020-09-08 12:04:05 | 現代小説
上州の「寅」(27) 

 
 寅とユキ、チャコの3人だけの生活がはじまった。
朝5時に起きだす。寒い。2月の外はまだ暗い。


 寅がかまどの前へ坐る。
それを合図に女2人の朝食の準備がはじまる。
寅がかまどで飯を炊く。
金髪2人が土間を行きかう。
トントンと包丁で刻む音が寅の耳へひびいてくる。


 女2人がせっせと朝食の準備をすすめていく。
そんな様子を横目で見ながら(まるで昭和初期の朝餉の風景だな・・・)
寅がつぶやく。


 「なに?。朝餉って?」


 ユキが寅の背後で足をとめる。


 「知らないのか。永谷園の味噌汁のことさ。
 朝はあさげ、夜はゆうげ」


 寅の答えにチャコが振り向く。


 「こら寅。手をぬくんじゃない。
 ちゃんと教えてあげな。
 これからあんたはユキの家庭教師になるんだから」


 「ユキちゃんの家庭教師になる?。俺が?。
 なんだいったい。どういう意味だ。それは・・・」


 「あんたの二つ目の任務は、ユキの家庭教師だ」


 「ひとつめが日本ミツバチの養蜂で、ふたつめがユキの家庭教師?。
 なんで俺が家庭教師だ。ユキちゃんの」


 「ユキはこの春から高校生になる。
 といってもインターネットを使った通信制の高校だけどね」


 「ユキちゃんが高校生になる。それはいいことだ。凄いな」


 「勉強を教えてあげたいけど、あたしじゃ無理だ。
 転校ばかりで、勉強はからっきし駄目だったからね。
 不安だから誰かいないかと相談したら、うってつけの奴が居る、
 すぐ送り込むという結論になった」


 「やっぱり最初から大前田氏と共謀していたんだな」


 「えへへ。ついにばれたか」


 「ということは・・・ひょっとしてユキちゃんが高校を卒業するまで、
 俺は帰れないということか?」
 
 「そういうことになるかしら」


 「軽く言うな。大変なことだぞ」


 「嫌なら帰ってもいいのよ」


 「金はないし、どうやって帰るんだ。鹿児島のこんな山奥から!」


 「お金がないならヒッチハイクだね。
 鹿児島から群馬まで1300㎞・・・ううん~。気絶するほど遠いわね」


 「まいったなぁ・・・」


 「あんたが悪いのよ。免許証のコピーなんか渡すから」


 「免許証のコピーはまずいのか?」


 「あたりまえでしょ。本籍と現住所。
 おまけに顔写真までついているもの、すぐ本人が確認できる。
 履歴書なら嘘が書けるけど、免許証じゃ誤魔化せない。
 テキヤに免許証のコピーを預けたあんたが悪い。
 あきらめることですね。ユキが高校を卒業するまで」




(28)へつづく


上州の「寅」(26)巣箱は自前で 

2020-09-03 15:45:14 | 現代小説
上州の「寅」(26)


 「いい話ばかりじゃないよ。
 日本ミツバチはもともと野山で暮している虫。悪い面もある。
 まず集める蜜の量がすくない。西洋ミツバチの10分の1くらいかしら。
 気難しい性格で、すぐ野山へ逃げてしまう。
 だから日本ミツバチをつかった養蜂は難しい」


 「ひよっとして、その難しい日本ミツバチの養蜂に挑戦しょうという話か?」


 「そう。ここは日本ミツバチをつかまえる最適の地なの」


 「日本ミツバチを捕まえる最適の地・・・ここが・・・ホントかよ。
 ということは日本ミツバチを捕まえるため、おれはここへ呼ばれたのか」


 「そう。大正解。ハチを捕まえるのが最初のあなたの任務」


 「最初の?。なんだ。ほかにもなにか有るのか。俺の任務が」


 「あっ・・・気にしないで。ふたつ目は。
 あとでくわしく話すから。
 ということでまずは、これ。
 今日は捕獲したみつばちを入れるための木箱を作ります」


 「巣箱も自前で作るのか?」
 
 「そうよ。なにもかも自前よ。ここでは」


 「巣箱をつくってから、ハチを捕まえに行くのか?。
 なんとも呑気な話だな」


 「たかが巣箱とかるく考えないで。
 気に入らなければ日本ミツバチは巣箱に定着しません。
 気難しい虫だもの。
 つくるだけじゃないの。
 いろいろ手をくわえておかないと日本ミツバチは新居へ来てくれないの」


 「手間がかかるみたいだな。たかが巣箱に」


 「たかが巣箱。されど巣箱。
 つくりあげた巣箱は、ハチが居そうな場所へ置くの。
 でもつくりあげた新居が気に入らなければ、一匹も入らないわ」


 「なにか秘訣でもあるのか?」


 「いくつかあります。
 完成品をなるべく古いものに見せるよう、焼き目をつけ、汚れをつける。
 新品の木材も駄目ね。
 匂いをぬくため、さいてい一週間は水につけこむ」


 「大変なんだな。日本ミツバチを騙すのも」
 
 「当たり前です。
 住友総合商社の養蜂部の未来は、責任者のあんたの腕にかかっています」


 「ちょっと待て。いま何て言った。
 住友総合商社の養蜂部?。養蜂部の責任者?。おれが・・・
 聴いていないぞ。そんな話はまったく・・・」


 「専任で働くのは、あんたとユキの2人。
 あたしにはテキヤの本業があるから、手の空いた時だけここへ来る」


 「15歳のユキと2人で暮すというのか!。こんな何もない山奥で!」


 「そうよ。あなたは住友総合商社の養蜂部の責任者。
 ユキはたったひとりのあなたの部下。
 手を出しちゃ駄目よ。
 ユキはまだ、花も恥じらう処女ですから。うふ。
 あ・・・恥じらいはあるけど、チクリと刺し返す元気もあるから気をつけて」


(27)へつづく