小春奈日和

赤ちゃんは、人間は、どのように言葉を獲得するの?
わが家の3女春奈と言葉の成長日記です。

その子守唄は間違ってる!

2012年12月21日 01時31分44秒 | 日記
2010年2月20日(土)(1歳10か月)


 春奈、最近家族に向かって、

 「行こか」

とか

 「行くで」

と、言うことが多い。

 他にも「行こうよ」があるけど、どちらかと言えば、
自分がリードした言い方が多いのが今の春奈の特徴だ。

 ゆうきとりえが、もう寝る、と寝る支度を始めた。

 近頃ゆうきとりえは、2階の部屋で2人で寝ている。

 さて、ふたりが2階にあがると、春奈が、

 「はるなも行く」

と、言ってついて行ってしまった。

 最初のうちは3人で寝床で遊んでいたけど、いつの間
にかゆうきとりえが寝てしまった。

 すると、春奈がゆうきとりえに大きな声で、ふたりに
向かって子守唄を歌い始めた。

 でも、それは寝る前に歌うものやし、声でかいし、何
かいろんな意味で間違ってる。

71 イザナミの墓と黄泉国

2012年12月21日 01時27分07秒 | 大国主の誕生
大国主の誕生71 ―イザナミの墓と黄泉国―


 話が前後してしまいますが、スサノオが本来は出雲ではなく紀伊の
神であったとする説があることについて、見てみたいと思います。

 その前に。
 『古事記』には、イザナギから海原を治めるよう言われたスサノオ
が亡き母を恋しがって泣いてばかりいた、と記されていますが、母イ
ザナキの墓と黄泉の国の入口についても、出雲と紀伊の2説があるの
です。

 イザナミは夫のイザナギとともに日本や神々を生みますが、火の神
である火之迦具土神(ヒノカグツチの神)を生んだ時に、下腹部を焼
かれてそれが原因で死んでしまいます。

イザナギは妻を出雲と伯耆の境にある比婆山に葬ると、それから十拳
剣(とつかのつるぎ)を抜くと、カグツチの首を斬ってしまいました。
 この時、剣についた血から8柱の神が新しく生まれましたが、その
1柱が国譲り神話に登場する建御雷之男神(タケミカヅチノオの神)
です。

 イザナミを死に追いやったカグツチを殺してしまったイザナギでし
たが、どうしてもイザナミに会いたくて、黄泉国へと向かいました。
 黄泉国は、ヨミノクニともヨモツクニともいいますが、死者たちの
世界です。
 
 黄泉国を訪れたイザナギは、イザナミに向かって言いました。
 「愛しい妻よ。吾とそなたとで作る国はまだ完成をみない。だから
吾と一緒に帰ろう」
 これに対してイザナミはこう答えました。
 「それなら、どうしてもっと早く来てくださらなかったのか、それ
が残念でなりません。私はもうヨモツヘグイをしてしまいました」
 ヨモツヘグイとは、黄泉戸喫と書きますが、これは、黄泉国の食べ
物を食べてしまうことです。黄泉国の食べ物をたべてしまうと、もう
黄泉の世界の住人になってしまうのです。
 「ですが、愛しいあなたよ、せっかく来てくださったのに申し訳が
ありません。あなたのいる世界に帰りたい、と思いますので、黄泉神
(よもつかみ)にお願いしてまいります。その間はどうか私の方を見
ないでくださいませ」
 そう言われたイザナギはしばらく待っていることにしましたが、長
い時間にたえきれず、自分の髪にさしたユツツマ櫛の歯を一本抜くと、
それに火をともしてイザナミの方を見てしまいました。
 すると、そこに横たわるイザナミの体にはウジ虫がたかり、おまけ
に8柱もの雷神たちが巣食っていたのでした。
 これにはイザナギも恐ろしくなり、あわてて逃げかえりました。
 イザナミは、
 「よくも私にはずかしい思いを!」
と、言うと、予母都志許売(ヨモツシコメ)にイザナギを追わせまし
た。
 そこで、イザナギが髪を結うための紐をほどいて投げますと、それ
はブドウに変わりました。ヤモツシコメがこのブドウを食べている間
にイザナギは逃げて行きましたが、やがてブドウをすべて平らげたヨ
モツシコメが追いついてきました。
 イザナギはさらにもう1つのユツツマ櫛を投げますと、今度はタケ
ノコに変わりました。ヨモツシコメがタケノコを食べている間にイザ
ナギは逃げて行きました。
 これを見たイザナミは、今度は自分の体に巣食う8柱の雷神たちに
イザナギを追わせました。さらに1500人もの黄泉国の兵士も付け
ました。
 イザナギは十拳剣を振りつつ逃げましたが、黄泉国の出口に生えて
いたモモの木から実を3つもぎ、それを追っ手に向かって投げつける
と、追っ手たちは逃げかえっていきました。
 イザナギはモモに向かって、
 「吾を助けてくれたように、この国の人たちが苦しんでいる時はぜ
ひ助けてやってくれ」
と、言い、さらにモモに、意富加牟豆美命(オオカムヅミノミコト)
という名を与えたのでした。

 とうとう最後にイザナミみずからが追いかけてきました。
 イザナギは巨石を動かすと、そいつで黄泉国の出入り口をふさいで
しまいました。
 岩をはさんでイザナミとイザナギがそれぞれ言いました。
 「愛する夫よ、こうなった上は、1日に1000人あなたの国の人間
の命を奪いましょう」
 「愛する妻よ、ならば吾は1日に1500人の新しい命を誕生させ
よう」
 それ以来、毎日1000人が寿命を終え、1500人の赤ちゃんが
生まれるようになったのです、と『古事記』は記しています。

 『古事記』には、出雲と伯耆の境にある比婆山に葬ったと記されてい
ますが、『日本書紀』には、紀伊の熊野の有馬村に葬ったと記されてい
ます。

また、イザナギが逃げ帰った、この出入り口から黄泉国にいたる道は
黄泉比良坂(よもつひらさか)で、「今は出雲国(現在の島根県)の
伊賦夜坂(いうやさか)という」と、『古事記』は伝えます。

 しかし、黄泉国の出入り口についても、紀伊の熊野にあるという伝承
があるのです。
 それに、伊賦夜坂の「いうや」は「ユウヤ」ですが、熊野も音読みに
すると「ユウヤ」です。

 さらに、紀伊の熊野にも出雲にも熊野大社があり、出雲に熊野大神なる
神が坐すことは、『出雲国風土記』にも記されているのです。


・・・つづく