「敏彦さァ、あそこに一本だけ立っている松はなんで一本だけなんだろうねえ?」 九十二歳のヨシ婆が、眼脂のたまった瞼を眇めながら孫に訊いた。 テレビ画面には被災した陸前高田の海岸が映っていて、多くの人に愛されてきた高田松原が跡形もなくなくなっている惨状を目にしているところだった。 跡形もないという言い方が当たっているのかどうか、津波が攫って行ったあとの光景はさっぱりしすぎている。 一本残った松 . . . 本文を読む
ムサビとあだ名したあの男は
いつも絵の具で汚れたジーパン姿で
ぼくの部屋にふらりと現れた
最近画いたというルオーに似た絵を提げ
絵の具代でいいから買ってくれという
ぼくも同じような境遇だから気安く応じた
フランスに留学するのが夢だったが
ある日とうとう実現しそうだと告げに来た
同期のお嬢様が応援してくれるのだそうだ
いかにもムサビら . . . 本文を読む