大阪龍馬会

1987年に創立して2017年は創立30周年。龍馬好きの集まった大阪龍馬会が龍馬会の活動をお知らせします。

スタンプラリー:篤姫ゆかりの旧跡たどる--港区で来月7、8日

2008-10-31 10:06:42 | 幕末ニュース
 ◇芝の薩摩藩邸跡や増上寺など、8.5キロ

 幕末に薩摩藩から徳川将軍家へ嫁ぎ、江戸城の無血開城に貢献した天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)(1835~83年)ゆかりの港区内の旧跡をたどるスタンプラリーが11月7、8の両日、区などの主催で開かれる。8・5キロを約4時間かけて歩く無料イベント。今年のNHK大河ドラマの主人公でもあり、歴史ファンを中心に人気を集めそうだ。


 参加希望者は、両日とも午前10時~正午にJR品川駅港南口の港南ふれあい広場でマップを受け取り、各自スタートする。西郷隆盛と勝海舟の会見の地、篤姫が江戸で最初に住んだ芝の薩摩藩邸跡、徳川家の菩提(ぼだい)寺・増上寺などを巡り、スタンプを集める。藩邸跡と増上寺の徳川家霊廟(れいびょう)では、観光ガイドによる案内も楽しめる。


 ゴールの汐留地下通路では「港区ものづくり・商業観光フェア」が併催されており、篤姫のふるさと鹿児島の焼酎や菓子といった特産品の販売も。参加者には記念品や、抽選でホテルの食事券などが贈られる。7日午後1時半からは、コース上のNHK放送博物館で「『篤姫』放送現場の裏側」と題したNHKプロデューサーの講演(マップ持参者先着100人)もある。


 雨天決行。問い合わせは区産業振興課(03・3578・2554)へ。


10/29 毎日新聞社


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天然痘予防に尽力、笠原白翁の特別展 福井で来月9日まで

2008-10-30 09:00:05 | 展示会・イベント
 現在の同市出身で、江戸時代に流行した天然痘を予防しようと「種痘法」の普及に尽力した幕末の医師、笠原白翁を描いた作家吉村昭氏の小説「雪の花」(1988年、新潮社刊)について、パネルや資料などで紹介。吉村氏の自筆原稿のほか、京都から種痘に用いる「痘苗」を抱え、雪の降り積もる峠を越えた時の様子を克明に記した白翁の日記帳など、約40点を展示している。白翁が治療の支援を福井藩に訴えた嘆願書、実際に使っていた医療器具などもある。


 訪れた同市片粕町、農業結城長さん(60)は「こんな素晴らしい医師がいたことを初めて知り、県民として誇りに思った。作品を少し読むだけで、治療にかけた白翁の情熱が伝わってくる」と話していた。


 特別展の期間中は無休。観覧料200円(中学生以下、70歳以上、障害者手帳所持者は無料)。


10/28  読売新聞



よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中高生ら幕末志士の姿でパレード 世田谷で「幕末維新祭り」

2008-10-29 09:03:04 | 幕末ニュース
 世田谷区若林の吉田松陰ゆかりの「松陰神社」周辺で、恒例の「萩・世田谷 幕末維新祭り」が開かれ、26日、一般公募の参加者と地元の中高生ら約80人が松陰や高杉晋作ら幕末の志士にふんし、パレードした。一行は世田谷区役所前を出発、約2時間かけて同神社までを勇壮に練り歩き、見物客らの大きな拍手を浴びていた。

10/27  読売新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

記念撮影:13メートル龍馬像と同じ高さ目線で

2008-10-28 10:21:34 | 幕末ニュース
◇太平洋眺め記念写真 観光客に特設展望台


 高知市浦戸の桂浜に立つ坂本龍馬像と同じ目線で太平洋を眺める催し「龍馬に大接近」(同市観光協会主催)が25日から始まった。12月7日まで。無料。


 龍馬像は台座も含めると高さ約13.5メートル。宿毛市出身の本山白雲の作品で、今年は龍馬像建立80周年に当たる。99年の改修工事を機に、展望台を設置して以来、龍馬の誕生日で命日にも当たる11月15日の前後に毎年行われている。


 この日は、オープニングセレモニーで、高知市内で公演中のミュージカル「龍馬!」の出演者が劇中歌などを披露。その後、観光客らが高さ約13メートルの展望台に上り、龍馬像と同じ高さから太平洋を眺めたり、記念写真を撮ったりしていた。


 徳島県北島町から友人と訪れた公務員の武市芳美さん(37)は「近くで見た龍馬の顔は意外に優しくて、穏やかだったので驚いた。ファンになりました」と話していた。


10/26 毎日新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

龍馬ファン400人、福井に集合 松平春嶽との交流に思いはせ

2008-10-27 10:03:17 | 幕末ニュース
 幕末に活躍した坂本龍馬(1835~67年)を慕う人たちが交流する集会「第20回全国龍馬ファンの集い」(実行委員会主催)が25日、福井市手寄のアオッサで開かれた=写真=。全国各地からファン約400人が駆け付け、パネル討論などで龍馬への思いや親交を深めた。


 集会は、各地にあるファン組織「龍馬会」を束ねる「全国龍馬社中」が中心となり、1989年から毎年各地で開かれている。今年は、龍馬と交流のあった福井藩主・松平春嶽(1828~90年)の生誕180周年を記念し、県内で初めて開催された。


 龍馬は春嶽のもとを2度訪れており、神戸海軍操練所設立の援助を春嶽に申し込み、資金提供を受けたという。また、明治政府の基本方針となった「五箇条の御誓文」の原案作成に携わった福井藩士・由利公正(1829~1909年)とも親交が深かった。


 「春嶽侯をめぐる人々」と題したパネル討論では、岡崎誠也・高知市長が「春嶽は人の力量を見抜く力があり、脱藩者の龍馬ともこだわりなく会っている。この出会いが日本の夜明けを切り開いた」と話した。福井の食文化と龍馬との関係を話し合うパネル討論もあった。


 26日は、福井城址(し)や福井市立郷土歴史博物館など市内の幕末史跡を巡るウオーキング、東尋坊や永平寺の観光ツアーなどがある。


10/26  読売新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「五箇条の御誓文」草稿を関西初公開 京都・東山霊山歴史館

2008-10-26 05:47:53 | 展示会・イベント
 明治天皇が新政府の基本方針として発表した「五箇(か)条の御誓文」の草稿(下書き)が23日から京都市東山区の霊山歴史館で始まる特別展「龍馬と大政奉還」で展示される。ふだんは福井県立図書館が保管しており、関西での公開は初めて。


 草稿は、縦16・5センチ、横45・5センチ。福井藩士で新政府参与となった由利公正(1829~1909)が1868年1月に起草し、別の参与・福岡孝弟が加筆。さらに木戸孝允が修正するなどして御誓文は同3月、京都御所で発表された。


 草稿で由利が「万機公論に決し私に論ずるなかれ」と記した条文は「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スべシ」となり、政府の機能をより重んじた内容に修正していった様子がうかがえるという。


 11月24日まで。入場料一般700円、高校生400円、小中学生300円。月曜(祝日除く)休館。


10/25  読売新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ファンらが「近江龍馬会」結成 大津、大河ドラマにあわせ石碑建立

2008-10-25 05:34:48 | 幕末ニュース
 幕末の英雄・坂本龍馬ゆかりの地を発掘し、地域を盛り上げようと、滋賀県内の龍馬ファンらが「近江龍馬会」を結成した。当面は2011年のNHK大河ドラマ


「龍馬伝」にあわせ、大津市内のゆかりの地に石碑を建てることを目標に活動する。会員らは「地域の埋もれた歴史に光を当てたい」と意気込んでいる。


 ■ゆかりの地や人物など調査

 同会は、県内の龍馬ファンを中心に、約20人で構成。京都で活動する京都龍馬会の主要メンバーも会員に加わり、活動をサポートする。


 県内の龍馬ゆかりの地は、史料や研究家の調べで、龍馬の活動を支えた寺田屋お登勢と、龍馬と最期を共にした家来の山田藤吉が、「大津百町」かいわいの出身とされている。


 同会は今後、郷土史家や市民に協力を呼びかけ、2人の生誕の地を絞り込み、来年にも石碑を建てる計画。また、京都の会でも同様の石碑建立を進めていることから、大河ドラマにあわせて、京と大津の隠れた龍馬スポットを巡る観光ルートを提案することも視野に入れる。


 また、史料研究などを進め、ほかに県内に龍馬ゆかりの地や人物がないか調べるなど、活動の幅を広げていく方針。柴田與一郎会長(64)=同市別保1丁目=は「滋賀に龍馬ゆかりの地があることを知る人は多くない。埋もれた歴史に触れてもらい、地域おこしにつなげたい」としている。

 問い合わせは同会事務局Tel:077(522)7978。


10/24   京都新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント (1)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

幕末つづる実相院日記 左京で特別展 篤姫、和宮にも触れる

2008-10-24 05:41:52 | 展示会・イベント
 京都市左京区岩倉の実相院で、秋季特別展「実相院日記~篤姫の時代」が開かれている。同日記には幕末の世の動静が詳細に記されており、NHK大河ドラマにちなんで篤姫や和宮らに触れた記述部分が公開されている。


 同日記は実相院に仕えた僧らが江戸時代を中心に書いた。門跡寺院の実相院には、朝廷や幕府の情報が寄せられて日記に盛り込まれているが、調査は十分にはされていない。


 今回は15点を解説付きで展示している。薩摩藩内の内紛「寺田屋事件」の様子を書いた部分のなかで、13代将軍の妻・篤姫が同藩出身であることに触れたり、江戸城火災の時に無事避難できたことを記している。


 和宮が夫の14代将軍の死後に、ふるさとの京都に一時戻る前、側近の女性から朝廷に帰京の願いが出されている記述もあり、調査を担当した市歴史資料館の宇野日出生統括主任研究員(53)は「裏側のやりとりが書かれ、注目すべき内容だ」と話す。


 12月14日まで。通常の拝観料で見られる。実相院TEL075(781)5464。


10/23  京都新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

米で発見された篤姫の“女乗物”が日本へ里帰り、一般公開へ

2008-10-23 05:28:34 | 展示会・イベント
 天璋院篤姫が婚礼時に乗った「女乗物(おんなのりもの)」が、江戸東京博物館(東京・墨田区)で公開されることが、同館にて21日(火)に発表された。米・ワシントンのスミソニアン協会が所蔵していると判明し話題となった篤姫の女乗物だが、日本で公開されるのは初。また、同館が所有する13代将軍家定の生母・本寿院の乗物も合わせて展示される。女乗物による“義母・嫁競演”は、NHK大河ドラマによる篤姫ブームも相まって高い注目を集めそうだ。


 「乗物」は「駕籠(かご)」「輿(こし)」などとも言われ、身分の高い者たちが使用していた “江戸時代の高級車”。特に女性たちが使っていた「女乗物」は、内面・外装ともに豪華な装飾が施されたものが多いという。同館の開館15周年記念特別展『珠玉の輿(たまのこし)~江戸と乗物~』開催に際し、スミソニアン協会へ篤姫女乗物の貸し出しを打診したところ、今回の“来日展示”が決定した。


 篤姫の女乗物は1984年に英・ロンドンの「サザビーズ」オークションに出品され、翌年にスミソニアン協会アーサー・M・サックラー ギャラリーが購入。オークションに出品されるまでの経緯は不明で、記録や写真なども一切残っていないという。「当館所蔵の資料を含め、多くの女乗物が海外で発見されています。そのような傾向も含め、明治時代の早い時期に海外に流出したのではないかと想像されます」と同館学芸員は語る。


 内面の絵や随所に使われている金具など、篤姫と本寿院の乗物は似通った点が多いといい、同特別展では “義理の母子”の乗物をさまざまな角度から比較。そのほかにも、細かな金粉を含んだ最高級女乗物をはじめとしたさまざまな「武家の乗物」が展示されるほか、記念講演会や関連講座も多数催される。


 同展は12月16日から2009年2月1日まで開催。


10/22  オリコン



よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天王山十七烈士しのび和歌と詩吟 大山崎で招魂祭

2008-10-22 23:55:15 | 幕末ニュース
 幕末の勤王志士をしのぶ「天王山十七烈士招魂祭」が21日、京都府大山崎町の同山中腹にある志士たちの墓前であった。町民や子孫ら約30人が歴史に思いをはせた。


 禁門の変(1864年)の際、福岡・久留米にある水天宮宮司だった真木和泉守ら17人は、長州藩の別動隊として戦った。しかし武運つたなく敗れ、天王山で自決した。


 招魂祭は、町民でつくる天王山十七烈士奉賛会が主催。水天宮内の真木神社で祭典がある命日(7月21日)から3カ月後に毎年行っている。


 この日は、和泉守の子孫の真木大樹水天宮宮司(61)も参列、墓前に玉ぐしをささげた。和泉守が自害する前に詠んだ和歌と吟じた詩吟も披露され、参列者は静かに聞き入っていた


10/22  京都新聞



よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おりょうしのび墓前祭/横須賀・信楽寺

2008-10-21 11:49:08 | 幕末ニュース
 坂本龍馬の妻おりょうの墓前祭が十八日、横須賀市大津町三丁目にある信楽(しんぎょう)寺で開かれた。大津観光協会の主催で、今年二十回目。龍馬が生まれ育った高知県から足を運んだ参加者を含め、約三百五十人が二人をしのんだ。


 おりょうは、寺田屋騒動の際に龍馬を救ったことで知られる。同観光協会によると、おりょうは龍馬が殺害された数年後、横須賀に移り住んで再婚。六十六歳でこの世を去った後は、同寺の墓地に葬られ、現在も墓碑が残されている。


 墓前祭では、おりょうの写真や木像が飾られ、横須賀市の蒲谷亮一市長ら参加者が焼香した。


 同観光協会の増田茂会長(73)は「多くの人にお参りしてもらえて、本人も感謝していると思う。これからも、いろいろな人に、おりょうさんのことを知ってほしい」などとあいさつした。


10/18  カナロコ


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

篤姫 初めて墓を一般公開…東京・台東区の寛永寺

2008-10-18 06:54:38 | 幕末ニュース
 東京都台東区の寛永寺で16日、篤姫の墓が初めて一般に公開された。NHK大河ドラマの人気もあり、20倍以上の応募者から選ばれた80人が見学した。


 台東区の「上野の山文化ゾーンフェスティバル」のイベントで、「徳川歴代将軍霊廟と葵の間特別公開」と題して行われた。篤姫の墓は徳川家墓所の一番奥に十三代将軍家定と夫婦で並び、好物とされるビワの木も近くに植えられている。千葉県から来た女性は「初めて見られて感激です。篤姫は若い時にだんなさんを亡くされたけど、今は隣同士で喜んでいるでしょうね」とうれしそうに話した。


 今月28日、11月20、26日も公開されるが、応募はすでに打ち切られ、その後の公開の予定はないという。


10/16  毎日新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大河ドラマ『篤姫』による鹿児島県への経済効果は262億円

2008-10-17 11:42:38 | 幕末ニュース
 女優の宮崎あおいが主演を務めるNHK大河ドラマ『篤姫』の主な舞台となった鹿児島への経済効果が、篤姫ゆかりの観光施設の集客や土産代、宿泊費など関連産業への波及分も含めて計262億円にものぼることを16日(木)、鹿児島地域経済研究所が発表した。


 同研究所は『篤姫』放映により観光客が訪れる可能性の高い観光施設において行ったアンケート結果から観光消費額を推計。放送開始と同時期に開設された「鹿児島篤姫館」、篤姫と縁の深い島津家の別邸などがある「仙巌園」など、4つの観光地での集客や土産代、宿泊費など関連産業への波及分経済効果も含め、直接効果が151億円、間接効果が111億円、計262億円と算出した。


 『篤姫』は、幕末の薩摩藩から徳川の将軍家に嫁ぎ、波乱の人生を送った女性を描いた物語。1月6日の放送開始以来、10月12日の放送まで全て視聴率20%以上を記録。宮崎あおいの人気はもちろん、幕末を舞台にしたドラマとしては、わかりやすいストーリー展開なども手伝って、ドラマ視聴者は若年層や女性にも広がっている。09年は、篤姫の養父・島津斉彬の生誕200周年にあたることから、両者を関連させたキャンペーンの展開も提言しており、西郷隆盛、大久保利通に続く郷土の“ニューヒロイン”として今後も更なる経済効果を期待しているようだ。


10/17  オリコン


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本初の新婚旅行は小松帯刀?通説“龍馬”に異論登場

2008-10-16 23:56:43 | 幕末ニュース
 日本最初の新婚旅行といえば、幕末に坂本龍馬(1835~67年)と妻のお龍が鹿児島県霧島市の温泉を訪れたのが定説になっている。しかし、龍馬の盟友で、NHK大河ドラマ「篤姫」に登場する薩摩藩家老・小松帯刀(たてわき)(1835~70年)の方がもっと早かったとの説が登場し、話題になりつつある。


 「小松説」を唱えるのは、鹿児島市のNPO法人「まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会」代表理事の東川隆太郎さん(36)。根拠は、小松が残した日記だ。東川さんは、「篤姫」の放送が始まったのを機に日記をめくってみた。


 そこには、小松が妻のお近(ちか)と結婚して3か月後の1856年(安政3年)4月23日から5月6日まで、霧島市にある「栄之尾(えのお)温泉」にお近と滞在したことが記されていた。これは、龍馬夫妻の霧島旅行より10年早い。


 ただし、養父であるお近の父が病気療養のために同行しており、夫婦水入らずではなかった。「家族旅行」とも解釈できそうだが、東川さんは「結婚直後なので、小松には新婚旅行という明確な意図があったと思う」と自信たっぷりだ。


 「篤姫」の時代考証を担当する鹿児島大の原口泉教授(61)(日本近世・近代史)は、「当時は夫婦旅行は珍しく、完璧(かんぺき)に新婚旅行と言える」と東川さんの見解に太鼓判を押したうえで、「小松は、外聞をはばかって養父を同行させたのかもしれない」と推測する。


 東川さんは、「篤姫」の放送以前は小松への注目度が高くなかったことから、「新婚旅行第1号」だと気付かれずにいたとみている。東川さんは、郷土史をテーマにした講演や観光客相手に観光ガイドを務める際などに「小松説」を紹介しており、鹿児島県内の歴史愛好家らの勉強会などで話題になることが増えてきたという。


10/16  読売新聞


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

教科書には載っていない「小栗上野介」-領地、高崎で初の資料展

2008-10-15 05:23:56 | 幕末ニュース
 作家の故司馬遼太郎氏に「明治の父」と言わしめた小栗上野介(1827~1868)ゆかりの高崎で、「小栗上野介と幕末維新の高崎」展が開催されている。会場は高崎市歴史民族資料館(高崎市上滝町、TEL 027-352-1261)。同市での小栗上野介に関する展示は今回が初。


 小栗上野介は江戸時代末期の幕臣で、渡米の経験から海外の先進文化を持ち帰り紹介したことにより、近代日本の基礎作りに貢献したと評価されているが、歴史の教科書では馴染みが薄い。


 江戸初期から、上野国群馬郡権田村(かみつけのくにぐんまぐんごんだむら)、現在の高崎市倉渕町権田は小栗家の領地だった。小栗上野介自身と高崎との直接的な関わりは1868年3月、幕府から帰農許可を得て権田村に移住したことに始まる。


 一族そろって権田村の東善寺(同市倉渕町権田)に移った小栗上野介は、移り住んでからわずか2カ月後には官軍に捕われ、烏川の水沼河原(高崎市倉渕町水沼)で斬首されるという悲劇的な運命をたどった。


 約30年ほど前から小栗上野介についての研究を始めた東善寺の村上泰賢住職は、「小栗上野介は『幕府の運命に限りがあるとも、日本の運命に限りはない。幕府のために成すこともひいては国のため』、また『公務に尽くすのが真の武士だ。後は野となれ山となれと言って退散するのはよろしくない』と最後まで力を尽くした」と力を込める。


 日本の歴史に詳しくない人にまで小栗上野介の名が知られるようになったのは、1990年代にTBS系で放映された「徳川埋蔵金」発掘をテーマにした番組がきっかけだ。しかし、徳川埋蔵金への小栗上野介の関与については諸説入り乱れている。


 村上住職は「もしも本当に世間で言われているような金塊なり小判を運ぶ場合、約2,000頭の馬が必要になると割り出した人がいた。馬が2,000頭なら馬方だけでも2,000人、パワーショベルもブルドーザーもない時代にどれくらいの人手が必要になるか。それだけの馬や人を見たという言い伝えも聞かない。それより何より小栗上野介は金を生かして使う人。埋めるだけの黄金があれば、役立つことに使ったに違いない」と話す。


 小栗上野介の死去から140年。「小栗上野介と幕末維新の高崎」展では小栗上野介の遺品や関係資料を展示し、「小栗上野介が生きた激動の時代の高崎をわかりやすく紹介」(高崎市担当者)している。


 開館時間は9時~16時。月曜休館。入館無料。11月24日まで。


 10月18日には村上住職による講話「小栗上野介に学ぶ」と幕末維新の史跡めぐりを開催する。「すでに定員に達しているようだが、本堂にはまだまだ余裕があるので興味のある人はぜひ参加を」(村上住職)とも。


 10月26日には「開明の人、小栗上野介」11月1日には「幕末維新と岩鼻」、11月16日には「幕末維新、高崎藩の動向」をテーマに記念講演が開かれる。定員は各50人で、事前申し込み必要。


10/14  高崎前橋経済新聞


ちょうど昨晩、徳川埋蔵金発掘のテレビがありました。
結論は次回へ持ち越しみたいですが、はたして埋蔵金は存在するのでしょうか?


よければ下記をクリックしてください。
人気ブログランキングへ
一日一回クリックしてもらえたらうれしいです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする